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ロイ・マクエル受難の日々③

気づいた事があります。前書き長文はウザがられる。

 

         第25話


        「虎姫の誤算」





『ギイン!!』『ギギギン!』



 複数の剣戟音けんげきおんがハウンズ家正門前から鳴り響いた。



 突き出された槍の刃部分を2つの小剣でからめ取った執事のリンネは、【虎姫】ことスタンピ・バーバリー令嬢の槍を完全に封じ込んだ。


 バーバリー令嬢の得物は龍槍りゅうそうと呼ばれる刃先に槍と剣が2つある特殊な構造の槍で、突きと払いに威力を発揮する。だがリンネは双小剣の使い手。槍が伸び切った瞬間を見極みきわめて龍槍にある刃先の隙間すきまに小剣を突き立てて動きを止めていた。


 ハウンズ家執事、リンネが魅せた神業かみわざの如き刹那せつなの剣技であった。


 この恐るべき剣技を目の当たりにしたバーバリーは思わず息を飲んだ。まるで姉御あねご。リリアーヌ師匠との鍛錬を思い出した。龍槍はビクとも動かない。体格も年齢もあまり私と変わらない相手。力では勝っているはずである。それが全く動かせない・・・・・まごう事無き達人の技。



 バーバリーの背中に冷や汗が流れた。



「うっ、がぁぁ、くうっ・・・」



 うめき声を聞きハッと我に返ったバーバリーは周囲に視線を移すと信じられないものを見た。


 お供の3人はすでに誰も戦ってはいなかった。


 膝をついたり、うつ伏せに倒れたりしていて痛みで呻き声をあげている。得物は3人とも槍を使うがその全てが地面に落ちている。干戈かんかを交えてわずか数秒、どんな技を使いそうなったのかバーバリーには想像もつかなかった。


「くそっ・・・離せ貴様ぁ・・・」


 お供の1人がハウンズ家の男執事に後ろ手に肘を決められ、押さえ込まれていた。


「意外とあっけなかったな。いつもリンネを相手に稽古けいこしてるからついつい女武人を見ると過大に評価してしまう、ちょっとやりすぎたかな」


 リンネはそれらを横目でチラリと確認する。お供の3人はそれぞれ致命傷を負ってはいない様で軽く安堵あんどした。この程度の荒事で死傷者を出していてはこの後の話し合いが難しくなるからだ。



「バーバリー様、槍を収めては頂けませんか?この場は勝負あったかと思います」



 ハウンズ家の執事として長女マリアンヌ様の来られる前に、話し合いの出来る状態にはしておきたい。リンネは落ち着いた声色こわいろでバーバリー令嬢にそう語りかけた。


「人質を取って云う事を聞かせる。流石さすがにハウンズ家は汚いやり口を使う、見下げ果てたモノだぎゃ」


 バーバリー令嬢はつばき、リンネを口汚くちぎたなののしった。


「あんた、どの口で、」


 そう言い返そうとする男執事をリンネは目で制するとにっこり微笑ほほえんで答えた。


「どのような手段を用いようとも、互いのいのちに勝るものはありません。バーバリー様」


「生きはじさらしてまで何の命か!戦場も知らぬ金持ちの執事風情(ふぜい)が偉そうに抜かすでにゃーわ」


 バーバリーは改めて全身に気を込める。甘く見すぎていた。虎姫様などとはやされ、何処どこかで思い上がっていた。その結果がコチラのこの無様ぶざまさだった。ここにいる二人の執事はリリアーヌ姉御あねごせまる程の強者つわもの命懸いのちがけで挑まねばならない相手なのだ。

 バーバリーは呼吸をめ込み槍の持ち手を変えると全ての力を両手に込めて槍を振り払った。




 リンネは10メートルほど吹き飛ばされ回転しながら着地をした。驚くべき怪力だった。

 先程までのバーバリー嬢は明らかに手を抜いていた。此方こちらを甘く見ていたせいだろうが、ようやく全力を出して戦う気になったようだ。

 バーバリー嬢の身体から黄色い闘気がにじむように見え始める。ここからが本番だ。リンネの見立て通りこのお嬢様はかなりの強者つわもの。底力を隠していた。


「があああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 バーバリー令嬢の雄叫おたけび。虎を思わせる雄叫びがハウンズ家の正門前に響き渡った。

 リンネに向かいバーバリーが全力で走り込む。速い。龍槍が轟音を上げながら左から右に薙ぎ払われる。リンネはかろうじて後ろに飛び、この豪槍をかわしていた。


「なんだよ。思ったよりヤルじゃないか。このお嬢ちゃん」


 離れた位置から男執事はそう呟いていた。


「当たり前、だ。虎姫様は本気になれば、20人からの猛者どもを数秒で片付けた、事もあるんだ、」


 肘を後手に決めていたお供の不穏ふおん虚勢きょせいを聞いて、男執事のサラは万一に備えて加勢しようとお供の両肩を外しにかかった。


「ちょっと動けないようにしちゃうよ」

「あ、がぁぁぅ」



「下がっていてくださいサラさん、ここは私が一人で処理します。お供の加勢かせいは防いで下さい、乱戦になると死者が出ます」


 サラの気を感じたリンネは大声で加勢をめた。


「・・・・判っていると思うが無茶はするなよ。お前に死なれでもしたら俺の寝覚めが悪い」


 サラはそう言うとお供から力を抜き、ニヤリと笑い距離を取った。



 リンネも気を練り上げ始めた。思い出す。1年前の、あの悪夢のような戦場。何もできなくてふるえていた幼子のような情けない自分を。

 もうあの時のくやしさを繰り返したくはない。今はこの場は私が治める。誰の命も亡くさせはしない。





 バーバリー嬢の槍の連続突き。リンネは穂先を見極め右に左に躱していく。しかしバーバリー嬢はそれを意にも介さず、さらに構わず踏み込み、連続突きのスピードを徐々に上げていく。

 全く威力が下がらない。信じられないがスピードも威力もさらに上がっていく。無尽蔵のスタミナで既に3分後近くの連続突きが続いていた。

 リンネの背後に塀の外壁がいへきが迫る。


「があああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 雄叫びと共にバーバリー嬢の連続突きが広範囲に広がり、リンネを外壁諸共(もろとも)突き殺しに掛かった。リンネは外壁の出っ張りに足を掛けると空を舞い、この嵐突きを躱した。躱した刹那、突きを受けた外壁が半径1メートルに渡って崩れ落ちた。凄まじい槍技。そして怪力。バーバリー嬢は一切いっさい息も切らさずリンネを振り返り見据えると、槍を頭上で大きく旋回させて向き直る。

 今度は槍を右片手に持ち、後ろに隠す様に飛び込んで来る。リンネは一瞬戸惑(とまど)う。見えない槍が上か、横か、どこから繰り出されるのか出どころが判らない。む無くバーバリー嬢の背中側の右に回り込む。が、身体を反回転させたバーバリー嬢は背中側に槍を薙いだ。最初から誘いだった。リンネは僅かに危険を察知していて空中に飛び、躱していた。

 このお嬢様は戦い慣れている。実戦において多彩な技を繰り出すところなどは基本の鍛錬と実戦を積み重ねているからこそ為せる。これは並の武芸者では太刀打ちできないだろう。


 1年前の私なら軽くあしらわれたかもしれない。だが私とてギルド本部から派遣されている武術教官のサラにこの1年鍛え抜かれている。いつか、あの子の為に剣をとって戦えるように。積み重ね積み上げてきた。



 今の主の決定もあります。あなたにはここでハウンズ家から御退場願います。





「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」




 バーバリーは再び雄叫びを上げると猛然もうぜんと目の前の女執事に斬り込んだ。

 想像以上の手練だった。幾度いくどもその身体を捉えたと思った。だが、繰り出す技のことごとくを躱された。悪い夢でも見ている様だった。


 こんなにも遠いのか?私の槍など路傍の石ほどの価値もないのか?この哀しい世界を変えるなど夢物語でしかないのか?目の前のこの執事は私より強い。いったいどれ程の意思で、思いで、鍛錬や技を積み上げていったのか?全てに於いて敵わないのか?槍を振るいながら涙が、目に、溜まっていく。



『世間知らずのお嬢様のおままごと』



 確かに父にそう言われた。私の槍は世界一だと、父がいつもめそやすハウンズ家を相手に証明したかった。

 リリアーヌの姉御あねごに私こそがおもいを受け継ぐ人間だと、無鳴剣をかかげ誓いたかった。


 ・・・いや、まだだ。まだ勝負はいていない。ここであきらめたらなんの人生か。なんの誓いだったのか。力をしぼり戦え。【無鳴剣のリリアーヌ】【虎将軍 スタンピ・バルバッコス】その有名ゆうめいをもかすむ程のたたかいぶりを。スタンピ・バーバリーの名に恥じない闘いをするのだ。





 20分近く死闘が続き、リンネは真っ向からの勝負をめてスピードでの撹乱かくらんに切り替える。もう十分体力はいだはずだ。押さえ込めば動けないだろう。そろそろマリアンヌ様が来られる。無力化しておく。リンネはトントンと軽く跳ねた後、フェイントを交えながらバーバリー嬢に迫った。右に左に動きながら一瞬のすきを見て肉薄にくはくした。槍は至近距離には弱い。とすると次に取る技が読める。バーバリー嬢は槍から片手を離し、迫っているリンネに手刀を浴びせようと左手を振りかぶった。それを右手で押さえ全力で槍を持つ右手を蹴り飛ばした。


 体重を乗せた全力の蹴り。普通に考えれば槍を手放すはずだ。だが、バーバリー嬢の手はビクともせず槍を離しもしなかった。頭を振りかぶったバーバリー嬢はリンネめがけて頭突きをしてきた。驚くべき不屈の闘志。リンネは頭突きを躱し舌打ちをすると距離をとる。まだこれ程に動けるのか。簡単には諦めない、この令嬢も譲れない何かを持っている。・・・だが。


 命懸けの戦場は想いだけでは生き残れないんです。お嬢様。



「がぁ、はぁ、はぁはぁ、うはぁらはぁはぁ」



 バーバリー嬢の息が荒い。命を懸けたやり取りに慣れていない、急激にスタミナを失くしている。ようやくだが息が上がり肩が上下に動いている。戦場の経験が不足している証拠だ。

 リンネはふとあの子のこと思い出した。いまだに私の心をとらえて離さないあの子。彼はここからさらに力を振り絞り凄まじい戦いを繰り広げていた。

 だがリンネには判る。あれはおそらく死を超えた戦い方。並の者にできる技ではない。彼女はこのまま徐々に力を失い、槍も持てなくなるだろう。

 リンネはおとろえるバーバリー嬢に容赦ようしゃなく踏み込んだ。あなたは私に戦場を知らないと言った。それはあなたのことではないのか?強者つわもの同士が命をやり取りする、その極限状態を知らぬまま戦場に立つことは命を捨てると同じなのだ。

 今のうちにこのお嬢様に、それを手厳しく教えておく必要があると思った。遅過ぎる後悔を、する前に。

 踏み込んだリンネを突こうと槍が眼前にせまるがリンネは数ミリの動きでソレを躱すと、バーバリー嬢の後ろに一瞬で回り込む。両腕に双剣を突き立てた。呻き声。浅めに突いたがもう両腕は使えないだろう。バーバリー嬢の後ろからリンネはくびを決めて、全力で締め上げる。バーバリー嬢は苦悶くもんの声をあげる。それでも槍は離さない。愚策ぐさくだ。ココは身軽になり転がってでも頸締くびじめからのがれるべきだ。哀しいかなソレが判らない。このまま締め落とすのがいいだろう、おのが未熟を噛み締めるのだ。命が残るなら再び立ち上がれる。



「おの・れ、おの・れおの、れ・・れェィ・・・」



 涙をこぼしながらもだえるも、すでに口から泡を吹き白目になっていた。ハウンズ家武術教官兼執事のサラはバーバリー令嬢の飽くなき闘争心に感心していた。

 気を失ってもおかしくないのに凄まじい力と闘争心でリンネを振りほどこうと動きをやめない。


 ・・・だが驚くほどの粘りもここまでだ。体が痙攣けいれんし始めている。




「そこまでよ、リンネ!!お止めなさい!」




 澄んだ声がハウンズ家門前に響き渡った。







スタンピ・バーバリー令嬢の顛末が気になる方、

引き続き宜しくお願いします。

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