第11章「エギロダの武器」【10】
突然、薄暗闇の一階に明かりが灯る。
壁際にあった松明に一斉に火が点けられたのだ。
果たして階段の前にはコルス正規兵が横並びに一列、総勢十五名が待ち構えていた。
「やはりいたか、コルスども」
驚きはしない、覚悟をしていたから。
むしろ侵入させてもらえただけでも良しとしなくては。
「よく来た、バドニア軍の諸君!」
コルス軍の中央にはナポーヒがいる。
「諸君らがこの要塞を監視していたのは折り込み済だ。我々の姿も確認していただろう。となれば、近いうちに諸君らは必ずやって来る。そう読んだ」
「ふん、偉そうに。その程度の読み、難しくも何ともないわ!」
「この先も読めるぞ。諸君らは他国の正規軍とのいざこざを嫌い、諦めて帰路に着く。違うかね?」
前に出ようとするケベスの肩を、ポンと叩いたのはリャガであった。
まだまだ言い足りないケベスではあったが、そう言えばと隊長に出番を譲った。
「それならば、わざわざ要塞に乗り込んでなど来ません。我々とて、あなた方が立ち塞がるだろう事は予想していましたから」
「にもかかわらず、やって来たという事は、我々と一戦交えようという決断か?」
「いいえ、むしろあなた方に引いてもらいたいと考えています」
ナポーヒは左右から酒の匂いがほんのりと漂ってくるのを感じた。
しっかり寝たはずだが結局は酒が抜けなかったかと、部下の姿勢を残念に思う。
「どうして我々が引くと思うのか?」
数は相手の方が若干多いし、こちらは二日酔いの者もいるが、引くような状態ではない。
「要塞の外には、我が軍五十名が控えています。あなた方に勝ち目はないと思われます」
それはナポーヒも知らない情報であった。
という事は、エギロダも知らなかったのだろう。
「なるほど、それは大層な数だ。しかし、本気で我々に剣を向けるつもりでいるのか? 仮にここで諸君らが勝ったとしても、それで終わりとはならんぞ。コルス軍は総力を挙げて諸君らを追い詰めるだろう」
「後の事は後から考えます。我々には今が重要なのです」
力強く答えるリャガだったが、ナポーヒは首を捻る。
「分からんな」
その疑問は、きっとリャガが予想するものと同じのはずだ。
「他国で正規軍を敵に回すのも辞さず、そこまでしてたった三人の呪術師を取り戻そうとするのは、どういうつもりか?」
やはり、リャガは思った。
「確かに、僅か三人の為に我々全員が危険に晒されるのは割に合わないと思われるでしょう。それは間違いありません」
それは自らも思うし、この決断をルーマット村で待つガーディエフやビルトモスが認めてくれる保証はない。
「それでも、大切な仲間を見捨てるなど、どれほど考えても決める事は出来ませんでした」
「優し過ぎるのは破滅を招く。特にこのような時代ではな」
「そうですね」
「まあいい、そのつもりであるならこれ以上は止めん」
「それだけではない!」
我慢出来なくなったのか、ケベスが割り込んできた。
「彼女らを助けねばならん、それが最も重要だ。だが、それだけではないぞ!」
「他にも何か?」
「先に我が兵を斬ったのは、そちらだろう!」
「何…? そんな話は聞いた事が無いぞ」
「ケベス様、話が飛び過ぎです」
「むむ、私はそれが何より許せんのだ」
再びケベスを下がらせる。
「その話は本当なのか?」
「その前に、呪術師を集めてコルス本城が何をしようとしているのか、貴殿はご存知なのですか?」
ナポーヒは左右に首を振る。
「本城がやる事を、たかが田舎の小隊に教えたりなどするものか」
コルス本城は教える必要がないと思っているのか、それとも公に発表出来るような内容ではないから黙っているのか。
「我々が集めた情報から推測するに、呪術師に剣の訓練を施して、兵士のように使おうとしているのではないかと」
「そんな馬鹿な! どうしてわざわざ、そんな風にしてまで兵を増やさねばならんのだ?」
その時ナポーヒは、昨晩ヒリテンから聞いた、エギロダの言葉を思い出した。
ネムレシアが呪術師の地位を上げようとしているのだと。