第12章「ヌウラの祈り」【1】
他国の兵士から聞かされた内容を鵜呑みにしたくはないが、頭ごなしに撥ね付けては重要な情報をみすみす手放す危険もあるとナポーヒは考えた。
「その兵士の訓練を受けた呪術師が、諸君らの仲間を斬ったというのだな?」
「可能性は非常に高いと我々は考えています。呪術師を集めている事に、コルス国が関わっていると知った今でも」
リャガとの会話は、ナポーヒの部下にも聞こえている。
おそらく混乱している者も多いだろう。
二日酔いなら尚更だ。
「これまで寝食を共にしてきた仲間が、どう転んでも幸せになるはずもないと分かっているのに、むざむざ放っておくなど、まかり間違っても出来ません」
「…うむ」
リャガの強い意思を受け取ったナポーヒは、一つ呻いてから足元に置いていた白い盾を持ち上げた。
「諸君らの仲間が斬られた所までは事実としても良かろう。だが、それ以降はあくまで推測。気持ちは分かるが、これより先に進ませるつもりが無いのは変わらん」
「でしょうね」
後ろからリャガ隊の隊列を突っ切って現れたのは、テネリミである。
そのまま、右の手のひらをコルス兵にむけた。
「テネリミ殿⁈」
「全員にかかったかどうかは分からないけど、中央突破はできるはずよ」
「おい待て、あれは…!」
コルス兵が構えている白い盾が、赤く染まっていた。
ユーゼフの間者が要塞の三階で見たという、クワンたちを閉じ込めている部屋の壁と同じではないかと。
「残念だったな、呪術師よ」
ナポーヒがこれまでと変わらず喋っていた。
「対呪術師戦用に作られた特製の盾だ。コルスにしかない、技術の結晶だ」
「そう、術が通じないんじゃ、私は用無しね」
踵を返し、テネリミは隊列の間を縫って後方へ戻っていく。
「用意周到、ですね…」
「諸君らの話、信じてもいいと思ったのは、この盾のおかげでもある」
出口まで来ていたテネリミは、悔しさを表情に滲ませていた。
「コルスほど呪術師を研究している国は他にない。だからこそ、このように防ぐ術を作り出した」
故に、呪術師を兵士に育てるという事を、荒唐無稽な話だとは思わなかったのだ。
「作戦は失敗したな。どうする、隊長。やはり力押しでいくか?」
要塞の三階では、クワンたちが閉じ込められている部屋の鍵が開けられていた。
開けたのはエギロダとその部下。
そして呪術師三人もまた、術が効かない歯痒さを味わっていた。
エギロダたちも、あの盾を携えていたのだ。
そしてクワンたちに剣を突き付ける。
「大人しくついてこい。お前らは一国の本城へ行けるんだぞ? 今より良い暮らしが出来る。行かない理由なんてないだろ?」
抗う事も出来ず、黙って従うしかない彼女たちは階段を降りていく。
一階へ着くと、階段の手前でコルス兵とリャガ隊が睨み合っていた。
リャガもコルス兵が並ぶ隙間から、クワンたちの姿を目撃した。
「クワン! ルジナ! ソエレ!」
彼女たちは振り返り、リャガに助けを請う視線を送る。
だがエギロダたちの盾に四方を囲まれ、何も出来なかった。
要塞の外で待つツヴォネディ隊は、たった一人の危険分子を抑える事に必死だった。
今にもクンザニが飛び出して、要塞へ突撃しようとしていたからである。
肩を落としたテネリミが要塞から出て来たのを見たせいでもある。
まずはリャガが戦力差を示して交渉する。
それが叶わなかった場合、リャガがコルス兵を油断させた所へ、テネリミが術をかけてコルス兵を操り、リャガ隊を奥へ進ませるはずであった。
だが、失敗した。
コルス兵との交戦を避けてクワンたちを救い出す、成功するはずの策だった。
「ねえミジャル、どうなってるの?」
ヌウラの問いかけに、ミジャルもどう答えればいいのか窮していた。
隊長のツヴォネディは、迷いに迷っている。
コルス兵を倒してクワンたちを救出して逃げるか、それともコルス兵と戦わずして逃げるか。
倒せばコルス国軍の怒りを買い、猛追を受けるのは必至である。
相手に傷を負わせなければ、ひょっとしたら追跡もせずに見逃してくれるかもしれない。