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短編 お勧め順

お嬢様、それを許してはなりません

作者: 紀伊章

作中に出てくるお金の単位

1リーン=1円


***


 最初は、貴方をお慕いしていました。


 わたくしよりも二つ年上で、今の国王陛下の血を継ぐただ一人の王子殿下。

 幼い頃の最初の顔合わせでは、優しく接していただけました。

 整ったお顔立ちに、柔らかな物腰。

 わたくしの初恋だったと思います。

 

 それから、折に触れ、お花やお菓子を送っていただけましたね。

 他愛ないけれど気持ちのこもったメッセージも添えて。

 まだ、貴方がわたくしを顧みて下さっていた頃。

 デビュタントの数年前に母が亡くなってしまうまでが、わたくしの幸せだった時代でした。


 貴方は誤解しているようですが、王妃教育は辛くはありませんでした。

 母が亡くなった実家の公爵家では、淑女教育に差し障りが出るかもしれないと、王城で王妃教育を始めて下さった王妃様。

 厳しくはあったけれど、母と友人だった王妃様は、母を亡くしたわたくしを気遣って下さいましたから、第二の母のように思っておりました。


 王妃様とは裏腹に、母を亡くしたわたくしを貴方は労わっては下さいませんでした。

 思えばこれが、わたくしの心に入った最初のヒビでした。


 貴方は、年上の美しい未亡人の方と少なくない時を過ごされるようになりました。

 父と兄からは、受け入れるように言われました。

 まだ何も申し上げてはいませんのに。

 曰く、結果的にわたくしのためになるそうですわ。

 わたくしの心に入った次のヒビだったと思います。


 やがて貴方は、未亡人の方々のみならず、低位だけれど未婚の貴族令嬢とお付き合いされるようになりました。

 事ここに及んでは、わたくしの父と兄も貴方に苦言を呈されていたかと思います。

 

 彼女たちが、貴方に贈られたというドレスや装飾品を身に纏っているのを見るたびに、話を聞くたびに、わたくしの心には細かいヒビが追加されていきます。

 もう、貴方が贈って下さる、王城の庭師が纏めた花束も、王城の料理人が作ったお菓子も、わたくしの心に何ももたらさないのに。

 

 そうして遂に、大国からやって来た方だけれど低位貴族でしかない令嬢をその腕に添えて、貴方はわたくしに婚約破棄を叫ばれましたね。


 わたくしが、貴方と共に過ごされていた方々に嫌がらせなどした事は無い、そんな事もお分かりにならなかったのですね。

 日々の王妃教育が終わった後、必ず貴方を訪ねていた事も、わたくしの意思ではなかったのですよ。

 最初のうちだけは、わたくしの意志でもありました。

 けれど、毎回会ってはいただけないのに続けていたいとは思えませんでした。

 王妃様の「帰る前にあの子の所に寄って行ってあげてね」というお言葉が無ければ、真っ直ぐ帰っていたでしょう。


 もう、あの時の令嬢はこの世界の何処にも居ません。


 今の貴方は、わたくしの所に毎日、愛をささやきにいらっしゃっています。

 これまでわたくしに贈った事の無い、宝石で飾られた様々な品と、吟遊詩人の如き美辞麗句を携えて。


 王妃様からは、

「ごめんなさいね。

 貴女の事は本当の娘の様に思っているけれど、私はその前にあの子の母親なの」


 父と兄からは、

「お前さえ水に流せば、全て無かった事になる」

「恙なく王妃に成れる。お前にとっても望ましい未来が待っているのだ」


 あれからずっと、考えています。

 砕け散り、粉々になって、風に吹かれて、消え去ってしまった心は、どうやったら元に戻るのか。

 


***


 私は、リズ。ラサム商会の娘です。

 このエッジワース公爵家でメイドをしています。

 もう後、数日で終わりだけど。

 

 商会の跡目争いのために、色々な経験をしておきたかったから、短期で働かせてもらったんだけど、微妙な時期だったと思ってます。


 この公爵家のご令嬢ルシンダ様は、王太子殿下の婚約者。

 なんだけれども、浮気性の王太子殿下が醜聞を起こし、

 ルシンダ様に許してもらえば、お咎め無しになったらしく、

 王太子殿下が毎日必死に、口説きに来ている。 ←今、ココ。



「全て揃いましたね。では始めましょう」

 

 王太子殿下が、毎日持ってくる贈り物の整理です。

 何かあってはいけないので、執事の監視付き、公爵家の騎士が戸口に控えてます。

 作業人員は、ルシンダ様の侍女と、私、他メイド。

 商会の跡取り候補ということで、目利きをさせてもらえる事になりました。


 ルシンダ様は贈り物に興味がないのか、梱包も解かれていないものがあります。

 ルシンダ様の侍女が贈り物を取り出し、執事が内容を確認、記録して、メイドが監視付きで片づけていきます。

 私の目利きも評価してもらえるとの事で、商人として発言するように言われています。


「まぁこの指輪、なんて大きなエメラルドかしら」

「手袋をしていますので、手に取って拝見してもよろしいですか?

 では、……恐らくマクルーア産のエメラルドですね。

 涼しい所で、宝石箱での保管をお勧めします。

 粒は大きいですが、色味が少々悪く、インクルージョンも多いので、最高品質ではありません。

 20万リーンほどかと思います」

「まあ、王太子殿下の贈り物になんて事を!」

「では、私も見ましょう。……そうですね、20万リーンで妥当でしょう」

「……」


「なんて奇麗なブローチでしょう。貴重な真珠がこんなに使われていて」

「イーリー産の淡水真珠ですね。

 イーリーには真珠の養殖技術がありますから、品質は良いですが、お値段はそれほどでもありません。

 本真珠よりも汗に強くて使いやすいですよ。

 乾いた柔らかい布で拭いてからしまうのが良いでしょう。

 1万リーンほどでしょうか」

「……」


「まぁ、なんて素晴らしいドレスかしら」

「キャクストン産の絹製ですね。

 型崩れしないように乾かしてから、虫よけとともに日の当たらないところで保管すると良いでしょう。

 キャクストンでは今、絹の売り出しに力を入れていますから、お買い得です。

 縫いつけられた小粒の宝石類と合わせて、100万リーンほどでしょうか。本日の最高額だと思います」


 etc.


「素晴らしい品ばかりですわ。

 毎日、このように素敵な贈り物をされるお嬢様が羨ましいですわ」

「王太子殿下にお嫁ぎになられれば、もっと贅沢が出来るでしょう。

 何が不満なのかしら」


「……それがあなた達の気持ちなのね?」

「っお嬢様!い、何時からそこにいらっしゃったのですか?」


 結構、前からいらっしゃいました。 

 贈り物に夢中な侍女以外は、皆気づいていました。


 比較的冷静だった侍女が言い出します。

「お嬢様、差し出がましいとは存じますが、王太子殿下のお気持ちをお受けになってはいかがでしょうか」

「……そうね。考えてはいるわ」


 公爵家としては、王太子の暴挙も許した方がメリットが大きい、と判断したんでしょう。

 表向きは許しても、貸し、という事になってるだろうし。

 だから、お嬢様の侍女なのに、お嬢様の気持ちに寄り添わないのだと思う。


「贈り物も身につけてはいかがですか。

 こんなに贅沢な品々なのですから」

「……そうね」

 

 そこちょっと、商人の娘として、突っ込ませてもらいたい。


 執事に許可を得て、お嬢様に話しかける。

「お嬢様、私はラサム商会の者でございます。

 こちらでしばらくお世話になっておりましたが、間もなくお暇を頂く予定になっております。

 つきましては、後ほどそのご挨拶に少しお時間いただいてよろしいでしょうか?」


「え?ええ、よろしくってよ」

 キョトンとされるお嬢様。

 まぁ普通は、メイドの退職挨拶などお嬢様が直接聞く事は無いし、何なら今言えばいい事である。

 要は、ちょっと話をさせてもらいたいのだ。

 これを受けてもらえたならば、お嬢様の味方をするのも吝かではない。



 で、後ほど、お伺いさせてもらって。

「何か、わたくしにお話かしら?」


 侍女たちが部屋に居ません。

 まぁ、一緒に居たくないだろうなぁ。


「こちらをご覧ください」


 キチンと挨拶してから、準備したものを見せる。

 片方は、執事から借りてきた、先程の記録。

 もう片方は……


「!これは、よくこれだけ……」


「憶測もありますが、おおよそは合っているかと。商人は情報が命ですから」


「……このようなものをわたくしに見せて、わたくしにどうせよと言うのかしら」


「考えていただきたかったからです、お嬢様に、ご自身の未来を」


「わたくしの未来……」


「お嬢様はこれまで、周囲の期待に応える生き方をされてこられたと思います。

 ですが、今の選択は、お嬢様の未来に直結します。

 

 お嬢様がこれまで通り、周囲の意向に沿う選択をする事は容易いかもしれません。

 ですが、その先の未来はどうでしょう?


 王太子殿下を受け入れれば、過去の殿下の行いを、未来にも受け入れる事になるでしょう。

 今の王太子殿下は、今だけの姿でしょうから。

 

 公爵閣下のご意向に沿うなら、その選択の責任はお嬢様のものになる事でしょう。

 公爵閣下はご命令をされている訳ではないのですよね?

 

 お嬢様の選択次第で、お嬢様がこれまで受動的に歩んできた人生を、これからは能動的に望んだ事として生きる事になるでしょう。


 そのお覚悟はお有りですか?」


「……貴女の言うような未来が来るのだとしても、わたくしに選択肢は無いわ。

 選びたい方向に道が無いのよ」


「お嬢様、どんな行き止まりでも、けもの道のような道なら意外とあるものですよ。

 何か新しいものを手にしたかったら、それまで手に持っていたものは手放さなくてはなりません。

 

 お嬢様は、今あるものを捨てる覚悟はお有りですか?」



***


「王太子殿下、改めて婚約破棄を受け入れます」


「何だと!?

 話が違うぞ!

 エッジワース公爵、どういう事だ?」


「殿下、これは何かの間違いです。

 ルシンダ、言い間違いを正しなさい」


「間違ってなどおりません。

 少なくとも、今のままでは、婚約の継続や婚姻を行う事は受け入れられません。

 リズ、皆様に資料をお見せして」


「かしこまりました。

 こちら、王太子殿下がルシンダ様にお贈りになった品々の一覧に、予想金額を添えたものでございます。


 王城の庭師が育てた花や、王城の料理人が作られたお菓子は取っておけませんので、0リーンとさせていただいております。

 従いまして、お二人のご婚約成立後から、先日の王太子殿下の婚約破棄の申し入れまでの期間で、王太子殿下がルシンダ様にお贈りになった品の合計金額は、クマのぬいぐるみ、ドライフラワー、ペーパーウェイトなど、合計2万リーンでございます」


 流石に顔をしかめたエッジワース公爵、そして国王王妃両陛下、裏腹に狼狽する王太子殿下。


「何だと?そんな馬鹿な……

 そうだったとしても、最近ルシンダに贈った品々があるはずだ」


「王太子殿下による婚約破棄の申し入れ以降の一覧がこちらです。

 キャクストンの絹製ドレスの100万リーンを筆頭に、合計200万リーンほどになっております。


 ですが、こちらもご覧下さい。

 

 王太子殿下の婚約破棄の申し入れ前までに、王太子殿下がルシンダ様以外の女性の方々に贈った品々と予想金額の一覧でございます」


「馬鹿な!そんなものがあるはずがない!」


「わたくしが直接、ご本人より、王太子殿下から頂いた旨、お聞きしたものになっております。

 噂で聞いただけのものは、わたくしの手元に」


「正式な婚約者であるルシンダ様相手ならともかく、愛人相手ならば、王太子殿下の個人資産からしか費用は認めていません。

 合計金額の1億2000万リーンは、王太子殿下の資産ではあり得ない額ですぞ。

 ……これは!これも!宝物庫に収められているべき品。王太子殿下、ご説明願います!

 ルシンダ様、そちらも見せて下さい」


 重要な箇所を拾い読みする宰相。


「か、貸しただけだ。ちゃんと戻っている」


「王太子殿下との婚約の継続、並びに婚姻を固くお断りいたします。

 宰相閣下、こちらをどうぞ。

 わたくしはこれで失礼いたします」


「ま、待ちなさい、ルシンダ」


「ここからの話し合いに、わたくしは不要でございましょう。

 先に帰っております。

 リズ、来なさい」


「はい、只今」



***


 あれから、

 お嬢様と一緒に、修道院に直行、修道女として保護してもらう。

 修道女として、隣国の修道院へ。

 隣国で還俗。

 隣国のラサム商会支店へ。 ←今、ココ。

 


「リズ、今日の分の会計確認が出来たわ」


「あ、ありがとうございます」


「嫌だわ、リズったら。

 今のわたくしは、貴女に雇われている身。敬語は止めて。

 でなかったら、わたくしが敬語にするわよ」


 楽しそうに笑うお嬢様。


 私が思った以上に吹っ切ったお嬢様は、身分も家族も、全てを捨て去ってしまいました。


「お母様のお墓参りに行ければ十分だわ。

 領地の共同墓地にあるから、それ位なら平民でも行けるでしょう」



 最初の修道院で、髪を肩までの長さにバッサリ切ったお嬢様は、切った髪と修道院長の署名付き絶縁状を、エッジワース公爵家に送りました。

 隣国の商会に移った後に、エッジワース公爵家からお嬢様のお兄様が、お嬢様に会いに来られました。

 

「ルシンダ、戻って来てくれ。

 私達も悪かったから」


「お兄様、いえ、エッジワース公爵令息様。

 お母様が亡くなった後のわたくし達は、家族ではありませんでした。

 これからもそうです。

 お引き取り下さい。

 でないと水をかけますわよ」


「何を言うんだルシンダ、機嫌を直して帰っ ブハッ」


「お引き取り下さい。

 わたくしは成人しておりますから、わたくしの人生を選ぶ権利はちゃんとありますのよ」


 

 エッジワース公爵に水をかけられない事を残念がるお嬢様。

 本国では、王太子殿下が愛人達に貸し出した宝物庫の品のいくつかが偽造品であることが分かり、大騒ぎになっているので、忙しくて公爵本人は来れないと思う。

 あ、王太子廃嫡になったから、元だったわ。

 正式な処分はまだこれからだけど、そんなにぬるい処分にはならないと思う。


 例の資料は、ゴシップ紙に仕立て直して、小金を儲けさせてもらいました。

 民衆に知れ渡ったら、隠蔽してあの王子が国王になる事も無いかと思って。


 商会の跡取りの座までは、まだもう少し。

 この支店で実績出さなきゃね。


「ねぇリズ。

 わたくし、前はお母様が居て下さった頃が、人生で一番幸せだと思っていたの。

 でも、今、貴女の傍に居るのが一番幸せだと思うわ」


 ……ち、近い、近いんですよ、お嬢様。


 まぁ、私も、貴女が幸せそうにしてるのが一番って思ってますよ。



読んで下さってありがとうございます。


気にしてた方がいらっしゃったので、補足しますと、

お嬢様の母親のお墓は、共同墓地の領主一族用の区画にあり、

お嬢様は気付いていないようですが、

門番が居るので、完全な平民では近づけません。

お嬢様が母の墓前まで辿り着けるのが、

主人公(商人の娘)の交渉結果なのか、実家側の予めの配慮なのかで、

その後のお嬢様と実家の距離感が違ってくるかと思いますが、

この辺りは、ご想像にお任せします。



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