第1章「ユドリカの苦難」【10】
兵士たちは手伝いをして給金をもらおうとしている訳ではなく、在庫の野菜を分けてほしいと頼むのだ。
それでいいならと、ほとんどの雇い主はむしろ喜んでくれた。
もう一つの班に関して、テネリミは村長に次のように話をする。
「土地を貸してください。耕して畑にします。これは待ち人が現れるまでの期間です。その後土地はお返しします」
ルーマットの村長は、村としても畑の面積を広げたいと思っていた矢先に持ちかけられた話であり、嬉しい限りである。
ガーディエフ軍の兵士は出身も様々であるが故、農業経験者も少なくない。
彼らが先導し、未経験の兵士に技術を授けていくという段取りである。
元から力の有り余った正規兵だから、やる事さえ覚えてしまえば、後は放っておいても開墾を進めていく。
「まさかこのまま農民と化してしまうのではあるまいな?」
剣の代わりに鍬や鋤を振るう兵士たちを眺めつつ、ガーディエフは本気とも冗談とも取れる顔をしていた。
布で汗を拭いながら、ビルトモスも懸命に土を掘り返している。
「まあ、楽しそうにやっておるな。私にも出来るだろうか?」
興味が湧いたのか、少々ガーディエフもやりたそうに呟いた。
「ガーディエフ様の年齢で始めても身体がすぐに悲鳴を上げるだけですよ」
テネリミにばっさりと否定され、残念そうに頷くガーディエフであった。
農業経験者だと言ってしまった手前、ミジャルも借り出される始末となった。
その間ヌウラはルジナら呪術師や一部の兵士らと共に、寝泊まり用のテントを設営する手伝いをしていた。
雨風にも耐え得る丈夫な布を、硬い木材で建てた柱に被せていく。
ヌウラはルジナたちとその布を運ぶ。
厚手の布なのでかなり重いが、ヌウラにはそれが面白いようだった。
「すごいわ、どうなってるの? どんなに引っ張っても全然動かないわ!」
「何処かに引っかかったんじゃないかしら。ねえソエレ、その辺の石にでも挟まってないか見て…?」
ルジナが声をかけたが、ソエレは手伝いもせず若い兵士と楽しげに話をしていた。
「…何、アレ?」
「ああ、クンザニじゃない」
しかめっ面のルジナに、クワンが答える。
クワンによれば、どうやらあの二人は最近仲良くしているようだ。
「へえ、どうせ女に飢えてるから何とかしようっていう下品な輩でしょう?」
「あら、クンザニって良い声をしてるし、私にも優しいのよ」
どこか気に入らない様子のルジナに、ヌウラが軽く反論する。
「ソエレ! 働きなさい!」
ルジナの甲高い声が響く。
トミア国で開かれた十二ヶ国による会合は、中止に終わってしまった。
議題は“フェリノアの大分割の承認”というものであった。
巨大なフェリノア王国を四つに分割し、それらを四人の王子に継がせようとした現フェリノア国王リドルバの思惑は一歩も前進出来なかった。
それどころか、“フェリノアの大分割”自体が消滅する可能性まで出てきたのだ。
十二ヶ国からそれぞれ代表が呼ばれた訳だが、そのうちの二人が暗殺され、一人が消息不明となってしまった。
二人の暗殺に関わったのはフェリノア人であり、その一味は会合が開かれたトミアの首都ディアザを占拠するという暴挙に出た。
その動機はリドルバ王に対しての不満からであった。
各国の代表の護衛として来ていた正規兵たちの活躍により、結果ディアザは解放される。
だがリドルバ王に同行していたフェリノア第六王子が、燃え盛る馬車の中に自らの意思で取り残された。
鎮火後、焼死体が発見され、リドルバ王は深い悲しみに包まれた。
第六王子にも分割したフェリノアの一つを与えるはずだったのだ。
計画が振り出しに戻ったといっても過言ではない。
各国の代表は故国への帰路についた。
そのうちの一人が、クルル・レア国の第三王女ニマジレである。
彼女は大いなる野望を胸に会合に臨んだのだが、上手くは行かなかったようだ。
野望とは、トミア国次期国王ハシャルフと恋仲になり、彼の妃になるというものであった。
彼女はクルル・レアへ出発する前日、ハシャルフと直接会う機会を得た。