ロイ・マクエル受難の日々⑰
第39話
「花に誓う約束」
「マリオさん。渡すのが遅れましたが此れどうぞ」
駆けている馬の馬上で、ロイ・マクエルは騎手を務めるギルドのマリオに後ろから美しい花束を手渡した。ロイ・マクエルは馬に乗れないので一騎の騎馬に二人乗りで乗って走っている。
「おいい!? ・・・俺に男色の毛はねえぞ?」
「僕もありませんよ!? 勘弁して下さい! 【花を渡す=告白】の恋愛脳は止めて下さい。此れは【オーカ草】と云うらしいんですが見事な花を咲かせる草なんです。20本ほど摘んで小さい花束にしてみました。結構綺麗でしょう?」
「あ、ああ、そういや箔山の山の至るところに生えて、いや、咲いていたな。そうか、オーカ草というのか」
マリオとロイは昨晩まで箔山に登っていた。その道すがらに美しい花を咲かせていたのをマリオはよく覚えていた。
「さっき待機場所にいる時皆に・・・殿役になる10名にはもう渡したんですよ。『此処は死に場所じゃない。必ず生き残って箔山に帰りましょう』って。その10名は皆さん箔山の人たちだけどマリオさんは違うので渡しそびれてました」
10名はそれぞれ足の早い駿馬に乗った騎馬で、マリオとロイ、二人乗りの大きな騎馬の左右に広がるように走っていた。その僅か前方には『トウ・ユーナ』を載せた馬車が全力で走っている。
「・・・ありがたく貰っとくよ。生きて帰ってレベルカにでも渡すことにするか。綺麗な花束だしな」
「・・・何だか死亡フラグに聞こえますが、まあいいでしょ。生きて帰る目標が出来れば人は案外死なないものです」
「さあ、旗を掲げてください箔山の旗を!」
ロイ・マクエルが良く通る大きな声で指示を出すと、左右を走る騎馬からオーカ草が金糸で美しく刺繍された黒い旗が翻った。箔山治安部隊の旗であった。
「全力で逃げながら我らの部隊で敵の騎馬隊を足止めします。簡単に死ぬ事は禁じます。ひたすら敵の攻撃を躱しながら逃げに徹してください。我らが生きて、踏ん張れば踏ん張るほどユークリッド軍は混乱していきます」
逃げる『トウ・ユーナ』が乗る馬車をユークリッド軍騎馬隊が追いかける。それを間に入って阻むのはロイ・マクエルを部隊長とする11騎の殿部隊。
ロイ・マクエルは一人、馬上で後ろを向いた。二人乗りなので完全に後ろを向けるのは利点だった。レベルカさんの話通り、マリオさんの馬術の腕は確かな様だ。馬の方もびくともしない。
徐々に近づくのは地が揺れる程の地響き。もう直ぐ後ろにユークリッド騎馬隊が迫って来ている。ロイは右手に短めの槍、左手には無鳴剣を握りしめていた。どれほどの間武器を振るう事になるのかは、はっきりとは解らない。
他の騎馬達と目があった。みんな馬術と武芸に秀でた治安部隊の人達だ。僕が頷くと安心した様に前を向く。誰もが不安なのだ。
人は本来弱い生き物だ。僕はそれを良く知っている。臆病も逃げる事も罪じゃない。導ける人が居れば人はどの様にも変われるんだ。この僕の様に。
掲げた箔山の旗も、咲き誇るオーカの花も、全ては箔山に住む人たちそのものだ。それを誰にも踏み躙らせはしない。
呼吸を整え、気を練り上げる。ここから前に、敵は一騎たりとて通さない。後方から立ち昇る土煙を、ロイは見据えていた。
11騎の騎馬隊と数百騎の敵騎馬隊の激突が間近に迫っていた。
──────────3日前。箔山山中、公民館。
「ユークリッド王を釣り上げる・・・だって?」
「そうです。オーカ殿。その上で討ち取ります」
箔山山中にある公民館には村の主だった者たち10名ほどと、トウ・オーカ、ユーナ姉妹。ロビン、マーク、ロイ、サラなどのハウンズ家の人間。ギルドからはレベルカとマリオとルベルの同期3人が参加して作戦会議が開かれていた。
「しかしどうやって王を城外に釣りだすというのだ? 奴は理由もなく城からは出てこない。城をでるのは鷹狩りか女を迎えにでる時ぐらいだ」
「トウ・ユーナ殿からの誘いの手紙で出てもらいます。内容はそうですね。『奉公に行きたいが周辺の賊徒が怖いので郊外まで出迎えて欲しい』とか」
大きめの机に地図を広げて作戦の説明を行っているのはハウンズの俊才、ハウンズ・マーク・ザイン。質問しているのは隻眼の女武者トウ・オーカ。ユークリッド王に関してはよく知る人物だ。この好色王の警戒心が強いことも知っていた。
「つまりはユーナちゃんを餌にして、王を罠に嵌める。という事かのマーク?」
横合いから口を出したのはロビン・ガトリン。流石は【英雄ロビン】 一言聞いただけで戦術の正中をズバリと言い当てた。
「そんな見え透いた罠に嵌まりに来ますか? 外道であっても仮にも王ですよ? 危機を感じる力ぐらいは備えているでしょう? 城から出ないか、よしんば出て来ても危険を感じたら直ぐに城に逃げ帰るんじゃないですか?」
レベルカが最もな意見を挟んだ。周りの視線がマークに集中する。
「ユークリッド王はこれまで何度かお気に入りの娘を郊外まで迎えに出てます。そのまま郊外の馬車の中か近くの村で手籠めにするのがお好みなようで、幾人かはそうゆう目にあってます。誘うと云うよりも王の望みに沿っていると云う感じです」
館内の空気が重苦しくなる。特に女性達は歯ぎしりが聞こえてきそうな程だ。そんな中トウ・ユーナは両手で腕を抱き、少し俯いていた。右も左も分からないまま馬車内で乱暴される。そんな恐怖を想像したのだろうか下を向いたままになってしまった。隣りにいるトウ・オーカが優しく肩を抱いていた。
「ユーナ殿を載せた馬車と護衛役の騎馬でユークリッド王との待ち合わせ場所で待機。王軍が視認出来るところまで近付いてきたら、ユーナ殿の馬車と護衛の騎馬は北に向けて逃げて下さい」
「そこで逃げるのか? しかし王が、いや王軍が騎馬を走らせ追って来るぞ。馬車で逃げても直ぐに捕まる」
ハウンズ家の執事アルト・サラが疑問を投げ掛ける。
「そうですね。当然王軍も簡単に捕まえられると考えるでしょう。だからこそあまり深く考えず騎馬隊を差し向けます。追う相手は恐怖で思わず逃げ出した哀れな娘。追う騎馬隊も死にものぐるいでは追っては来ません」
「追いつかれたらどうする?」
トウ・オーカが思わず鋭い口調で問うていた。
「追いつかれません。共に逃げ出したはずの騎馬が速度を落としてそのまま殿部隊として王軍を押し留めます。そして一定の距離を維持したまま馬車と殿部隊はひたすら北に向けて掛けて下さい」
「何かを策があるんじゃなマーク。なにが狙いじゃ?」
「箔山に入る手前に僅かに峡谷になっている場所が有りますね。村長の皆さまには住民を動員して明日明後日の間に木や石を一人頭10キロほど峡谷の上に運んで頂きたい。勿論、ハウンズ家が責任を持って日当をお支払いします」
「・・・・・・峡谷に誘いこんでの落石、落木か?」
う〜む。と唸ると黙り込むロビン・ガトリン。
「し、しかし追っている騎馬隊は上手く駆逐できてもあとから来る歩兵部隊は峡谷に入る前に異変に気付くだろう」
「おっしゃる通りですオーカさん。ただ、ユークリッド軍は伝統的に騎馬が歩兵の部隊長も務めています。騎馬隊が打撃を受けて混乱すると歩兵をまとめる人間がいなくなり一時的に機能不全に陥ります」
「そこで一気に叩く。か?しかし叩く為のこちらの部隊はどうします?殿部隊だけでは叩けません」
サラは地図を眺めながら言い切る。
「勿論です。村の村長さん以外の皆さんにはそれぞれ一軍を率いて貰います。相手は混乱している部隊です。数では大きく劣っていても撃破は易しいと思っています。ただ、」
マークの説明にオーカやロビン、サラにレベルカ達がそれぞれ理解を示している中、少し顔を曇らせるとマークが口籠るように言った。
「最初に殿を受け持つ部隊は決死部隊となります。幾ら全力で掛かって来ないとはいっても、恐らく追い縋る数百騎の圧力を抑えこまないとなりません。逃げ出すことは勿論のこと、簡単に全滅する事もなりません。それにこの護衛騎馬の数を多くし過ぎると警戒して王命であっても深追いはして来ないかもしれません。それでは作戦が機能しなくなってしまう」
館内の全員が黙り込む。ただ命を張るだけではない。出来るだけ少数の騎馬で死ぬ事なく馬を走らせて敵騎馬隊を釘付けにする。そして王軍をそのまま峡谷まで釣り出す。
武の力だけでなく沈着冷静で、状況を冷徹に判断できる人物でなければならない。そして馬を上手く乗りこなす馬術の技もいる。
「ここは作戦立案の私が」
「このアルト・サラに是非」
「アタシが出る」
マークとサラ、それにオーカが一斉に声を上げる中で、一人だけそれより早く立ち上がって手で制する人物がいた。会議で此れまで静観していたハウンズ・ロイ・マクエルがいつの間にか立ち上がっていた。
「この戦を起こしたのは僕です。だから僕がその殿部隊を率います。いいでしょ?マーク兄さん」
「「「「・・・・・・・・・・・・・」」」」
水を打ったように静まる館内。フフフ決まった。館内の空気は最早僕一色。ロイ・マクエル色に染まった。どう? トウ・ユーナちゃん? 惚れちゃう? 仕方ないよね。こんなにイケてる少年に惚れない方が間違ってる。罪な男だぜ。
「何を言っとるんじゃロイ。お前は馬には乗れんじゃろうが。」
「・・・・・・・・そうでした。スミマセン」
じいちゃんのナイフの尖端を思わせる様なツッコミと、周りからのなんともいえない視線が超痛い。いや決して笑いを取ろうなんて考えてませんよ? 総大将らしくカッコイイとこ見せたいんです。ちょっと背伸びしたい年頃なんです。
でもおふぅ・・・。トウ・ユーナちゃんからのゴミでも見る様な視線が痛い。確かにユーナちゃんから見たら『子供のくせにアンタ誰?』だよね僕。存在感皆無ですが実は総大将なんです。粗大塵なんかじゃないんです。
「・・・なあロイくん。俺の馬に同乗して走るなら、子供一人ぐらいならなんとかなるかも知れんぜ?」
ギルドのマリオがゆっくり立ち上がり声を上げる。それを聞いたギルドの同僚であるルベルとレベルカの二人が少し慌てて立ち上がる。
「マリオ。俺たちはギルド部隊を率いる役目があるはずだ。混乱中で有ろうとも戦力は向こうが遥かに上だろう。馬術に長けたお前が抜けるのは反対だ」
「そ、そうよ、マリオ! それに二人乗りの騎馬なんて、いくらアナタの愛馬『黒雲』でもマトモに殿が出来るとは思えないわ!辞めた方がいい。無駄死にするわ」
館内がにわかに色めき立つ。それほどにこの作戦の殿部隊の重要性は高く、危険であると参加者全員が察していた。二人乗りの騎馬などと云う提案は流石に想定外だった。
「頼む。この通りだ。」
「!」「!」
マリオは皆の前で深々と頭を下げる。それを見た二人の同僚は驚いた様に固まった。それもその筈でこのマリオ、元々は東方の遊牧民族出身であり元来は気ままな自由人なのだ。
なぜかギルドの派遣傭兵稼業を続けてはいるが、マリオは命がけの危険な任務を嫌っている節すらあった。それが自ら頭を下げてまでこの任務を買って出るというのだ。
どうもハウンズ家であのロイとか云う少年に会ってからというもの、マリオは変わってしまった。いや、隠していた自分が出てきたと言ったほうがいいのかもしれない。
確かに不思議な魅力を持った少年だ。あの澄んだ目に見つめられると自分の内側の全てを見透かされたような気になる。汚さも情けなさも、だ。誰にも恥じない誇りある生き方。男は常にそれが頭にある。武人ならばなおさらだ。
・・・男が決めた事だ。もう二言はないのかもしれない。ルベルは天井を見上げて大きく息を吐いた。
「・・・そういえば昔見た事がある。確かにマリオのあの巨馬『黒雲』なら二人で騎乗も可能かも知れないな」
「ア、アルトさん!」
「・・・アルトさんもご存知でしたか。あの馬を」
アルト・サラの呟きに、レベルカとルベルが落胆気味に反応する。二人にとってマリオは只の同僚ではなく、もう大事な仲間の一人なのだ。出来れば命を賭けての戦は避けて欲しいと本心では思っていた。
「皆さん先ずは落ち着きましょう。大事なのは本人の希望だけでなくマリオさんとその馬に殿の役割が可能であるかどうかです。その黒雲と云う馬は」
「さっきギルドからの増軍が到着した。ついでに黒雲もコチラに連れて来てもらってる。箔山部隊用の馬小屋が狭いんで、今広場に繋いである。なんなら見るかい?」
マークの質問にマリオが答えると全員が外に出るため席を立ち、公民館のドアに向かう。
「まて! ドアに近寄るな!」
公民館の一番奥にいたロビンが叫んでいた。
『ガラッ』『!』
勝手に開いたドアから閃光の様な煌めきが数回走った。と思った瞬間、のそりとドアから入ってきた老人がいた。厳しい顔つきで公民館の奥にいるある人物に視線をむけている。
「お、お父さん・・・来て・・・たん・・・」
入ってきたのは【ギルドマスター】こと、フリス・ローエンだった。身体全体から強烈な武威の気を発していた。
初めて見る父の武威の気に、レベルカは思わず声を上げた。だがその声は次第に掠れて消える。
館内にいた村長たちは腰を抜かして座り込み、オーカやマークだけでなくギルドのマリオやルベルなどギルドの人間ですら思わず得物に手を伸ばしていた。
『ギルドマスター』、フリス・ローエンの視線の先には、かつての『英雄』ロビン・ガトリンの姿があった。




