第12章「ヌウラの祈り」【2】
「糧になるよ、青年隊長リャガ」
戦わずして逃げたとしても、その悔しさと恥ずかしさは必ず彼の血と肉になる、ツヴォネディはそう思っていた。
「ツヴォネディ隊長! 私だけでも行かせてください!」
その感傷に浸る間を与えてくれないのは、焦るクンザニであった。
実はまだ、クワンたちを救う手がない訳ではなかった。
彼女らを本城へ移動させるなら、当たり前だが要塞の外へ出なくてはならない。
そこを外から回り込んで追えば良い。
コルス兵はリャガ隊と睨み合っているから、出し抜く事も可能だ。
しかし、どこから出るのか、ツヴォネディにはそこが疑問であった。
ウマーチが調べてくれた、要塞の出入り口は彼らが控える正面の一つだけなのだ。
裏口くらい用意しないものかな、とツヴォネディは頭を捻る。
クワンたちを連行するエギロダは、馬が並ぶ納屋へとやって来た。
しかしいつもと様子が違う。
馬たちがやたらと鳴いている。
興奮しているのか?
「どうなってるんだ? そんな時季じゃないだろう⁈」
「怪しげな粉が落ちていました」
ヒリテンが報告する。
「ひょっとしたら、馬どもは一服盛られてお盛んな状態になってしまったのかもしれません」
「ちくしょう、誰がそんな真似を」
とにかく使えそうな馬を探せと、エギロダは部下に命じた。
しばらくして比較的落ち着いた状態の馬が三頭見つかった。
「さっさと馬車に繋げ! 奴らに気取られるぞ!」
無駄に時間を費やしてしまった。
恐れるのは、バドニア軍がヤケを起こしてコルス兵を本気で倒してしまう事だ。
その前にここから逃げ出さねばならない。
「エギロダ様ぁ、大変です!」
「ああん? 今度は何だぁ!」
呼ばれた方へ行ってみると、そこは馬車専用の車庫であった。
「使える馬車が一台もありません!」
「嘘だろ、おい?」
ヒリテンが指差すのは、馬車の車輪部分である。
何と、車輪という車輪が全て本体から外されていたのだ、しかも全台。
これでは馬車は使えない。
直すにしても一刻を争う今の状況では、
そんな余裕は無かった。
「誰だ! 俺の邪魔をするなんて、いい度胸じゃねえか! 絶対許さんぞ!」
これは、夜中のうちに忍び込んでいたウマーチのお手柄である。
馬に薬を飲ませ、更には馬車の車輪も外しておいた。
時間は稼いだ、それをどう使うかは現場の兵士次第だというのがウマーチの考えである。
ヒリテンはエギロダを宥めねばならず、他の部下に指示を与えた。
「馬一頭に女を一人ずつ乗せて運ぶしかない。逃げられないように後ろ手に縛っておけ。おい、違うって、縛るのは馬に乗せてからだぞ」
部下たちも急がなくてはならないというのは体感していた。
のんびりやっていたらエギロダに大目玉を喰らいそうだ。
剣で脅しながらクワンやルジナ、ソエレを馬に乗らせ、それから後ろ手に縛り上げる。
いくら逃げたいからといって、馬が走っている時に腕が使えない状態で飛び降りるのはかなりの勇気が必要となる。
もちろん、万一飛び降りた所で逃げ切れる筈がないぞと彼女らには言い含めておいた。
ようやく準備が整った時、やや落ち着いたエギロダがヒリテンにこう命じた。
「あの盾を背中に背負え。術を使わせてなければ、どうという事はないからな。近くまで軍の本隊が来ているらしい。なあに、逃げ切れるさ」
馬に乗ったエギロダたちは、入り口とは反対側の壁までやって来た。
ウマーチが調べた通り、出入り口のようなものは無かった。
しかしここにもエギロダの部下が複数、待ち構えていた。
彼らは大きな丸太をその全員で抱えている。
「いいぞ、始めろ」
頭領の命令に従い、部下たちは丸太を抱えながら壁から離れる。
そして掛け声と共に勢いよく丸太を煉瓦の壁にぶつけたのだ。
ゴン、という音が響いた。
壁の様子は変わらない。
「もう一度だ、行くぞ!」
それから二度三度と同じ箇所に丸太をぶつけた。
すると、丸太がぶつけられた箇所の煉瓦が外へと凹んだのだ。
「後少しだ、頑張れ!」