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ロイ・マクエル受難の日々⑯



         第38話



        「片 鱗」





 我があるじ、ロイ・マクエル様が動かぬならば何をか言わんや。さらば。女武者トウ・オーカよ。


 アルト・サラの黒鉄棒が迷いなくオーカの首めがけて振り抜かれた。



 ───────────────── !



 周囲で見ていたほぼ全員が思わず目を伏せる。これが、あれ程の戦いを演じた女傑の最後なのか? 余りにも報われない。どこまでも救いがないではないか。



 


・・・・・・・・・・・・・・・・・いや。





 振り抜かれた黒鉄棒のそのわずか数センチ外側に、オーカの姿があった。後ろから黒鉄棒の範囲外にオーカを引き出したのは、いつの間にか木から降りていたハウンズ・マーク・ザインだった。



「か、仮面の、男? な、なにもの、だ?」



 トウ・オーカは可笑おかしな仮面の男の出現と、命がまだあることに戸惑とまどいを隠せない。しかもあの黒鉄棒の一撃からとっさに引き出すなんて芸当に、驚きを禁じ得なかった。無防備な表情のままで呆気に取られていた。





 『ぶふっーーー! あっぶねー! マーク兄さん助け出すのギリギリ過ぎだろー! サラさんも黒鉄棒の軌道を僅かに縮めてたとはいえ全力での振り抜きじゃないですか! そりゃねわかります、わかりますよ。振り出し前に飛びついたらオーカさんに気づかれるかもしれないし、黒鉄棒の振り抜きを加減したらこれも気づかれるかもしれない。くうぅ〜〜なんたるジレンマ! あんな美しい人があの時の僕みたいに死を受け入れようとするなんて痛々しくて見てられない。でもこの場はただの子供でしかない僕の出番じゃない。くおぉ、はやく、はやく人間に、いや大人になりたい。ついでに暗い運命さだめを吹き飛ばしたい・・・そういえばオーカさん鞭使っていたな、ベラの鞭は、いやオーカの鞭は痛いよ〜? とか言ったりするのかな? なんだか気になってきた・・・』


 ロイ・マクエルはブツブツとつぶやいていたがサラとマーク、この二人がこの場にいたことは僥倖ぎょうこうだと思っていた。アルト・サラの棒術はオーカさんにまさる。そしてその棒術に割り込めるのはマーク・ザインしかいないと感じていた。今朝の再会時に兄さんが並々ならぬ手練れになっていることは察していたので難しい判断役を半ば強制的にやって貰った。

 あれ程の強者ツワモノの命を救うには一芝居が必要だったのだ。これでトウ・オーカは武人として敗れても生き残ることが出来た。子供と侮っていた自分に助けられたとあってはトウ・オーカはそれを恥じて武を捨てるか、弟たちの後を追って自害するかもしれなかった。死ぬ事で武人の自分を全うする。そんな姿は見たくなかった。

 それとあの人の名前を聞いた時にぼんやりとだけどその力が必ず必要になると感じた。きっと二人もそうだと思う。




「サラ。武人としての誇りも大事だけれど、僕らは愛の使者でもある。誇りよりも優先させて欲しいものがあると思うんだけど」


「・・・申し訳ありません、マーク様。考えが至りませんでした、御助力感謝致します。ところでもう、左翼の方はよろしいのですか?」 


「ああ大丈夫大丈夫、もう終わってるよ。ちなみにそこの木の下にギルドの左翼隊長らしき人を寝かせてある。・・・左翼にいた黒服たちは殲滅せんめつさせた」


 オーカを助けた形のマークは掴んでいた手を離すと仮面を取って立ち上がり、サラと戦況について話を始める。

 黒服殲滅の話の時にオーカはビクリと反応した。こうべを下げて震えている様に見えた。それを見たマークはえて口に出す。



「そういえば左翼の黒服隊長。少し年食ってる感じだったね。あんな老兵まで死なせておいて自分はさっさと綺麗な死を選ぶ、か。とんだ主君を仰いだもんだよ、まさに無駄死にだったね。」


『ギリッッ』


 歯を食いしばる音がする。頭は下を向いたままだがオーカの身体からあきらかな闘気がみなぎる。・・・それでいい。生きる気力が湧いてきたようだ。このひとはまだ死ぬべきじゃない。いや、死なせる訳にはいかない。そうだろ? ロイ、サラ。


マークとロイとサラの3人は人知れず視線を交わしうなずき合う。




「さあ、夜が明ける前に黒服たちの遺体の埋葬をおこないます。レベルカさん、マリオさん、それぞれギルド部隊の役立たずたちを叩き起こして、手伝いさせて下さい。オーカさんとそこの生き残りの黒服の人たちもお願いします。逃げ出したりしても狼の餌になるだけですので。しっかり頭に入れておいて下さいね」



ハウンズ・マーク・ザインが毒舌をまじえつつ大きく声を上げるとみんなが動き出し始める。あまり暗い表情の者はいなかった。立ち去る際にマークはオーカの肩をポンっと叩いた。マークをキッと見上げた瞳は赤々していて美しく、もう暗い影は差していなかった。















─────────翌日、ハウンズ家本邸 会議室



「つまりはギルドも、箔山はくざんの民も、単純に【英雄ロビン】のみが目的だった訳です。ハウンズ家に牙をいた訳ではない。ラズ兄さん、マリアンヌ姉さん、これ以上ことを荒立あらだててもメリットはないし争っても行き着く先は潰し合いにしか発展しないと思う。そうではないでしょうか? お祖父様」


 会議室では迷いの森へ侵入してきた2つ勢力への対応について関係者を交える形で会議が行われていた。黒服たちの埋葬まいそうを終えた者たちが早朝のハウンズ家に招かれ、入浴と食事、仮眠時間が与えられて午後から主だった者たちで会議の運びとなっていた。

 侵入の状況説明に事前に事情聴取をおこなっていたマーク・ザインがあたり、説明後に意見を述べた。ハウンズ家は当主レム・ガントス以外全員が出席。家人のすぐ側にはアルト・サラやリンネ等の執事や使用人たちが控えている。また会議室の壁際には腕利うでききの護衛達が立っていた。

 そしてそのハウンズ家の面々の対面には箔山のトウ・オーカと黒服の者1名、ギルドのフリス・レベルカとマリオと1名が座っていた。




 隠居の身であるロビン・ガトリンは発言を控えていた。今は当主代行の長男ラズ・ロビンソンや長女ルイ・マリアンヌが自分の考えを述べるところだ。


「ありがとうマーク。とてもわかり易い説明でした。止むに止まれぬ事情があったということ。2度とこのような事は行わないとの事。私はそれで迷いの森への侵入は不問ふもんに付しても構わないと考えます。皆さんは如何いかが? 」


「その結論は早計そうけいに過ぎるよ、マリアンヌ姉さん。彼ら彼女らの弁が全て本当のことか裏が取れてない。単純にそのしのぎの嘘かもしれない」


「まあ、レイ兄様のおっしゃる事が妥当だとうと思いますわ。よしんば本当だったとしても迷いの森への侵入だけでも許されざる事だと思います」


 いきなり許すと言いだすハウンズ家長女ルイ・マリアンヌに3男のレイ・ハモンと3女のリリ・マーガレッタは思わず異議いぎを出した。すると座っていた眼帯の女性が立ち上がりテーブルに手を付き頭を下げる。


「信じて頂けないのはもっともだと思う。だが誓って嘘は言っていない。私は戦場で命を救われた。この期に及んで嘘偽うそいつわりなどを申しあげても意味が無い」


「領地侵入の件は申し開きもありません。火急の案件であったがため、連絡を事後報告でと独断どくだんで判断して事を進めてしまいました。なおかつ英雄ロビン様がハウンズ家の係累けいるいであるとも知らず誠に申し訳ありません。しかしマーク様のお話にあったことに嘘偽うそいつわりはございません。後日ごじつギルドを通じて改めてお詫びさせていただきます。」


 頭を下げた箔山のトウ・オーカに続いて立ち上がったギルド部隊長フリス・レベルカも頭を下げると謝罪の言葉を口にした。




「よく、判りました」


 ハウンズ家長男ラズ・ロビンソンが立ち上がる。会議室内の空気が一変いっぺんし全員が次の言葉を待った。




「トウ・オーカ殿。お一人でよく、闘われた。このラズ・ロビンソン。おの不明ふめいを今、じております。ハウンズ家はユークリッド国と長年取引も行なっておるというのに、これまで仔細しさい気付く事も無く今日こんにちを迎えておりました。誠にお詫びのしようもありません」


 ラズ・ロビンソンはテーブルから一歩退くと、トウ・オーカに向けて深々と頭を下げた。


「そ、そんな、あ、頭を上げて下さい! ラズ・ロビンソン殿。わ、私は頭を、下げて貰う様な、な何も、う・・・」


 テーブルに手を付きうつむいたまま言葉を詰まらせるトウ・オーカの肩を優しく支えたのは隣りに座っていたフリス・レベルカだった。

 彼女の境遇きょうぐうに孤独であった子供の頃を重ねていたレベルカもなみだぐんでいた。自分の場合は友に恵まれていた。私もひとつ間違えばどんな生き方をしていたかはわからない。決して他人事ひとごとと片付けられはしなかった。




「ロイ、お前の考えを聞きたい。話してくれるか?」


「ぶっへっぶっ!?げっほ、げっほ」


 いきなりラズ・ロビンソンから話を振られたロイ・マクエルは飲んでいた林檎ジュースを鼻に詰まらせて大きく吹き出した。会議中の皆がトウ・オーカとラズ・ロビンソンの会話に集中していた中でロイだけは『この林檎ジュースうめー』とガッツいていたのだった。KY丸出しである。

 いやいや仕方ないよね? 本邸来るの1年以上ぶりだし普段は川の水か、貯めてる雨水しか飲んでないから林檎ジュースなんて超ウメー飲み物ガッツいちゃうよね? 自然の摂理だよね。


 ・・・・・・えっと。止めてくんない? 会議室がシーンとするの? 余計にしゃべれなくなっちゃうから。 忘れてるかもだけど僕コミュ障だから。オーカさん助かったからもう一安心でそろそろ森に帰りたくなってきてるから。



『ヒヒュン!』『キン! カラカラカラ』


「「「おおおーーー」」」


 ノーモーションでじいちゃんから繰り出された小剣を僕はガラスコップで上手くすくい受けた。サーカスの様な技に周囲がどよめいた。こうゆうの前もあったからね。じいちゃんキレると直ぐに手が出るか小剣投げるかしてくるし。


「お主の口からちゃんと言わんとわからんじゃろ?ロイ。お前が言えばこの会議は直ぐにでも作戦会議・・・・に変わるんじゃ。早く決を出さんかい」



「・・・・・・・・・・・・・・・ラズ兄様」


「・・・私もお前が望むのなら(・・・・・)反対はしない。」



 じいちゃんに話をする事をうながされたのでラズ兄様にも視線を送って確認してみるが、返事は肯定こうていだった。他の兄姉や執事、使用人、護衛の人達もなんだろうか、キラキラした目というか、何かを期待する目というかそんな表情になっている。

 ええ〜、それってどうゆう事なの? 僕がなにを言うかすでにわかってるとでも云うの? それ止めて! 人の心勝手に読まないで! 結構恥ずかしいんだからねそれ! まあしょうが無いか、今回はいいや・・・・・僕は落ち着いて一度深呼吸すると、ゆっくりと答えた。








「ユークリッド王を討つ。そしてトウ・ユーナを救う。同じ想いを抱く人は共に戦って欲しい」








 末席に居たその少年が静かに語ったその言葉は心の中のさらに奥の、今はき火のように小さくなってしまっていた何かに触れた。心音が激しい鼓動こどうを始める。マリオの身体中を徐々に熱いモノが巡り、たぎり始めた。


・・・・・・・・・『一国の王を討つ』だと!! 立ち上がっていたマリオはテーブルに両手を着いたまま動けなくなっていた。そんな事は不可能だ、正気の沙汰じゃない。どれだけの兵力を相手にすると思っている、とてもじゃないがかなう相手ではない。しかし同時に滾り始めた炎が俺を突き動かす。本当にそうか?と。

 ちょうど対面に座っていたハウンズ・ロイ・マクエルが鋭いほどに見つめてきた。惹き込まれそうな瞳が問いかける。滾る熱い炎に問いかけてくる。



─────────────お前は男か、マリオ。



───────────────こころざしは、あるか。



───────────守るべき誇りは、あるか。



────────今もなお捨てぬ、勇気はあるか。




 戦うことを止めた時、男は死ぬのだ。決して立ち止まるな。おびえを捨てろ。ふるい立て。立ち上がって剣を取れ。か弱き少女を見捨ててなにが男か。ざま矜持きょうじも武人としての命なのだ。相手が志強しきょうで有ろうとも戦え。戦って勝て。今こそ男の誇りを賭ける時ぞ! 


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


訳もわからず叫んでいた。俺だけじゃない!今この会議室にいる男女の全てが声を上げていた。ハウンズ本邸が震えているようだった。





 トウ・オーカの目から溜まっていた涙があふれだす。身体中が熱く震えていた。どこかであきらめていた。そんな人間はいる訳がないと。求めることすらどこかで禁じていた。そんな存在が今、目の前に屹立きつりつしていた。


 此処ここに・・・居たのだ。か弱きものを助け、悪逆無道あくぎゃくむどうなるものを討つ。そんな男が。






 これこそが英雄だと。オーカはそう思った。













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