第10章「狙いは呪術師」【10】
待ち人来たれり。
伝令の三人がルーマットから、ウマーチを連れてきてくれたのだ。
願いが叶ったとケベスは元より、リャガまで飛び上がらんばかりであった。
遅れてテネリミも現れた。
これにはケベスも目を丸くする。
「私が現場にまで出しゃばってきたのが、そんなに珍しいかしら? まあ、皆んなの畑仕事にも手を貸さないのだから仕方ないけど。だけど、クワンたちがこんな目に遭ったのは、私にも責任があるから」
クワンたちはバドニア国の呪術師であったが、テネリミが説得して引き抜いたのだ。
自分が彼女たちをガーディエフ軍に加入させなければ、苦しめるような事にはならなかったかもしれない。
ルーマットでミジャルに放った言葉は、そっくりそのまま自らへのものでもあった。
「いやいやしかし、テネリミ殿まで来られたという事は、いよいよ総攻撃であるのだな?」
ところが、ウマーチの言葉にを聞いて、浮かれてばかりもいられない状況である事を知る。
「援軍は私を含めて五十です」
リャガ隊と合わせても七十五である。
「なぜだ、我々が出発する頃は全軍出撃の勢いではなかったか⁈」
兵士約五百の姿を見せれば、戦わずして敵は降伏する可能性だってある、そんな声が上がった事も覚えている。
「あの頃はもちろんそうでした。ですが、それはあまりにも危険度が高過ぎると、ガーディエフ様やビルトモス様が判断されたのです」
五百もの兵が動けば、当然目立つ。
それはエギロダどころか、普通にコルス国側にも見つかってしまうかもしれない。
そうなれば、当たり前にコルス軍がやってきて、何というか終わりである。
「そ、それなら、小分けにして、こっそり動けば良いのではないか?」
コルスに入国してから、実際彼らはその手を使って目立たぬように移動していた。
だが、それだけではないとウマーチは言う。
「ガーディエフ様は最悪の結果を懸念されておられました」
エギロダは未だ未知の敵であり、どれ程の兵隊を抱えているのか分からないのだ。
仮に十倍ともなれば、いくらガーディエフ軍が正規兵でエギロダ側が素人の寄せ集めだったとしても、大きな痛手を喰らうのはまず間違いない。
「決してガーディエフ様が臆病風に吹かれたという訳ではないのよ。それに、私も同意したわ」
言いたくはないけれど、テネリミはそう重ねた。
呪術師三人の為に、大事な兵を減らす訳にはいかないのだと。
これもまた、テネリミが自身で言った言葉と同じである。
「それでも、七十五人も出してくれたんだから、むしろ太っ腹よね」
「いや先程の例えではありませんが、仮に相手が五千だったら、七十五では如何ともし難いのではありませんか?」
「もしそうだったら、リャガ隊長、その時は諦めましょう」
信じられない言葉がテネリミの口から発せられた。
「馬鹿な、そんな事…」
「ついさっき、自分に責任があると言ったばかりではないか⁈」
「大丈夫よ、その決断は私がするから。責任を取るとは、そういう意味なの」
それで納得出来るはずがない。
「今日まで我々は彼女たちの無事を願い、殺された仲間の無念を晴らすべく、やってきたのです。それをあっさり引き下がるなど、どうやって飲み込めば良いのですか?」
始めはタラテラの町で情報を集めた。
それからユドリカへ行き、要塞まで足を運んだ。
エギロダの見廻り隊と一戦交えた。
それもこれも全て無駄になってしまう。
「そんな事はないわ。皆んな、やるだけの事はやったって話よね。それでも無理だとなったら、仕方ないじゃない」
この先どんな目に遭うか分からないクワンたちへの言い訳が立つという事だろうか。
とにかく、これ以上の増援はあり得ないとテネリミは断言した。
「何はともあれ、深夜に中の様子を探って参ります」
場の空気は最悪であったが、ウマーチは何事もなかったかのように淡々と。
「そうでしたね、まだクワンたちが要塞の中にいるかどうかも分かってないのでした」
それはリャガに冷静になれという、ウマーチからの言伝であったのかもしれない。