コミュ障キモヲタ少年がエリート騎士団にやってきた。②
第2話
「少年は思い出すといつも絶望する」
『カツ、カツ、カツ、』『ドタ、ドタ、ドタ、』
師団長のところへ行くための廊下をアントニオ氏と歩いているんだけど・・・。
ちょ、ちよ、歩くの速いよアントニオ。ワザとやってるの?『速いのは俺足長げ〜から?』とかアピってるの? コロすよ?
コミュ障な僕にとっては今日だけで1ヶ月分ぐらいの会話をこなしたんだよ? 頑張ったんだからもちょっと優しくしてよ。お家帰るよマジで。
あ・・・駄目だ。家出されてるんだ。お先真っ暗でめまいしてきた。ホントにふらつきそうだ・・・『ムニュウ』ん? 右手に柔らかい感触が。
「貴様、どこを触っているのだ」
「貴方、どこを触っているのかしら」
右手に握られたのは白くて柔らかなで・・・もう一度『ムニュ、ムニュ』えっと? ま、まさかこれがウワサのラッキースってこれはデカい狼じゃねーか! 何処だここは? どうなってるの?
「ハッハッハッハッハッ!」
「ぷっくく。ブツブツ言いながら入って来たかと思えば躊躇なく軍狼の横っ腹をわしづかみとは。気持ち悪いというか命知らずというか、いや完全に変質者の行動だな。ぷぷぷぷ」
【軍用牙狼(通称軍狼)】戦争用に教育された狼
「いや、えっと、ここ何処で、すか?」
「ここは近衛師団事務所だ。私は師団長のオズワルド・フィン・ルーズリッターだ。そこの狼は私の軍狼でガイ。よろしくな、変質者」
「あ、あ、すいません。ち、じ、自分はロイ・マクエルです。よろしくお願いしまさます。師団長。変質者ではないですので・・・」
昔から思考が深くなると行動の記憶が抜けてしまうところがある。知らぬ間に事務所に入っていたようだ、冷静に、冷静にっと。それはそうとオオゥ!初めて生で見た。【エグルストン皇国 近衛師団長】見えざる剣、血風の薔薇ことオズワルド・フィン・ルーズリッター(25歳)。
この人は女騎士として超有名人なので知っていた。確か今は師団長と騎士団長を兼任しているはず・・・。性格までは分からなかったけれどコロコロとよく笑う明るい人のように感じる・・・。素敵な女性だ。婚姻届を持って来ておくべきだった。
んんん? 今はこの人が騎士団長ってことは騎士団長の役職? を僕が引き継ぐってことなのか? ちょっとよくわからないな。
「それではあの・・・死んだ目のキモい奴はお任せしますぞ。ルーズリッター団長」
「承知した。この・・・手長猿のようなキショい男は預かるとエリザヴェータ様に伝えて下さい」
キモいとかキショいとか付けての会話いらなくね? 只の会話なのにLP【ライフポイント】ガリガリ削られてるんですけど?身体的特徴を責めるのは虐待なんですけど?セクハラは王様に報告しますよ?
・・・・・・とはいえどんなに悪し様に言われても今の僕には逃げる家も部屋もないのだ。逃げて逃げて、それでも逃げて、もうひとつ逃げて・・・って逃げすぎだろ! でもなぜかエグルストン皇国近衛騎士団への入団という降って湧いた幸運が訪れたのだ。日頃の行いが良いせいだな。そうに違いない。指輪は知らん。
幸いのところ身体だけは健康だ。『人付き合いが苦手なら剣を使えるようになれ、極めてみろ。いや、死ね』と僕の祖父が鍛錬してくれたおかげだった。感謝、感謝。ん? 最後の一言必要なの?
だが!! だがしかーしぃーー!!! ついでに【世界の美少女㊙大年鑑】なる物まで祖父から引き継がれた。ロリコンジジイ一体なに作ってやがるんだよ・・・。孫にこんなロリヲタ的な代物を押し付けやがって・・・。孫の未来を抹殺する気か?
───────しかし押し付けられて早や数年。いまやこの年鑑の更新と発行が、僕にとって『大事な夢への道しるべ』といえる程、大事な【ヲタク趣味】となってしまっていた。
えええ〜、マジかよ? 我ながら超コエーよ。勿論此れは極秘情報である。何故かといえば掲載内容がヤバい! 相当キテる! 女性が見ると即通報レベルである。合法ロリともタイマン張れるまでの強者である。それゆえ絶対に公にしてはならない。この本自体が消滅してしまう。
消滅は僕の『夢の野望』が潰える事を意味している。それはまさに人類の滅亡と同義だ!
【ヲタク趣味】この世界に於いてごく一部の愛好家が嗜むコアな趣味の総称。
「おいおい、あまり舐めまわす様に見るなよ?ロイ・マクエル。あっと言う間に首が飛んでしまうぞ」
「アントニオ殿、あまり物騒な事を言うな。ただでさえ最近は男性が近寄らないんだ・・・このままでは剣も握ったことのないどこぞのボンボンに嫁がされてしまう」
ルーズリッター団長はため息をついて背もたれに持たれかかった。
戦場での圧倒的武功で一気に師団長に登りつめた人だから戦場での伝説は数あれど、あまり色恋沙汰には縁がなかったはず。・・・だのになんだがすごい色香ですね。ミニスカの足組みは少年には刺激強すぎます。ズボンにするか、僕と結婚するかにして下さい。
「ん?かといって、ガキの候補生は問題外だからな。おかしな目で見るなよ?」
茶目っ気たっぷりの笑顔でジロリと睨まれてしまった。なに?貴方エスパーなの?なんで考えてる事が分かるの?違うか。視線で気づかれたんだな。殺される前に視線はそらしておこう。
でも姉さん女房なんかもいいと思います。僕は浮気はしない。多分しないと思う。しないんじゃないかな?まちょっと覚悟はしておけ。何言ってるんだ僕は?ヤバ! なんか視線が鋭くなってきた気がする・・・。
「あとこの男、エリザヴェータ様推薦の騎士団長様である。皇女様だけで無く我が君、エグルストン王もお認めであるそうだ。左手の指輪がその証拠である。いくら足を見られても簡単に無礼討ちにはせぬようにな」
団長は僕の呪いの指輪wを眺めて一瞬黙り込んだ。なにかしら思案顔だ。美女の悩ましげなお顔は絵になるなあ。僕が悩んでると憲兵隊呼ばれかねない、犯罪を企む顔にしか見えないとかなんとか・・・。
「・・・ロイ・マクエル。君の本当の目的は一体なんなんだ?」
少し落ち着いた声だが事務所内の空気がピリッと張り詰めた。間違いなく団長から僕へ向けられた殺気。おかしな返答をしたら本当に首が飛ぶかもしれない。
「目的は近衛騎士団に入って幸せな人生を送る事です。ルーズリッター団長」
・・・・・・・・フッと空間が一気に弛緩した。さっきまでの凍りついた空気が嘘のようにアントニオとルーズリッター団長が笑いを噛み殺して震えていた。あれ? おかしな事言ってないよ? 僕の何より望んでやまない夢ですよ? 少しだけ言い方変えただけですよ?
「そうか、幸せときたか・・・。仔細了解した。励めよ、ロイ・マクエル」
「は、はひ。よろぴく、よろしくおむ、お願いすま、します」
また噛み噛みだよ。肝心なところで・・・。
「さて、ロイ近衛候補生。君は1年間の入団教育を他の候補生と共に受けて貰う。然る後、近衛師団と皇国軍令部の認可を貰っての正規入団となる。私から団長役を引き継ぐのはその後だ。エリザヴェータ皇女様の推薦とはいえ特別扱いはしない。よいかな?」
「しょ、承知致しました」
そりゃそうだ。いきなり近衛騎士や団長になれるわけがない。兵士としての相応のスキルと知識がないと務まらない。使えない候補生なんかのふるい落としもあるのかな?イヤだなあ。
「よろしい。では候補生宿舎に行き給え。リンダ寮長。案内を宜しく頼む」
2メートル近くはあるだろうか?褐色の男・・・女性がアントニオの横に立っていた。こ、怖えぇー。あ、そうだ。挨拶しとこう。
「は、はずめ、初めめんますて。ロイ・マクエルでふ。よろしこ、よらしくお願いすます」
いくらなんでも噛みすぎだよ・・・僕。
「カムラン・リンダだ。いくぞ。付いてこい、ロイ・マクエル」
僕は急いで団長に一礼するとリンダ寮長についていくことにした。殺気を向けられるよりこの人のデカさの方が怖い。・・・でもよく見ると端正な顔立ちの美人さんである。
いかん、今度は違う緊張が出てきた。えっと、なにか別の事を考えよう。
・・・・そういえば今日みたいに本気の殺気を向けられるのは久しぶりな気がする。1年程前にじいちゃんと剣を交えた時以来だと思うので怖さでなく懐かしさすら感じた。
じいちゃんにはしばらく会っていないが僕が家を出されたって聞いたらなんて言うだろうか・・・?
うん。きっとお腹を抱えて大笑いするに決まってるな。どこまでも他人事なジジイだしな。
そのじいちゃんには剣を一振り盗られて、いや預けてある事を思い出す。目の前のリンダさん、寮長はきっと武人だろう。歩き方に隙がない。女性の武人の後ろ姿に不思議とその剣の持ち主が頭に浮かんだ。僕や兄姉を助けるために凶刃に倒れてしまった僕の先生だった人。とても苦い過去の記憶。
なんだかハウンズ家にはロクな記憶がありませんね。トラウマまみれです。子供を追い出す親にそれを笑う祖父、家族(僕)をゴミクズ呼ばわりする兄弟。先生はハウンズ家に関わり死亡。・・・呪われし一家ハウンズ家。オカルト映画が出来そうなので早めに一家断絶して下さい。
「ズズズッ・・・」
そんな一家に絶望してみたが出てきたのは涙でなくて鼻水だけだった。
来年の先生の墓参りには、晴れがましく僕の一家排籍の報告と騎士団入団を報告しよう。
涙はその時流せばいいや。昔を少しだけ思い出すと不思議と怖さが取れた感じがした。