第12章「ヌウラの祈り」【4】
ヌウラが手を組む。
その姿をテネリミはちらりと視界に捉えた。
今の所、変化はない。
クワンたちへの思いが強ければあるいは、とテネリミは思ったのだが。
「クワンたちを助けに行きたいの。だから、道を開けて」
テネリミの視界が真っ暗になった。
トミア国。
エルス一行はウベキアの町を目指して南下していた。
馬車の荷台にはアミネが購入した『大いなる呪術』全十三巻が積まれている。
それはかなりの重量となり、その上エルスとゼオンが荷台に乗った場合、老馬トズラーダでは引く事が出来ない。
正確に言うと、トズラーダが馬車を引くのを拒否するのだ。
どれだけ宥めすかしても、一歩も動かない。
仕方なくエルスとゼオンは徒歩で馬車についていくしかなかった。
とはいえトズラーダが引く馬車の速度はとても遅く、歩くエルスの方がすぐに抜かしてしまうのだが。
「…ウベキアってのはまともな町なんだろ? そろそろ食料を買い込まないと、無くなっちまうな」
馬車の手綱を持つアミネの横に、ゼオンが並んで歩いている。
「ホミレートよりは全然良いって、町の人に聞いたけど」
寂れたホミレートの町では、新鮮な野菜も保存食も数が少なく、満足がいくほどは買えなかった。
ここ数日は曇り空が続き、時折ぱらぱりと冷たい雨に打たれていた。
しかし今日はスッキリと晴れ渡り、心地よい風にエルスものんびりとした気持ちで馬車の後方を歩いていた。
「おい………アミネ⁈」
突然ゼオンが素っ頓狂な声を上げた。
エルスがふと視線を前方に戻すと、御者台に座っていたアミネが横に倒れた格好になり、ゼオンがしきりに声をかけていたのだ。
「どうしたんですか?」
「わからん。突然気を失ったんだ」
トズラーダは何も気付かず馬車を引いている。
エルスは少し歩みを速めて、御者台のアミネの元へ行った。
ゼオンはトズラーダに止まれと怒鳴っているところだ。
御者台に座ったまま上体を横たわらせたアミネは、眠っているだけのようにも見える。
不満げな声を上げ、ようやく歩くのをやめたのはトズラーダであった。
「一旦降ろすぞ。その辺にゴザを敷いてやってくれ」
ゼオンに抱え上げられたアミネだったが、それでも目を覚さない。
出来るだけ平らな場所にゴザを敷いたエルスも、心配そうに彼女を眺めていた。
リグ・バーグ国。
バーグ地方、白蛇山、ヒャジャ・バーグ村。
高齢の呪術師ンレムが後継者を育てるべく作った村である。
アミネも彼女に育てられ、いわば師弟の関係だといえる。
そこではつい先ほどから、村人が慌ただしく走り回っている。
「ンレム様が倒れた!」
「他にも倒れた者がいるぞ!」
「落ち着け! 以前にンレム様から言われた通り、倒れたのが呪術師だけなら気を失っただけだ! 寝床に就かせてやれば良い!」
この村にいるンレムを筆頭に、呪術師やその見習いたちが一斉に倒れてしまった。
大人も慌てふためき、子供らは突然家族が倒れた事に泣き叫ぶ者までいた。
ンレムはこうなる事を予測しており、この先もしも呪術師だけが倒れたら、気絶しただけだから心配するなと村人に告げていたのだ。
リーガス国。
とある町の病院に、ホレストの母ヤーシャが担ぎ込まれた。
ヴェラ国へ帰る途中で立ち寄ったこの町で、食事をしている際に彼女が急に意識を失ったのだ。
椅子から転げ落ちた彼女を、ホレストの父ムラズが抱え上げ、病院へ走った。
妹のレーナと弟のオムを連れ、ホレストは後から病院へ向かった。
すぐに治療を受けたヤーシャだが、医師の診断では身体にどこも異常はないようだった。
四日後、無事に目を覚ましたヤーシャは、その時の事を家族に語った。
「急に目の前が真っ暗になった感じだわ。その後は何も覚えてないのよ」
「最近は術を使う事も少なかったから油断していた。俺がもう少し気遣っていたら、こんな事にはならなかったのに」
自分を責めるムラズに、ヤーシャは首を左右に振った。
「これは違うわ。きっとまた、強大な力を持った呪術師が術を使ったのよ。力を感じなくなっていたから、死んでしまったのかと思っていたけど。だから、油断していたのは私の方なの」