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★☆☆☆☆(1/5)  妹が自製した謎のゲーム

作者: M. Chikafuji


 夜遅くに僕を叩き起こした妹がベッドの横に立っている。


「人は言います。人生には無限の可能性があると」


 ゆっくりとした口調で言ったかと思えば、いきなり天井に向かって両手を勢いよく広げる。長く降りるツインテールが揺れ動いた。


「そう、お兄ちゃんが、私の妹になる可能性があると」


「もう寝ろ」


 何なんだこの妹は。

 僕は布団を頭まで被って横たわる。


「起きてよぉ!」


「泣きたいのはこっちだよぅ」


 情けない声で言い合う僕ら。

 高校に入ってから、妹が欲しいとほざくようになった妹、今夜は特に意味が分からない。


 その妹にタブレット端末を突き付けられる。

 画面にはポップな字体が踊っていた。


「これが! これこそが! 私の最高傑作!」


「なにこれ、ゲーム?」


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『わわわーるど オンライン』


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「お兄ちゃんを私の妹にできる、わくわくワンダフルなゲームなのです」


「つまり迷惑が沸く(わく)のやつだな」


 キャラに成りきるロールプレイングゲームの類だろうか。


「これさえあれば、妹お兄ちゃんを可愛がる夢小説を書かなくてもいいの」


言霊(ことだま)はあると思います。ちょうどいま僕を苦しめてる」


 妹は僕の腕を引っ張って起こした。


「さあ、めくるめく『わわわーるど』へようこそ。まずは画面をタッチだよ」


「眠いのに…」


 タブレットを膝の上に置いて画面を触る。


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妹「お兄ちゃんは私の妹だよ、よろしくね!」


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「難度えっぐい」


「始まったばっかだよぉ! あのね、お兄ちゃんがこのゲームをクリアしたとき、私の妹お兄ちゃんができるの」


問1:実妹が自製した謎のゲーム(フルボイス付き)をプレイする僕の心情を答えよ。


 分からない人は、狂ったゲームを作って自分でフルボイスを吹き込み、知り合いに勧めてみよう。それで得られる感想が僕の気持ちだ。


「世界からどんなに理解を取り除いても、このゲームは作られないと思う」


「世界でお兄ちゃんのためだけに、頑張って創ったんだよ? お兄ちゃんが私の妹になれるように」


 せめてこの兄が理解できるコンセプトで頑張ってくれ。


「一応聞くけど、『わわわーるど オンライン』、オンライン要素は?」


「お兄ちゃんが私の妹になる世界までのライン、その上を歩くゲームだよ」


「ドン底まで垂直落下だよ。何だその世界」


 タブレットを妹に押し付け、僕は身体を地面に対して水平にした。


「疲れた、僕は寝る」


「もー、分かったよ。まったく、わがままなんだから…」


「ちょっと、何で入って来んの!? 自分の部屋行けよ!」


 何故かベッドにもぐりこんできて、僕の布団を巻き取りはじめる妹。


「散らかっちゃって寝る場所がないんだよぉ!」


「だったらトイレで寝ろ」


「やだ。貸してくれないと大音量でゲームする」


「分かったよ、僕が床で寝るよぅ」


 しぶしぶ起き上がる僕の腕が掴まれる。


「一緒に寝てくれないと大音量でゲームする」


「今日はどうしたんだ。いつにも増しておかしいよ」


「だって、だって。友達が見せつけてくるんだもん。羨ましいんだもん」


 さては高校の友達に、可愛い妹の写真でも見せられたのだろうか。

 この妹の意味の分からなさは、高校入学を境に妙な方向で定まっているし、影響を受けているのかもしれない。


「ママお兄さんの写真を見せつけられたんだよぉ!」


「もう駄目だ。僕は寝る」


意味が分からない。僕は諦めた。


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 何だ、これは。


「やっぱり私たち、『わわわーるどオンライン』の世界に転生しちゃってる!」


「地獄はあると思います。ちょうどここに位置する」


 先ほど、妹が真っ白な空間にて神とやらに対面し、こちらの世界に送り込まれる運びとなった。

 僕はといえば、送り出される直前まで呑気(のんき)に眠りこけていたので、何も知らされていないのだ。


 僕には分からない。僕達が謎の野原にいる理由も、「羽の生えた一軒家」が眼前で休んでいる意味も。


「最新式の仮想現実はすごいなあ。戻りたい人の気持ちをめちゃくちゃ無視してくるぞ」


「冗談言ってないで、空飛ぶおうちに入ろうよ」


 何が冗談だ。こっちは予断を許さない状況なんだ。

 ぶつぶつ呟く僕は、妹に背中を押されて恐怖の館に押しこまれた。




「じゃあ妹お兄ちゃんはこれに着替えてね」


「ゴスロリじゃねーか。大の男が着るように設計されてないよ、明らかに」


 妹は羽ばたく家を勝手知ったる我が家だと言わんばかりに、クローゼットから呪いの黒装備を取り出した。

 サイズ的にも僕が着たら瘴気を発することは間違いなく、あるいは僕の社会的な首を狩る(サイズ)にさえなる代物だ。永遠に死蔵しといてほしい。


「着てよぉ! 世界を救うためには、妹お兄ちゃんパワーが必要なの!」


「そんなものは存在しない」


「私が創った世界を救えるのは、妹お兄ちゃんパワーだけなの!」


 そんな欠陥世界なら滅亡するしかない。終わり。


「世界を救わないと帰れないからね」


「そこは僕抜きで何とかしろよ、この謎世界の創造主だろ」


 妹が創り上げたのと似た世界が実在し、僕たちがそこにいるという状況は、まったくもって詐欺に近い。

 概念から疑うべきだ。妹の作った意味の分からないゲームの世界にトリップするなんて馬鹿な話は無い。


 これは最新技術を無駄につぎ込んだゲームで、現実ではないんだ。


「そんなこと言われても…きゃあっ!」


「わぁっ! じ、地震!?」


 轟音と共に揺れ動く羽付きハウス。僕は転んで腰を打った。


 痛みに(もだ)えつつ窓の外を見ると、大ミミズのお化けみたいのがへばりついていた。

 こちらに向けて開いた(とげ)だらけの大口からは、酸性の強そうな液体が溢れている。


「キィイ…シュゥゥ゛…ミィ゛…」


「な、な、何じゃありゃ! こ、この羽根つき家、飛んで逃げられないの!?」


「妹お兄ちゃんパワーが足りないよぉ!」


「限界だ、ぜんぶ限界だ…!」


 鳴ってはならない音がみしみしと響いている。

 壁に飾ってあった冒涜(ぼうとく)図画“妹お兄ちゃん イメージ像”が地面に落下した。


 くっ、やるしかないのか…!

 僕は覚悟を決め、打ち捨てたはずのゴスロリを手に取る。


「…どうなってんだこれ、どうやって着るんだこの服」


「えへへ、妹お兄ちゃんには難しかったかな。私がお着換え手伝ってあげるからねぇ」


「畜生ぅ、恨んだぞ運命」


 かくして僕は世界を救う人柱となった。




「次はこっちにお手手を通してね」


「……」


「はい、よくできました」


「…..」


 問2:妹にパツパツのサイズのゴスロリ服に着がえさせられた兄の気持ちを答えよ。


 答えは無い。そんな人間がいるわけがないからだ。だから、僕の気持ちを表すことはできない。


「ほら妹お兄ちゃん、窓の外を見て?」


「…ただの綺麗な花畑だよ。って、花畑!?」


 ミミズのお化けはいつのまにか消えており、さっきの野原は花畑に変わっていた


「妹お兄ちゃんパワーで、少しだけ世界が救われたよ!」


「そうかい。僕自身は破滅に急進してるけどね」


 誰か僕も救ってくれ。この地獄の世界から。


「もう脱いでいいだろ、この呪縛服」


「駄目だよぉ! ION(妹お兄ちゃん)パワーが足りないとまたモンスターが出るよ!」


「何なんだこの世界は!」


 意味の解らなさに目眩がしてくる。


「もう寝る」


「待って、IONパワーがなくなっちゃう」


「これでまだ足りないのかよぅ」


「あのゲージを見てよ。今たくさん使っちゃったからまた溜めないと」


 妹の指さす先、新手の時計かと思っていたものは、病的パワーゲージだったらしい。針は0近傍を指していた。


「それじゃあ、写真取ろうね?」


「待て! それは、それだけは勘弁してくれ!」


「ここに一生住むのはやだもん。どんどん世界を平和にして家に帰ろうよ」


「僕の心が戦火に覆われるぞ!」


 僕は妹の肩を掴んで揺らし説得する。

 ツインテールが前後にゆらゆら揺れるが、妹は頑なに拒む。


「IONパワーで救った場所で記念撮影してアルバムを埋めないと、『わわわーるど オンライン』はステージクリアにならないの」


「何だそりゃ、意味わかんねーよ!」


「そーいう風に創ったんだからそうなの! ほら、またモンスターが出てこようとしてる! 早くはやく!」


 かすかに地鳴りが響き始めている。目をつぶると、窓の向こうに醜悪な大口が臨む光景が浮かんでくる。


 僕は拳を痛い程握りこんで覚悟を決めた。


「…手早く終わらせてくれよぅ、頼むから」


「そうだね。外に行こうね!」


 どこからか取り出した一眼レフを持ち出す妹と花畑に出る。


「わあ、妖精さんがいっぱいやって来てる」


「何でもいいから早く済ますぞ。1マイクロ(100万分の1)秒でも短縮しろ」


 透明な羽の生えた小人が僕の周りに集まってくる。


「あなたが妹お兄ちゃん?」 「かわいいー」

「かわいいよー」 「妹お兄ちゃんすてきー」

「妹お兄ちゃん、目線こっち! そうそう、良いよぉ、可愛いよぉ!」


「……」


 どんな洗脳装置だ。


 おまけと言わんばかりに、妖精が花冠を僕に被せる。

 メルヘンチックな花畑の真ん中で、僕は絶望に打ちひしがれるしかなかった。




 一通りの拷問を終えた後、僕たちは羽ばたく家に戻った。


「限界だ! 限界! 寝る!」


「はいはーい、ベッドはこっち」


 妹に先導された先には、天蓋付きでフリルたっぷりのベッドが待ち構えていた。

 枕元にはふわふわの縫いぐるみが座り、僕の精神力を大きく減衰(げんすい)させてくれる。


「僕をどれだけ追い込めば気が済む? おい、無視するなよぅ」


「あと、妹お兄ちゃんのパジャマはこれだから、着替えてね?」


「うるさい。ステージはクリアしたんだからもう関係ないはずだろ」


「ぐっ、そこに気付かれるとは…! 痛恨の設計ミスに!」


 ピンクフリルを投げ返すと、妹は心底悔しそうな表情で膝をつく。

 僕は家の中を探索し、愛すべき初期装備を拾ってそれに着替えた。


「よかった、僕のパジャマがまだ残ってて」


「あーん。私の妹お兄ちゃんがぁ!」


「どういう教育を受けてきたらこうなるんだ…」


 同じ家に生まれた人間が、ここまで全く意味が分からない方向に育つものなのか。

 頭が痛くなってきたので早く寝たい。寝て起きたら、何かが変わるかもしれない。


「寝る」


「おやすみ、お兄ちゃん。明日もきっと、楽しいことがいっぱいあるよね」


 楽しいこと。僕にとって楽しいことは、起きたら僕の部屋に戻っていることだ。

 これは仮想現実だから、悪い夢だから、きっと明日は、楽しいことが起こるさ。



 次に起きた時、僕は状況を次のように結論した。


 地獄。


「お兄ちゃん起きた? 今日は街に行くよ。これがお着換えね」


「さすがに街中でモンスターなんか出ないでしょ。僕の格好で行けるだろ」


「妹お兄ちゃんと街にお出かけして世界を救うのぉ!」


「コンセプトが分からない」


 世界を救うのが先か、僕の頭がおかしくなるのが先か。

 これから続いていく恐怖の旅路にかなりの不安が募る。


 しかしそれでも、僕の心は必ずや状況に打ち勝つだろう。

 妹お兄ちゃんとかいう狂気の概念になってたまるものか。






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★☆☆☆☆ (1/5)

星0がつけられないので

投稿者: 兄

投稿日:yyyy年mm月dd日


協力プレイにて昨晩クリア。

ゲーム製作者を確認した時から悪い点に備えていたものの、これは完全に新しいレベルの邪悪だった。

当作品唯一のパラメータとなる「妹お兄ちゃん力」、この異常をどう評価するかが、このゲーム自体の評価に直結するだろう。


意味が分からないと思うので、あなたが妹を持つ兄だとして、少し具体例を出してみよう。


例えば、女児服を着たまま街中を妹と練り歩きたいと思うかどうかだ。

例えば、妹向けの水着を着て海で写真を撮られたいと思うかどうかだ。

例えば、強大な敵の目の前で妹に猫撫声で甘えたいと思うかどうかだ。


―――最悪。これが僕という兄の答えだ。


また重要な仕様として、このゲームはクリアするまで、展開される仮想現実をプレーヤーが止めることはできなくなる。


目を血走らせても、ゲームを終了させ得る項目は見つけられない。

頭を打ち付けても、得るものは物理的苦痛と終わらない狂気のみ。


信じられないだろう? 僕も自分がイカレたのだと思って、本当に、本当に、本当に苦しい思いをした。


だから、こうして現実に戻ってレビューを書けることはとても嬉しい。


『わわわーるど オンライン』の深淵に光はない。極めて残念ながら星0をつけることができないので、「妹お兄ちゃん」を目指す深淵生命体の存在を仮定し、星を1つだけ進呈する。



当作品は、B級映画のレビューを参考にしています。

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