第11章「エギロダの武器」【2】
いくら大切な人を助けたいからといって、少女のヌウラを殺し合いになるかもしれない場所へわざわざ連れてきた理由を知りたかった。
「そうねえ、まず私については呪術師だとエギロダに伝わっているはずだわ。だけど、ヌウラの事まではユーゼフは知らない」
ユーゼフはガーディエフ軍について知り得た情報を、包み隠さずエギロダに漏らしている。
しかし彼はヌウラに呪術師としての力がある事など、全く知らないのだ。
知らない事をエギロダに伝えられるはずもない。
「だから私たちにとっては唯一の、エギロダに対する秘密の武器なのよ、ヌウラは」
ある時、世界中の呪術師がヌウラの力を感じ取った。
それはアミネも、ネムレシアも。
何故ならヌウラの力が強大過ぎたからであった。
ところが今は近くにいるテネリミでさえも、ヌウラから何も感じないのだ。
元々呪術師同士でも、力を感じる事はない。
しかし段違いで強力な力を持っていれば、他の呪術師はその力を感じ取る事が出来る。
そのような存在は、既にこの世を去っているが、ヴァヴィエラ・ルーロー唯一人である。
その存在が一人増えた。
世界中の呪術師が震え上がったのは、言うまでもない。
呪術師たちがヌウラの力を感じられなくなったのは、跡形もなく消え失せたのか、それとも他の呪術師程度と同様の平凡な力は残っているのか、それは不明なのだ。
「少しでも力が残っているなら、十分に戦力足り得るわ。敵も油断するでしょうから、こうかは抜群よね。まあ、本人の自覚が足りないのが難点だけれど」
「それなら、訓練をさせておけば良かったのではありませんか? 先輩たちがいた訳ですから」
「言わずもがなよ。だけどね、それは危険を伴うの」
これが平凡な呪術師なら、訓練によって力量を自覚したり、力を伸ばしたりで済む。
ところヌウラは、史上最悪の魔女と恐れられたヴァヴィエラと同等か、それ以上の力を見せ付けたのだ。
もしも訓練であの力が唐突に戻った場合、仮に力が暴走しようものなら、どのような惨劇に見舞われるか分かったものではない。
「惨劇って、何ですか?」
「ガーディエフ軍の全滅かしら」
「そんな、まさか…」
「嘘かまことか、コルス国の英雄、王宮呪術師ネムレシアは大戦の折、フェリノア軍百人の部隊を同士討ちで全滅させたそうよ」
各国の英雄については、リャガも学校の授業で習った覚えがある。
教科書に載っていた数字は、もっと少なかったはずだが。
ネムレシアの力はヴァヴィエラには遠く及ばない。
しかし、ヌウラなら。
「だからお願い、ツヴォネディ隊長にも言ったのだけど、ヌウラだけは何が何でも守ってちょうだい。くれぐれも奴らの手に渡るような事にはならないように」
だったら連れてくるなよ、とはリャガの本音。
戦力になるかどうかも不確かなのに。
エギロダの要塞の外壁はツルツルとして掴みどころがなく、とても登りにくい。
壁を伝っての侵入を諦めさせる対策の一つだろう。
だがガーディエフ軍の諜報員ウマーチは経験豊富である。
この程度の壁は過去に幾度となく制覇してきた。
リャガ隊長がユーゼフという男から聞いた話によれば、クワンたちは三階に今もなお閉じ込められているらしい。
真実がどうかは半々だ、とも。
どちらにしても、彼女らの捜索には要塞内を全て回る必要がある。
ならば上から降りていくのが一般的な方法である。
ウマーチもそれに従う。
三階部分には辿り着いたが、どこから侵入しようか。
どうやら外観からでは分かりにくいが、窓がある。
ただし、とても小さい。
この窓を通り抜けられるのは、猫や栗鼠などの小動物ぐらいだろうか。
いや、ウマーチもできる。
成人としては身体が小さいウマーチは、身体中の関節を外し、するすると窓を通り抜けた。
関節を元に戻して辺りを探ってみると、真っ暗ではあるが通路だという事が分かった。
とても静かだ。
静か過ぎて、人がいるとは思えない。
外壁に沿って通路が伸びて、三階をぐるりと囲んでいる。
すると、大きめの扉を見つけた。
すぐには開けず、耳を寄せて中の音を聞く。