第11章「エギロダの武器」【8】
「さあ、ネムレシア様がいらっしゃいました。お二人とも、粗相の無いようにお願いします」
大層に、とエギロダは初めこそそう思ったのだが、扉が開いた瞬間にピリッとした空気が流れたのを感じ、口を閉じた。
王宮呪術師ネムレシア。
派手なドレスを纏った彼女は、大戦の英雄という割に、それほど老けた印象でもなかった。
ちなみに、世界で最も有名な呪術師はヴァヴィエラ・ルーローであるが、彼女は大戦を引き起こした黒幕であり、到底英雄と呼ばれる事などなかった。
これまで見てきた呪術師とは明らかに他と違う雰囲気を持つネムレシアを、エギロダも軽々しく眺める事は出来なかった。
大戦で英雄と呼ばれた呪術師は、ネムレシア一人なのである。
彼女の後ろには世話係のユリシアと、護衛の正規兵一人が控えていた。
エギロダとモージャルの正面にあった、贅を尽くした椅子に腰掛けたネムレシアは、さりげなく右手の人差し指と中指を膝から浮かせる。
次の瞬間、エギロダは突然モージャルに襲われた。
不意打ちを喰らったエギロダは後ろに倒れ、モージャルは彼の上に馬乗りになった。
何が起きたのか分からぬまま、エギロダはモージャルに首を絞められた。
その手を振り解こうにも、彼の首に回された手の力は凄まじく、ビクともしない。
息が出来なくなって混乱し、意識が薄れてきたように感じた。
このまま死んでしまうのかと思った矢先、モージャルの身体がのしかかってきた。
彼らを真上から見下ろしていたのは、ネムレシアの後ろにいた正規兵であった。
「ヨウル様、遅かったのではありませんか? 危うく死人が出るところでした」
ユリシアは少し青ざめている。
「失礼しました。打ち合わせと違って合図も無しに始まってしまったので」
騎士ヨウルも、やや厳しい表情である。
「あら、私が悪かったのかしら?」
何でもない顔をしているのはネムレシアだけであった。
モージャルは気を失っているようだ。
エギロダが窒息して命を失いかけた時、ヨウルがモージャルを殴って止めたのだ。
モージャルは後から入ってきた兵士に運ばれ、大広間から消えていった。
自らの首をさすりながら体を起こしたエギロダは、まだ何も分かっていない表情である。
そこへヨウルが手を差し伸べ、エギロダはその手を掴んで立ち上がる。
「何とか無事のようだね」
「これは一体、何の真似だ?」
徐々に苛立ちが込み上げてきた。
殺されそうになったのは、きっとこいつらのせいだと分かってきたからである。
「これも試験だったのさ」
「試験だと? 地下で終わったんじゃないのか⁈」
「聞いたはずだ、合格するのは一人だけだと」
確かに聞いた、しかしそれにしてもいきなり過ぎではないか。
「ネムレシア様は不意打ちがお好きな方なのでね、悪く思わないでくれ」
不意打ちがすきだから、いきなり殺されそうになったのを許せとか、エギロダは不満だらけであった。
「見事だったわ。あなた、お名前は?」
ネムレシアが尋ねてきた。
名前も知らなかったのか。
「エギロダだ」
「この近さで私の術に全く反応しない者に会ったのは何年振りかしら」
少し笑みを浮かべて、ネムレシアはエギロダを褒めた。
もしも術にかかったのがエギロダだったら、彼はモージャルを殺そうとしたのだろう。
そしてもしも二人とも術にかかってしまったら、殺し合いになっていたのだろう。
冗談じゃない、エギロダはまだネムレシアを睨んでいた。
「優秀なあなたには、特別な仕事を与えるわ」
「何をしろって言うんだ?」
「呪術師を集めてちょうだい」
「…呪術師?」
「そう、ただ力を持っているってだけじゃなく、呪術師になるべく訓練を積んだ者が欲しいのよ」
その為の権力や資金は好きなだけ与えるとネムレシアは言った。
「呪術師集めて、何をしようってんだ?」
「地位を上げたいのよ。大戦の頃から使い捨てにされてきた呪術師を、もっと高貴な存在にしたいの」
エギロダにはよく分からなかった。
「まあいい、とにかく呪術師を集めればいいんだな、どんな手を使ってでも」