第11章「エギロダの武器」【6】
数年前。
コルス国本城リオーゲルフェイマ。
自らを売り込んだエギロダは、数日城下町で過ごした後に呼び出され、この城の地下へ通された。
正規兵の訓練に使われる地下の部屋は、天井もやや高く、それなりの広さがあった。
中を見渡したエギロダは、少々眉をひそめた。
そこには役人二人の他に正規兵五人、それから彼と同じ身なりの男たちが数人いたからだ。
「皆な者、よくぞ集まった。それでは試験を始めよう」
いきなり役人が試験の開始を宣言した。
エギロダと男たちはいきなりの事に目を丸くするしかなかった。
「待ってくれ、これは一体どういう事だ?」
エギロダが尋ねると、役人は怪訝な顔をして、もう一人の若い役人の方を見た。
「はて、彼らは何も知らんのか?」
「その通り、彼らはたった今集まった所ですから、何も知りません」
「しかし、実力を試すというのは聞いておる筈だが?」
「ええ、もちろん。ですが、しばらくお待ち下さい。私が彼らに話しますから」
若い役人は、そそくさとエギロダたちの前へ進み出て、軽く右手を上げた。
「ようこそ、本城へ。みなさんには大変長くお待ちいただきました。中には何十日も待ったという方もおられるようで」
エギロダの隣で顎をクイッと上げた者がいた。
この男が数十日も待たされた者だろうか。
「試験をするにも、時間的制約があって、一人ずつでは無理なので、何名か揃ってからといった方針でいたのです」
「という事は、ここにいる全員が呪術師の術が効かないって主張している訳か」
コルス本城では、こういった者が訪れた際は念の為に試してみる事にしていた。
しかし、一人来る度に試験を開催していたのでは、時間を割かれ過ぎる。
役人とて忙しいのだとか。
「合格者は一人のみ、本日不合格となった者は、この試験を受ける資格を失います」
つまり合否に関わらず、二度と試験を受けられないという事のようだ。
かつて何度もしつこく試験を受けに来た者がいて面倒だった為、このような決まりにしたのだ。
「何にせよ、合格すれば良いって事なんだよな?」
同じ能力を持った者がこれほどいた事には、正直エギロダも驚いた。
試験が急に始められそうになった事もだが。
とにかく彼の言う通り、人生を変えるには合格するしかないのだ。
エギロダは自身の額に大粒の脂汗を浮かべていた。
最初の試験は文字の読み書きだったのだ。
便箋三枚にびっしりと書き込まれた文章を読み、それを正確に白紙の便箋に書き写すのだ。
本城で雇う者が、文字の読み書きも出来ないでは話にならない、という意向からである。
既に一人はお手上げとばかりに机に突っ伏していた。
かくいうエギロダ自身は、決して読み書きが出来ない訳ではない。
ただし子供の頃に習っただけで、その後はあまり文字を読み書きする場面にも運良く出くわさなかったのだ。
だから読むのも書くのも苦手である。
この読み書き問題が、合格点においてどれくらいの割合を占めるのか、受験者には何も教えてもらえなかった。
とにかく便箋のそのままを書き写す。
終了の時間が来て、受験者たちの書き込みがされた便箋を正規兵が回収した。
呪術師の術が効かない事を売り込みに来たというのに、関係なさそうな試験をやらされたエギロダはぐったりと疲れてしまった。
他の者たちも同じようだ。
こんな試験ばかり続いたら、頭が先に破裂してしまいそうだとため息をついた。
その心配は杞憂に終わり、次からはいよいよ本物の呪術師を前にしての試験が始まった。
現れたのは、本城の呪術師の中でも格下に位置付けられている者であった。
術における力量は弱く、下手をしたら術が効かない体質ではなくてもかからない可能性がある程に、弱い。
受験者たちは部屋の壁から対面の壁まで歩くだけ、それを呪術師が術をかけて、足が止まってしまったら不合格となる。
文字の読み書きの時とは違う緊張感だが、こちらの方がエギロダの気分は高揚した。
三人一組で、壁に手をついた所で正規兵が開始の合図を出す。