第2章「それぞれの帰路」【1】
国王の娘とはいえ、三女である。
特別な強権を有しているはずもなく、そもそもこの目論見は彼女が勝手に決めた事であり、そもそもクルル・レアの誰からも支持を得ていない。
故に、滞在を延長するという事も出来ないのだ。
つまり、彼女にとっては最後の機会なのである。
一方のハシャルフは心身共に疲れ切っていた。
思えば事の発端は、彼の焦りから来たものだったのだろう。
トミア国の王位は世襲制ではなく、有力な複数の貴族の嫡男から選ばれる。
ハシャルフも王位継承権を与えられたものの、その順位は決して高くはなかった。
だから本人も王位を継ぐなどとはあまり意識もしていなかったのだ。
ところが、彼より上の順位の者が次々とこの世を去ってしまう。
もちろん周囲はハシャルフの陰謀ではないかと疑惑の目を向ける。
後にその濡れ衣は晴らされ、現国王ラボネシから正式に次期国王の承認を受ける事となった。
ここに辿り着くまでにあれこれとあったのだが、その一つはバド国の騎士アクベイと懇意になった事である。
バドの騎士が後見人になってくれた事も、彼の無実を後押しする要因の一つとなった。
とはいえ彼への風当たりがそう簡単に和らぐ訳はない。
そこで考えられたのは、何か“大きな事”を成し遂げられれば信頼を得るのではないだろうかと。
ハシャルフは頼りにしている側近たちと協議の末、大国の力を利用させてもらおうという結論に至る。
大国とは即ちフェリノア王国である。
件の大分割が暗礁に乗り上げ、遅々として進まないという情報を得る。
そこで十二ヶ国の会合を開催し、承認を得てはいかがだろうかと大分割推進派に打診をかける。
その会場としてトミア国を貸し出そうという提案も同時に。
僅かにでも局面を打開したい推進派は、願ったり叶ったりとその提案に乗った訳だ。
ハシャルフ派と推進派は即座に会合の為の打ち合わせを始めた。
準備は数年をかけて進められた。
ここまでは至極順調だった。
同時にフェリノア人が別の計画を進めていようとは、ハシャルフは夢にも思わなかったのだが。
現在は否応なく後始末に追われる日々を過ごすハシャルフは、元々細身の体型だった訳だが、そこから更にげっそりとやつれていく。
と、そんな状況でニマジレはハシャルフと面会を果たす。
「ハシャルフ様、ずいぶんとお疲れのご様子ですが、大丈夫ですか?」
思った以上に疲弊したハシャルフの姿に、心から心配していた。
「これは一重に私の準備不足による過ちですので、当然の報いです」
目の下の隈が痛々しい。
「むしろ、ニマジレ王女にまで危険が及んだ事に関してどのようにお詫びすれば良いのか」
「い、いえ私は…」
「さぞ怖い思いをされたでしょう」
賊に踏み込まれた際、世話係の後ろで震えていた記憶が呼び起こされる。
「とんでもありませんわ! 私にはとても頼りになる兵がいますので“怖い”だなんて微塵も感じませんでした。ですから、ハシャルフ様が負い目を感じる必要なんて、これっぽっちもありませんのよ!」
あの件の後、数日は夢に出てきた。
しかし今はおくびにも出さず、胸を張って笑顔を見せる。
「…」
間違えたかしら?
「ニマジレ王女はお強いのですね。私などはディアザがあのまま占拠されていたらと思うと夜も眠れません。アクベイ様には不甲斐ないと叱られてしまうのですが」
「そんなの、ハシャルフ様は開催国で最も責任ある地位におられるのですから、当然です。アクベイ様は御立派な方なのでしょうが、きっとそんな経験をされてらっしゃらないに決まってます。だからそんな…いえ、アクベイ様を悪く言うつもりはありませんけど」
ふと見ると、ハシャルフの口元に笑みが浮かんでいる。
「ありがとう。今のニマジレ王女の言葉に、何処か救われた気分です」
どれ? どの言葉?
「わ、私…これからもハシャルフ様のお力になりたいと思っているんです。ですから、ハシャルフ様の御そばにいさせていただけませんか?」
何をもって絶好の機会と思ったのか知らないが、ニマジレはとうとうそれを口にした。