ロイ・マクエル受難の日々㊸
6000文字近くなりました……。
第65話
「笑顔と平和と」
僕ロイ・マクエルは幕舎の中に入るのを止めた。
いや、止めたと言うと語弊があるかもしれない。今、僕は本来の役目からは逸脱した行動を起こそうとしていたから思い留まった、が正解だ。ここは軍隊なんだから命令違反を犯せば縛り首にされてしまうかもしれない。命令違反ダメ絶対!
幸い寸での所で思い留まった僕は、元々僕に割り当てられた仕事【夜陰の歩哨】に戻ろうと、眼の前の幕舎に入る事なく、元いた場所へ華麗にUターンするところである。
そもそもが僕は生粋なるぼっち体質で、一人で居てる方が気楽でいいのだ。なのになぜワザワザ人のいる幕舎に入るのかって話になる。その経緯を辿ってみよう。
……辿る必要もなく答えは簡単だった。ついさっき、イル・バルサラさんが言葉巧みに僕がこの幕舎に行くよう唆したからである。わあ単純(笑
ちょい待ち、これってある種の計画殺人ではなかろうか!? 今気づいたがあの男超怖いぞ!? コミュ障の天敵って口の上手い人だと思います。いやほんと。
『陣の出入口に商人を騙る手練れの武人が現れたりとか何かしらまだ不穏な感じがするんだ。確かに戦は終わったが、不審感は残る。君が王様まで直接報告に行ってはどうか?』などと抜かしたのだ。歩哨の報告は伍長に行うのが本来の伝達ルートである。王様に直接報告してどうする?
そう言って渋る僕に、バルサラさんはなお真剣な顔でこう言った。『君はこの戦の総大将だろう?これは報告ではない。功績を上げた武人が王に謁見するようなものさ。軽く考えるといい』など言って僕を畳み掛けた。
それを聞いて確かに『なんで総大将だった僕が宴の最中まで働いてんの?休憩を多めにするように待遇の改善提案をしなければならないのでは?』と内心不満に思っていた僕は、王達が集っているとゆう幕舎の前まで来てしまったというわけである。上手く心の隙を突かれた。もう『ドーン!』とか言われた気分である。
さて、口車に乗って意気揚々と幕舎の前まで来たのだが、ふと冷静になって最初言ったように思い留まった。幕舎の中から聞き覚えのある声が聴こえてきたのも、冷静になれた理由の一つである。
幕舎の中の声は、オーカさんの声だった。
いつもの温かみのある声じゃなく、冷たく刺々しく、どこか挑戦的な感じだった。そして誰かと言い争っている。なんか出会った頃のオーカさんみたいでヤダ怖い。
バルサラさんに貰ったお肉でお腹いっぱいになり、どこかで浮かれていたのかもしれない。僕のしている事はリッパな命令違反に任務放棄だ。死罪になる。くわばらくわばら。
そもそもエグルストンの軍狼を撫で切りにした立場上、冷や飯食わされてるのは仕方ない。もう泣くな、ロイ・マクエル。戦を止めたんだ。無駄ではなかった。早く歩哨に戻ろう。いや現実に戻ろう。
そうして幕舎前で気持ち悪いターンを決めた僕は、トボトボと幕舎を離れようとした。その時。
「ようやく、見つけました。ハウンズ・ロイ・マクエル」
獰猛な獣が牙を剥くような、そんな想像が頭を過ぎる低音ボイスな声が聞こえた。ちょ、誰なの? 怖い! さっきから怖いことばっかじゃん! 誰かはわからない、しかし背中を完全にロック・オンされた気配だった。振り向く事は出来ない。冷や汗がゆっくりと頬を伝った……。
────────────────幕舎内。
「そういえば、トウ・オーカ様。さきほど確か、『旦那様候補』と、おっしゃられてましたが。そのようなお方が居られたのですね? 存じ上げませんでした」
「それは今は関係ない、エリザヴェータ皇女。こっちのことだ。今はお前の血筋の話をしている」
「それです。『帝』一族の特徴として男性を虜にしてしまう不思議な力があると聞きます。図らずもオーカ様の大事なお方を奪わないようにしなければなりません」
「ははっ。皇女様だかなんだか知らないけど、乳臭い小娘の分際で。ロイ……いや、あいつは巨乳が好みだそうだ。お子様はお呼びじゃないね」
「……まだ発展途上ですわよ。オバサ…オーカ様」
「……言うねぇ、アタシはまだ20だけどね」
ピキピキと青筋のたつ音でも聞こえてきそうな雰囲気だった。美麗なる女性と男装の美少女二人が睨み合っていた。
幕舎内で凍りつく様な視線をぶつけ合う二人は、箔山のトウ・オーカとエグルストン皇国第二皇女、エグルストン・ロンバルド・エリザヴェータである。この女同士の諍いは先ほどから中々収まらない。
しかし棘のある言葉を相手に投げるエリザヴェータの姿に、側にいたエグルストン皇王は少し驚いていた。
もの静かで滅多に口をきかない。幼いながらも様々な学問を修めて、何時も超然としている。それが皇王の知る天才少女【エグルストン・ロンバルド・エリザヴェータ】という娘なのである。
【帝一族】というエリザヴェータにとっての傷に触れた事で、素の自分が出てきたのだろうか? 今の様子は、まるで其処らにいる普通の子供のようだった。少し毒舌気味なところも思春期の娘らしくて、皇王にとってはむしろ好ましい姿に思えた。
「っ申し上げます! 西側諸国ベルフローラからスタンピ・バルバッコス様が陣中見舞いに参られて御座います! 如何いたし…うお!」
侃々諤々といがみ合う二人を見ている幕舎内に、注進を伝える護衛兵が入って来る。しかしその注進が終わらぬ内に、幕舎の正面幕から護衛をふきとばして巨漢の大男が姿を現した。
「此処に居られたかロビン殿。それに各々方も。カーズやフリックにも寄っておったので遅れてしもうた。おおお!おったのかエグルストン皇王。壮健か? 随分と老けたな」
「なんだ!? お主バルバッコスか! 西側は武装解除して解散しておるとマーク・ザインから聞いとるぞ? 何をのこのこ入って来とるんじゃ。おまけに老けただと? 死にたいのか?」
鷹揚な雰囲気を見せていたエグルストン皇王が、大男を見た途端口角を上げて凶猛な笑みを浮かべた。
西側諸国一の軍事国家、ベルフローラ共和国のスタンピ・バルバッコス大将軍とエグルストン皇王は、若かりし頃に2、3度槍を交えた事があった。武人として互いを認め合う仲でもある。
「おいおいそうじゃぞ、バルバッコス、突然過ぎるわ。お主とゴー…エグルストン皇王が顔を合わせると余計な諍いが起こるじゃろうが。一体 何用なんじゃ?」
「……何か、ありましたか? 将軍」
バルバッコス将軍の来訪は予想外の事で、ロビン・ガトリンとマーク・ザインも驚いていた。
エグルストン皇王よりもさらに二周りは大きい巨漢の武人の登場に、オーカとエリザヴェータも流石に言葉を失っていた。
「な〜に。報告がてらの顔出しよ、案ずるな二人共。ベルフローラ、カーズ、フリックの3カ国は兵の撤収を完了したと直接伝えに参った。そちら側の首脳陣が此処に陣を敷いて宴をしておると聞いたから寄らせて貰ったのよ」
これはバルバッコス将軍なりの気遣いのようだ。
今回の戦はエグルストンが野心を露わにしてユークリッドへの侵略行為に及んだ場合、西側の3カ国の精鋭部隊が協力して、側面からエグルストンに侵攻する構えを見せる手筈になっていたのだ。
流石に【賢王】エグルストン・ロンバルディア・ゴルヘックスはそのような愚は冒さなかった。しかし自国の背後を脅かした、こうした動きに引っかかるところはある筈なのだ。それを汲んで、こうして西側を代表して皇王と旧知の仲であるバルバッコス将軍が挨拶に寄ったのだ。そうマーク・ザインは理解した。
「ベルフローラ特産の赤ワイン上物を、樽で二十程持参した。宴で飲むも良し、ユークリッド、エグルストンで分けて持ち帰るも良し。好きに飲んでくれい」
「忝ない。バルバッコス殿。有り難く頂こう」
「おお〜! 久しぶりだなリーレン。いや『ウルグ・リーレン王』と言った方が良いかな? はっはっはっ。大出世となったな。先ずはめでたい」
バルバッコスとリーレンは固く握手を交わした。スタンピ・バルバッコスはベルフローラのロブスタン大公に仕える前、ユークリッド国の客将をしていた事があった。つまり二人は、かつて共に轡を並べた同志であった。
「バルバッコス将軍も来られた事ですし、皆でもう一度乾杯といきませんか? 此処に集った皆様方の国同士が、さらなる成長と発展を遂げられる事を願って。私達ハウンズ家も、微力ながら協力を惜しみません」
「おお〜、それは良いの!」「まあ良かろう。むさい顔と話すなら酔わんとな」「いっこうに構わんよ。少し場が乱れてしまっていたからな」「では私も失礼して盃を」「是非私も、頂きます」「…………お子ちゃまはジュースにしときな」「…………余計なお世話ね。じ、自分で取れます」
マーク・ザインが再び乾杯の音頭を取る。
ロビン・ガトリンやエグルストン皇王を始め、イル・バンバやアルト・サラ、トウ・オーカやエリザヴェータもそれぞれ乾杯用の大盃を持つ。
しかし、肝心のバルバッコスがリーレンの横でキョロキョロとし始める。何かを探している感じだった。不思議に思ったマークが声をかける。
「どうかされましたか? バルバッコス将軍」
「いや、あれ? ハウンズ家の4男、ハウンズ・ロイ・マクエル君はおらんのか? 確かこの戦に参戦しておるらしいではないか? 彼に会うのも楽しみにしとるんだ。かれこれ3年ぶりに顔を見る」
「おお〜、ロイの奴か。彼奴はエグルストンに所属する軍狼をかなり殺めてしまったので罰代わりに歩哨を勤めておるよ。用があるなら後で連れていくぞ」
ロビン・ガトリンは努めて明るくそういった。
アリーナ近衛騎士団の起こした軍狼を使っての【ユークリッド前王イル・バルサラの暗殺未遂】は、公には無かった事になった。両国の友好の為の政治的判断だったが、結果として割を食う形になったのはロイである。
【独断専行の上、軍狼を罠に嵌めて撫で斬りにした張本人】そうゆう罪状をロイ・マクエル一人が負う形で一応の収まりを付ける事になったからだ。
あの子の凄まじい斬撃を大勢のエグルストン将兵が目の当たりにしてしまった事で、エグルストン将兵の警戒レベルを高めてしまった。あえて懲罰的な措置を執る事で、ユークリッド側に戦う意志はないと示す必要にかられたゆえの対処だった。
ロイには気の毒だがそれが一番分かりやすい落し所でもあった。アリーナ近衛騎士団の騎士達には少なくない怒りが残っていたが、その措置もあったので穏便に剣を収めたのだ。
ロビンの話を聞いていたリーレンは、少しだけ苦い顔になった。
誰もが穏便に収まった事態に、ホッと胸を撫で下ろしている事だろう。しかしそれは、収まった訳ではない。つるし上げにした誰かに剣を刺し込んだだけなのだ。
ハウンズ・ロイ・マクエル。本来は万雷の拍手と賞賛を受けるべき少年に、全員でその剣を刺し込んだ。
少し話をした時に、彼は一人で森に住んでいると聞いた。『ぼっちが好きなんで、森でもこの陣中でも、一人上等ッス』と笑みを浮かべていた。森で暮らす事もだが、恐らくは好んで森にいる訳ではない。今回の件と同様に自分を殺しながら生きているのだ。なぜそんな生き方を選んでいるのかまでは、解らなかった。
このままでは彼はイル・バルサラの二の舞いになるのではないか? そんな懸念をハウンズ家の二人にも伝えた。しかし二人は揃って否定した。心配ないと笑ってすらいた。
あれこれ心配して考え込むのは自分の悪い癖だった。イル・バルサラの事も含めて、あの少年は大勢の人々を救ったのだ。信じて任せよう。
ウルグ・リーレンはそう自分を納得させた。
「ほうほうさようであったかロビン殿。……ん? と云うことはロイ君は今、一人で歩哨に立っておる? そういえば娘もこの幕舎に入る前に消えたな。よもやよもや……いや、こっちの話。カッカッカッ」
ピーン!!
バルバッコスの意味深なニヤけ顔を見たトウ・オーカは胸騒ぎを覚えた。男が時折みせる下卑た笑い。何かある。しかし何かは解らない。
「そういえばバルバッコス将軍。最近はご息女のスタンピ・バーバリー殿をともなって戦場によく出られるとか。『武芸を修める事を嫌がっていた』と父の『レム・ガントス』から聞いていましたが、どういった心境の変化ですか?」
「カッカッ、流石はハウンズ家の次兄殿。地獄耳だな。娘はお宅の長女マリアンヌ殿に淑女としての知性と気品を、執事のリンネからは完成された武芸を教授して貰っているであろう」
「それは、私も聞き及んでおります。今や西側諸国の間では【虎姫】でなく【碧髪の胡蝶蘭】と呼ばれておりましたな」
「マジか!? あの娘がか!? 信じられん」
「カッカッカッ、その通り。カッカッカッ」
マーク・ザインの言葉に驚くエグルストン皇王を、高笑いを上げながら得意気に見下すバルバッコス。これ以上はないといったほどの笑顔を見せていた。
「娘のバーバリーは今や文武両道の女武人であり、社交界でも見事な淑女と相成った。もはや【世間知らずのお嬢】ではない。本人の望むままに生きれば良い、そう伝えた」
「あの跳ねっ返りで有名だった【虎姫】がのう……やはりにわかには信じられんな。バルバッコス」
「エグルストン皇王よ。女っ振りも上がったぞ。そちらの【女神】アリーナ姫か【血風の薔薇】ルーズリッターにも勝るとも劣らないと思っておるわ。カッカッカッカッカッ」
「ぬう……あの二人を引き合いに出すとは思い上がりも甚だしいわバルバッコス。のうエリザヴェータ?」
「……誠に」
スタンピ・バルバッコスとエグルストン皇王の娘自慢に引き出された格好のエリザヴェータは、ムスっとしながら答えた。
「まあ良かろう。して、その自慢の娘とやらはどこにおる? 余の目に止まればエグルストンの重臣の中から良い嫁入り先を紹介するが」
「余計な気遣いだエグルストン皇王、娘には既に婚約者がおる。一陣の風のように人の心に何かを残す。そんな不思議な少年がな。娘があれほどまでに花嫁修業に精を出したのも、ひとえにその男と釣り合わんとするためよ」
「……おいちょっと待て。その少年とは、まさか」
愕然といった表情で問いかけるエグルストン皇王の横で、ハウンズ家のマーク・ザインとロビン・ガトリンは知らぬ顔をして横を向いた。
「さっきも名を上げたがハウンズ家の4男、ハウンズ・ロイ・マクエルくんだ。エグルストン皇王」
その名を聞いたと同時にトウ・オーカが大戟をひっ掴み、幕舎を飛び出していた。
最後までお読み頂き有難う御座いました。
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