第11章「エギロダの武器」【5】
「ならば私も行こう」
即座にケベスも立ち上がるが、リャガは彼を止めた。
「ケベス様にはここに残って、部下の精神面に気を配ってあげていただきたいのです」
コルスの正規兵が登場した事により、リャガ隊の若き兵士たちには少なからず動揺が走っていた。
他国の軍と戦うかもしれない事に対し、高揚する者もいれば落ち込む者もいる。
彼らの精神状態を安定させる事に従事してほしい、そうリャガは頼んだのだ。
「むむ、私がか?」
そのような細やかな配慮を行う才覚はないと、ケベスは自覚している。
「誰がどんな状態なのかなど、考えた経験もないのだぞ?」
「一緒にいてあげていただきたい。きっと、それだけで上手くいくはずです」
渋るケベスを無理矢理残らせ、リャガは部下の中から比較的安定しているだろうと思われる者を三名選び、同行を命じた。
そして岩場の窪みを出て、一路ユドリカへ向かう。
エギロダの要塞では、肉と酒が驚くべき速さで消費されていた。
ここへ到着するまでの間、コルス正規兵は満足な量の食事を摂れなかったのだ。
節約だ何だと、大した量の食料を持たせてもらえなかった。
酒などは三日に一度、コップ半分の量で我慢するしかなかった。
限界を迎えていた正規兵たちは、ここぞとばかりに食べまくり、飲み散らかしていたのだ。
そんな中、指揮官のナポーヒはやけに冷静であった。
料理は口にするものの、酒はほとんど飲んでいなかった。
その彼に、こっそりと近付く者がいた。
「ナポーヒ様、大変お待たせ致しました」
ご機嫌を伺いつつ現れたのは、エギロダの側近ヒリテンである。
「いやいや、忙しい所を呼び出してすまなかったな」
「これは、多大なお気遣いをありがとうございます。国軍の指揮官様とこうしてお話し出来るだけでも光栄だというのに」
「そっちこそ、世辞はいらん」
ナポーヒから酒を勧められたヒリテンだったが、それは流石に断るしかなかった。
エギロダにバレたら大変だとか。
「して、私めに御用とは?」
「少し聞きたい事があったのだ。お前さんの大将についてな」
「ほう…」
きょろきょろとヒリテンは辺りの様子に目を配る。
「心配はいらんぞ。我が部下たちは肉と酒に夢中だ、お前さんの存在にさえ気付いておらんだろう。それに、こいつらがバカ騒ぎしているおかげで外に話しが漏れる事もない」
「ああ、なるほど」
正規兵のうち四、五人が唄い始めた。
コルス軍の軍歌らしい。
おかげでますます騒がしくなっていた。
「私はどうにも疑問に思っておった。どうしてエギロダが、あのお方に目をかけて貰っているのか」
「ははあ、そういう事でございましたか」
と言いつつ逡巡するヒリテンに、ナポーヒは金貨を一枚差し出した。
「おお、これは…! あ、いや、まあ…」
素直に金貨を受け取ったヒリテンは、顔をナポーヒにやや近付けた。
「これはエギロダ様から聞いたのですが、あのお方に気に入られるには、呪術師に関する事でなければ駄目だ、と」
そこでヒリテンは、ちらりとナポーヒの顔を見上げた。
するとナポーヒは金貨をもう一枚、ヒリテンに渡す。
それを喜んで自らの懐にしまったヒリテンは、さらにナポーヒに顔を近付けるのだ。
「実はエギロダ様、なんと、呪術師の術が効かないのでごさいますよ!」
「術が、効かない?」
呪術師は神でもなければ万能でもないと言われている。
それはこの世界に一定数いる、呪術師の術を跳ね除ける者が存在する事が理由の一つである。
当然それは本人が自覚出来るものでもなく、術が効かないことを知らぬまま生涯を終える者は少なくない。
「ある時、ひょんな事から自分がそんな体質だと知ったエギロダ様は、何を思ったのかそんな自分を本城へ売り込みにいったそうなんです」
術をかける者を呪術師として雇っているなら、術がかからない者も必要なんじゃないか、エギロダはそう言ったのだとか。
「本城の皆様は庶民の言葉に耳を傾ける広い心をお持ちなのか、はたまたお時間に余裕のある方がいらっしゃるのか、エギロダ様を試してみよう、そうなった訳なんです」