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ロイ・マクエル受難の日々㉒



         第44話



       「破滅への序章」






 ──────1年前、ユークリッド国練兵(れんぺい)じょう




『カカッ、カカッ、カカッ、カカッ、カカッ』


 一騎の騎馬が弓を引きしぼりながら練兵場を駆けていた。弓を構える騎馬ははる彼方かなたにあるまとに狙いを定めているように見える。観覧席かんらんせき陣取じんどるユークリッド国の重臣たちはその騎馬を鼻白はなじらみながら見つめていた。


 その弓は普通の弓とは違い、つるが2本段違いに張ってあり弓柄ゆずか鳥打とりうちには特殊な細工さいくと照準器が備えられていた。




「良し。はなて」




『ピュン』『───────────タッン』




「「「「おおおおおおおおぉぉぉ」」」」」」


 バングラ・ランス将軍の掛け声で騎馬から放たれた矢は見事に200m先のまと射抜いぬいていた。的も木の板ではなく、重装備兵士の着る厚めの鎧である。それを矢が貫通かんつうして地面に突き立っていた。観覧かんらんしていたユークリッド王と重臣一同からは感嘆かんたんの声が一斉に上がる。



「見事である、バングラ将軍。素晴らしい弓と弓騎馬である。われもこれ程までとは思わなんだ。誠に大義たいぎである」


「恐れ入ります、きみ。王の許しがあればこの弓騎馬を更に増やすことも可能で御座ございます」


「バングラ将軍麾下(きか)、騎兵隊の増員の話か? なんでも希望者が殺到しておるそうではないか? ・・・・・・・・いかがするかのう」


 観覧席の中央に座っていたユークリッド王と練兵場手前の指揮台に立つバングラ将軍との間で会話が交わされていた。


 他国に類を見ない強力な弓騎兵は確かに魅力的だ、だが特殊な訓練を長期間ちょうきかん行うために将軍の麾下に入る配置転換が必要になる。そうすると麾下をほとんど持たない他の将軍からの反発もでてくる、なにより一人の将軍が力を持ち過ぎるのは王としてこのましいものではない。反乱の危険性があるからだ。


 確かにバングラ将軍は優秀だ。若くして才気さいきあふれている。我と違い人望もある。そして我にとって最も重要な事はそれ故にあ奴の婚約者(・・・・・・)には手が出せない(・・・・・・・・)と云う事だった。


 バングラの家はユークリッドの名家で、功績ある家柄だ。力のある豪族とも懇意こんいにしている。そんな家臣に対して無用の蛮行ばんこうに及べば、軍内の人心は我から一気に離れるだろう。しかも忌々しき事に婚約者のその娘、美しさだけでなく頭脳明晰ずのうめいせき才媛さいえんとして国内で評判の娘なのだ。


 将軍の婚約者として儀礼的に挨拶をされた事があったが若干15歳にしてすでにそそり立つような色香を内に秘めていた。あれはい。バングラの許嫁いいなずけで無かったならばぐにでも我が後宮に迎えたところだ。


 なんでも幼き頃に親同士が決めたえんらしい。うわさによるとこの娘はバングラ将軍を一途いちずいていると云う。それなのにバングラ将軍は余り相手にしていないらしいのだ。口惜くちおしさがぬぐえない。


 しかし失態しったいでも起こせばあるいは、と云うのはある。今回麾下の部隊を増やすのは明らかに功績に報いた形になるだろう。あやつかぶが更に上がる。我の希望とは真逆ではある・・・・・・・・・。



「良いではありませんかユークリッド王。功績の恩賞を金品きんぴんでなく軍の増強に当てたいなどとは武人のかがみ。なんら迷うことなど御座ございません」


 しばらく沈黙するユークリッド王を見て、ざわついていた重臣たちを尻目に言葉を発したのは寵姫ちょうきトウ・オーカだった。鍛えられた肢体したいを持つ美姫びきでここ半年程、王の寵愛ちょうあい陵辱りょうじょく一身いっしんに受けていた。


「・・・なんじゃオーカ。3日ぶりに口をいたと思ったら軍の事に口出しか? 己の立場をわきまえよ。不愉快だ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「まただんまりか? まあよいわ。ならば」


ユークリッド王はとなりに座るトウ・オーカのスカートをまくりあげると秘所ひしょに手を伸ばした。


「お主が此処ここで、その余計な口で、我のムスコをくわえて果てさせると云うのならばいてやってもよいぞ? どうじゃ? ファファファファファ」


 王はオーカの秘所を指先でもてあそびながらそう提案する。下を向いたままだったオーカは立ち上がると座る王の前にひざをついた。そして何かをすする音が練兵場に聞こえ始める。


 重臣たちの半分は顔をしかめてそむけ、もう半分は好奇な笑みを浮かべながらそれをのぞき込んでいた。




 バングラ将軍はそんな王とトウ・オーカの恥態ちたいを真っ直ぐに見つめていた。バングラにとってそれはいかがわしいものではなく、ある種の戦い(・・・・・・)ように見えた。ならば武人として見届けなければならない。


 れが身体をけがしてでも口添くちぞえしてくれた彼女に対するせめてもの礼儀だと、バングラは思った。

 それに引き換え房事ぼうじと軍事を遊びのようにからめてくるユークリッド王には反吐へどが出る程の嫌悪感がある。手に持つ指揮棒は憤怒からか強く握り締められ、今にも折れそうな程にきしむ音をたてていた。


 ただ、それでも王なのだった。私に出来ることは軍の力を高め軍人の家族や身内みうちを守る事ぐらいしかできはしないのだ。


 妻になる予定のあの娘ももうすぐ16歳になる。年は8つも離れていて本気で婚姻する気はないが、破棄するタイミングははかっている。一つでも間違えるとあの娘は王の毒牙に掛かるだろう。縁のある可憐かれんな娘がとらわれて、散っていく様はあまり見たくはなかった。私は私に出来る事をやるだけだった。


 私一人の力。いや、強大な力の前にはひと一人ひとりの力などたかが知れているのだ。忸怩じくじたる思いが心をさいなむ。練兵場に響く王の奇声が、いつまでも耳に残っていた。












 ──────────再び、箔山峡谷前。





 バングラ・ランスは先程まで矢をつがえていた弓を馬の上に降ろしていた。


 くちびるかすかに戦慄わなないている。確かに、遠矢とおやの集中一斉射をあの騎馬に浴びせた。ただ凡庸ぼんような弓兵の矢ではない。私と部隊の皆で苛烈かれつなる調練ちょうれんを重ねた剛弓だ。それなのに。



 100m先で身体中に10本以上の矢を突き立てられ、それでも馬上に屹立きつりつする小僧、いや武人がいた。峡谷きょうこくを背に原野げんやのただ中で。

 その光景を目の当たりにして追いすがっていたユークリッド騎兵隊がその足を止めていた。その武人はゆっくりと身体から矢を抜いて、地面に落とし始めている。

 バングラ将軍とユークリッド騎兵隊はまるで白昼夢でも見ているような感覚に襲われていた。



 ・・・・・・・本当に、彼は一体何者なのだ?



 精鋭で知られるユークリッド騎兵隊が、たった一騎の騎馬に気迫で押されていた。そんな事、有り得ない。

 ・・・ひと一人の力など小さなものだ、私は、バングラ・ランスは、これまでの人生でそう考えてきた。それは当たり前の感覚で、人は壁にぶつかる事で己の限界を知るものなのだ。


 だが本当にそうなのだろうか? 本当は人の強さにてなどないのではないか? あの騎馬の桁外けたはずれの武勇をいくつも目の当たりにしてそう思わずにはいられない。


【世界一の武人になりたい】


 とうの昔に無くしたそのくだらぬ夢が再び思い出され、身体の芯が熱くなっていた。


 「・・・・・・・・・軍神」


 誰かがつぶやいたその言葉がやけにストンと心に収まった。子供の頃に聞いたおとぎ話の中に全身に矢を浴びながら敵陣を突破して敵将を首を取る。そんな姿で語られる【軍神】と呼ばれた伝説の武人もののふの物語があった。


 あの姿はまさにその『伝説の武人もののふ』そのものだった。私だけでなく他の騎兵達もその姿を見つめ続けていた。そのつぶやきを最後に、もう誰も一言ひとことはっさなくなった。戦うすべが見つけられない。




 やがて不意に、立ち止まっていた騎馬がゆっくりと走りだした。果敢かかんなる戦ぶり、見事な武芸のえ。そして退却の仕方も堂々たるものだった。


 全てにおいて美しくいさぎよかった。大部隊でぞろぞろと追ってはまさしく恥の上塗り、無様ぶざまの極み。あれ程の武人を大勢で取り囲んだとあってはユークリッド騎兵隊の名はさらに地に落ちるだろう。


 ・・・だがそれでも追わねばならない。私はあの武人に赤いフサを奪われている。その屈辱だけはいつまでも消し難く心の奥底に残っている。例え一矢でもいい。自分の命を捨ててでも、奴に一刀いっとうを浴びせなければこの痛みをぬぐい去れはしないだろう。



 何故なぜか練兵場のトウ・オーカの姿が浮かんだ。例え汚泥おでいまみれても最後の意地だけは通したい。そう思った。



「私一人であの騎馬を追う。お前たちは此処ここで本隊の到着まで待機せよ」



「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」


「返答はどうした? 待機と言った。」


「バングラ将軍単騎で、峡谷に行くお積もりですか?」


「そうだ。戻った斥候せっこうから原野のどこにも援軍がいないとの報告だったが峡谷は違う。頭上からの落石や抜けたところでの伏兵ふくへいが予想される。調べぬ内に突入はできん」


「・・・俺たちに単騎で突っ込んで行く将軍を指をくわえて見ていろと? そんな命令は聞けません」


「・・・・・死ねやもしれんぞ? いいのか」


「たった一騎に此処ここまで翻弄ほんろうされたんです。おめおめ国に戻っても騎兵隊は解散させられるやもしれません。逆転の一手は馬車の娘を捕まえる事ぐらいしかない。違いますか?」


「峡谷に入るのは虎口ここうに飛び込むような物だ。命あっての物種ものだねなのだぞ」


此方こちらは100騎近くを討たれてるんです。このままおめおめと帰れません。同行させて下さい。将軍」


「・・・・・・・・・皆も同じ様な意見か?」


 誰もが強くうなずいた。彼らも私と同様に、誇りと意地を通したいのかも知れない。


「わかった。峡谷を全速力で駆け抜けるぞ。落石があれば訓練通りかわせ、落とし穴は土の色で見分けよ。全騎兵で追撃する」


 進発の号令ごうれいとともに、ユークリッド騎兵隊が峡谷内を猛然もうぜんと走り始めた。








 峡谷きょうこく内の出口から凄まじい勢いで真っ先に飛び出して来たのはトウ・ユーナの乗る馬車であった。ついで数秒遅れで馬車を守っていた箔山の殿しんがり部隊の10騎が飛び出して来る。


 それと同時に丘の上から大きな旗が振られた。取り決めの合図である。峡谷出口の左右にいるギルド工兵が太い縄を一斉に引いた。


 峡谷出口付近の地面の中から一斉に槍が突き出てくる。10本、20本、50本、100本、地面からき出てきた槍が地表を埋め尽くした。


 殿しんがりを追ってきたユークリッド騎兵の15騎は予想もしない罠にすべもなく撃ち落とされた。


 ただ、槍は穂先ほさきが潰してあり全騎落馬はしたが死傷者や死んだ馬はいないようだった。

 だが四方しほうから弓を構えられ騎兵たちはたまらず手を上げていた。




 同様の事が峡谷内の中央部分でも起きていた。バングラ将軍以下200騎が峡谷中央に差し掛かった時、同じ様に地面から槍が飛び出して来た。


 地面から槍が突き出てくる罠など古今東西ここんとうざい聞いた事が無かった。定番ていばんの落石と落とし穴しか頭に無かった騎兵達は、その槍の出現に対応出来ずほとんどの馬が足を撃たれて落馬した。


 峡谷中央部分には人のかくれられるくぼみが左右にあり、ギルド工兵は其処に潜むと騎馬の襲来に合わせて縄を引き地面から槍を突き出させたのだ。


 混乱のきわみにある騎兵隊の100メートルほど前方の峡谷上から、丸い大きな車輪の様な物が姿を現した。その巨大な物体は落馬で混乱する騎兵たちの前方の道をふさぐように轟音ごうおんを上げながら落下、谷を封鎖ふうさした。油の強烈な匂いが周囲に充満する。油を染み込ませた木で作られた車輪のようだった。バングラ将軍は背筋が寒くなるのを感じた。もし今火矢を打ち込まれたら。

 もはや残された選択肢はひとつしかない。


「総員退却する。落馬していないものは峡谷の壁を沿うように戻れ。槍はその辺りはあまり出ていない。騎馬は馬を失ったものを載せられるだけ載せてやれ、残りは全力で来た道をもどれ。急げ! 」


 想像を遥かに上回る策がこの峡谷にはめぐらされていた。警戒はしていたが所詮しょせんは【山の民の集団】だとのあなどりがあったのはいなめない。


 見ると騎馬は10騎程しか残っていなかった。バングラ将軍はあまりの惨状さんじょうに言葉を失った。将軍はかろうじて落馬をまぬれていたが、槍をかわせた騎馬はわずかしかいないようだった。騎馬隊はほぼ壊滅状態である。救いなのは兵や馬たちの命が残っている事だ。


 バングラは騎兵たちを叱咤しったして数分後には後方に集まり始めていた。しかしその騎兵たちが見たものは、後方100メートルの辺りに再び落ちてくるあの巨大な車輪だった。


 前方と同じ様にその車輪は轟音をたてながら落下すると退却路の後方を遮断する。ユークリッド騎兵隊はその光景を呆然ぼうぜんと眺めていた。


 ユークリッド騎兵隊およそ200騎が、峡谷で完全に閉じ込められた。峡谷の上を敵の弓兵が埋め尽くしている。火矢を構えているものもいた。策に、はまったのだった。



 一体どこからだ? どこからが策だった? 峡谷に入るところか? 一騎駆けでの挑発からか? ・・・いや、違う。恐らく最初から、だ。馬車が逃げ出したところから全てが巧妙こうみょうに図られた策だったのだ。


 一騎駆けも飾りフサを奪ったのもあの武人単独の判断だったのだろう。だから策の匂いをぎ取れなかった。あんな無謀な策など有り得ないと思ったからだ。そんな自分の判断の甘さから部隊と自らの命を失おうとしている。


 負けたのだ。戦術でも、軍略でも、そしてなにより武勇でも。胸を焼き焦がす程の屈辱を抱えたまま此処ここで果てるのか? 屈辱で涙が浮かぶ。女々しいとは思わなかった。やぶれた男の最後とは、こんな物なのだろうと思った。



 何故か脳裏にむすばれるはずない許嫁いいなずけの笑顔が浮かんだ。











「ええい! 一体どうなっておるのだ? 騎兵隊は? バングラ将軍からの連絡は? まだないのか? あの不忠者めが! 肝心な時に何の役にもたたんではないか!」


 ようやく箔山峡谷の入り口に辿り着いたユークリッド軍の本隊だが、入り口には強固なさくほどこされており本隊が足止めされていた。


 勿論もちろんこの柵もギルド工兵部隊が設置したものである。騎兵隊が峡谷に入ったのちに僅か10分程で設営してとっくの昔に丘の林に消えていた。


 トウ・ユーナは居らず。バングラ将軍も騎兵隊も、姿をみせない。ユークリッド王は怒り狂っていた。誰のいさめにも耳を貸さない。まるで癇癪かんしゃくを起こした子供の様だと周りを守る兵も辟易へきえきしていた。


 現在ユークリッド軍は目的を失っていた。大将や部隊を指揮する部隊長が不在なのでまるで統制とうせいが取れていない。烏合うごうしゅうのような有様であった。




 不意ふいに右の原野げんやから喚声が上がる。突如として黒い旗がひるがえった。【箔山治安部隊】の旗。ユークリッド軍までおよそ半里(2km)程の距離だった。箔山側の林に身を潜めていた、トウ・オーカ率いる部隊だった。凄まじい速さでみるみるユークリッド軍に近づいてくる。


 ユークリッド軍も流石さすがに軍隊である。指揮官なしであっても自然と右手側に防御陣を敷き始める。


 だが今度は左の原野からき出る様に新たな一軍が姿すがたあらわした。交差する二振り剣の模様。【ギルド傭兵部隊】の旗がはためいていた。先頭の騎馬から風を切る旋風音がうなりを上げている。黒鉄棒を頭上で振り回す武人が雄叫びを上げながら馬を飛ばしグングンと迫ってきている。



 挟撃きょうげきされる形になったユークリッド軍は、既に浮き足立っていた。ユークリッド王も事態が飲み込めず立ち尽くしている。





 破滅の音が忍び寄り始めていた・・・・・。



ブクマして頂いている皆様、有難うございます。

頑張ります。引き続き応援、宜しくお願いします。

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