第11章「エギロダの武器」【1】
沸騰した頭を冷やす為に岩場の窪みから出たリャガは、その足で増援部隊の元へ向かう。
馬をゆっくりと歩かせながら、テネリミの言葉を消化させようと、胸の内で何度も思い返した。
ガーディエフやビルトモスの考えは分かる。
自軍は目的があってバドニアから抜け出したのだ。
コルス国に来たのも、一旦は身を隠して目的達成に向けて備える為だ。
それをクワンたちの為に危険を冒す訳にはいかない。
だからといって彼女らを見捨ててしまうのは、あまりに無慈悲ではないか。
結局どろどろと煮詰まったまま、増援部隊の待つなだらかな丘のふもとへやって来た。
彼らに険しい顔は見せられないと、無理矢理肩の力を抜いた。
増援部隊の隊長はツヴォネディといい、ケベスと同世代の熟練した剣士である。
「リャガ、先発隊の指揮はご苦労である。初舞台は大変だったろう」
ケベスからは聞かれないような労いの言葉が贈られた。
「いえ、私などはまだまだです。隊の兵からも信頼されているかどうか」
「皆、そうだよ。その辺は長い時間をかけて地道に積み重ねていくものだ。焦る必要はない」
ケベスと違って柔和な表情の多いツヴォネディだが、その顔のまま声だけを潜めた。
「この先の方針はビルトモス様から伺っておるよ。不満な部分は多々あるだろうが、ここでは顔に出さぬよう気を付けてくれよ」
まだ隠せていなかったか。
「何しろ私の部下たちは、その話を知らんのでね。しかも、それを最も知られてはならない者がおるから尚更だ」
チラリとリャガはツヴォネディ隊の面々へ視線を向けた。
なるほど、クンザニがいる。
「ソエレを助けたい一心で志願してきた。無茶をされると困るから一度は拒否したのだが、どのみち単独で飛び出しかねんから連れてきたのだ」
エギロダの兵の数によってはクワンたちの救出を諦めるつもりだとクンザニが聞いたら、彼は一体どうなってしまうだろうか。
隊長のツヴォネディにとっては悩みの種の一つだろう。
「どうやって説得したものか、毎日そればかり考えておるのだよ」
笑顔を絶やさないツヴォネディだが、確かにそれは大きな問題だ。
下手をしたらクンザニは一人ででもソエレを助けに行くと要塞へ突っ込んでいくかもしれない。
単に一人の討ち死に、という訳にはいかない。
そのせいでリャガ隊どころかツヴォネディ隊の存在まで知られ、併せて七十五名が危険に晒されてしまうからである。
「どうしてもというなら、奴を縛り上げてでも連れて帰るしかないな」
冗談めかしてはいるが、かなり本気に違いない。
それとは別に、リャガはツヴォネディ隊の顔ぶれの中に、決して見過ごしてはいけない姿を見たような気がしていた。
「気が付いたか? もう一人、いや二人かな。扱いの難しい部下がおるのだよ」
経験を積んでいるツヴォネディが困る部下がまだいるとは、リャガはチラ見ではなくしっかりと視線を送った。
「あ、ああ…?」
果たしてそれはヌウラであり、ミジャルであった。
ただ不思議なことに、兵士ばかりの一行とこんな場所へ連れてこられた割には、ヌウラは不安そうでも嫌そうでもなく周りの兵士たちと談笑している。
「同行させると言い出したのはテネリミ殿だが、どうした風の吹き回しかヌウラも快諾したらしい」
むしろミジャルの方が渋々といった所のようだ。
ヌウラの保護者としては仕方ないだろう。
しかしヌウラに快諾させるとは、テネリミは一体どんな手を使ったのだろうか。
「人聞きが悪いわね。騙した訳じゃないわ。あくまでヌウラの意思よ」
リャガは岩場の窪みへ戻ってきて早々にテネリミに問い正したが、テネリミはあっけらかんとそう答えた。
クワンたちが誘拐された事はヌウラも知っていて、助けたいという気持ちは皆と同じだという。
ヌウラにしてみれば一緒にいる時間が、ミジャルを除けば最も長いクワンたちへの思い入れは相当なものだろうから、ごく自然な話であるかと。
「分かりました。ヌウラの意思はいい。ですが、あなたの考えはどうなんですか?」