第12章「ヌウラの祈り」【3】
当然ながら、激突の音はリャガたちの耳にも届いていた。
だが途中に壁やら荷物やらがあって奥まで見通せないのだ。
何が起きているのか分からず、彼らはもやもやするばかりである。
コルス兵を薙ぎ倒す決意があれば、事は簡単に進むのだが。
「良い心がけだ。他国では大人しくしている方が身の為だぞ」
ナポーヒが勝ちに等しい言葉を吐く。
そしてとうとう、丸太が煉瓦の外壁をぶち抜いて、外へ通ずる穴が出来てしまった。
「いいぞ、よくやった! さあ、出るぞ!」
エギロダと部下の乗った馬三頭は壁に開いた穴から飛び出して、そのまま真っ直ぐ走っていく。
ぶつぶつと何か呟きながらヌウラとミジャルの元へ戻ってきたのは、テネリミであった。
「ああ、私は何て愚かなのかしら。あの盾にも術を無効化する働きが備わっていたと、どうして思い付かなかったのよ⁈」
「どうしたの、テネリミさん?」
「ヌウラ、私はとんだ役立たずだわ」
一人でとぼとぼと戻ってきた彼女を見れば、失敗したのだとミジャルには分かる。
だが、嘆く彼女の声は普段より一段階大きく、その言葉は棒読みに感じられた。
「テネリミ、話なら俺が向こうで聞く。だから、ここでは言うな」
そもそも、失敗したとヌウラに言うのは禁止ではなかったか。
そんな真似をしたら、クワンたちに会えなくなるとヌウラに分かってしまうからだ。
ヌウラを傷付けないように、言葉を選ぶ必要がある。
それをテネリミはやらないつもりだとミジャルは直感した。
「おい、テネ…⁈」
口が動かない、声が出せない。
やられた、テネリミの術にかかった。
味方には術はかけないという暗黙の了解があるのではなかったか。
だが、身体も固まったままだ。
彼らは今ツヴォネディ隊の最後尾にいる。
兵は要塞の方に注視していて、誰も彼らのやり取りを見ていないのだ。
「ミジャル、どうかしたの?」
「ヌウラ!」
テネリミが呼ぶ声に、ヌウラはビクッと身体を震わせた。
「作戦は失敗したのよ」
「失敗?」
「そう、クワンたちを救い出す作戦は失敗したの」
「じゃあ、クワンたちはどうなるの?」
「コルス本城へ連れて行かれる。そして、彼女たちとは二度と会えなくなるの」
「そんな、そんなのダメよ」
「だけど」
テネリミはこれまでよりも更に、一つ一つの言葉をはっきりと口に出して、ヌウラに伝えた。
「私だって彼女たちを救おうと必死に術をかけたわ。なのにコルス兵には通じなくて、道を開けてくれないのよ」
「分かった、もういい…」
クンザニの身体から力が抜けた。
ようやく諦めてくれたのかと、彼を取り押さえていた仲間たちも、徐々に彼から手を離していく。
それが一瞬の隙であった。
するりと人垣を抜けたクンザニは、一目散に自らの馬の元へ突き進んだ。
「クンザニ!」
誰かが自分を呼ぶ声がするが、反応してはいけない。
愛馬に飛び乗り、すぐに走らせる。
目指すは要塞の中、ではなく要塞を外から回って裏へ抜ける。
外にはコルス兵はいないはず。
「!」
思った通りにコルス兵はいなかった。
ところが、鎧を着けていない大勢の者が左右に広がって壁を作っていた。
エギロダの部下だ。
部下たちの壁が障害となって、先へ進めない。
「どけ!」
クンザニは抜刀し、切先をエギロダの部下に向けた。
「どかねば斬るぞ!」
しかし彼らはそれでも動こうとしない。
「頼む、どいてくれ! ソエレを助けたいだけなんだ!」
彼らが何に忠誠を誓っているのか、それは分からない。
家族や友人を守る為なのか。
報酬が魅力的なのか。
とにかく彼らはエギロダの命令を忠実に守っているのだ。
ミジャルは懸命に抵抗を試みた。
だが、身体のどこも微動だにしない。
「コルスの人たちが邪魔をしてるの?」
「そうなのよ! あの人たちが道を開けてくれさえすれば、クワンたちを助けに行けるのに!」
「道を開けてくれれば…」
「そうね、でも今は祈るだけしか出来ないわ」
そう言ってテネリミは両手を組み、口を閉ざした。
彼女が祈りを始めたのだと、ヌウラにも伝わった。
「私も祈るわ」