迷いの森と少年R ⑪
今回のロイの相手は父親のガントス侯爵なんですが口数が多いです。
バルバッコス将軍なんかもそうなんですがおっさんの武人は闘いに一家言あります。
それでは本編をお楽しみ下さい。
第19話
「剣の矜持」
人の想いは剣に宿ると云う。其れが真実だとするならば、お前は剣に何を宿すのだ。夢か?道か?志か?。己の全てを賭けてでも其れは信ずるに値するのか?私の夢や妻の願いを踏み越える程に。
・・・いや、良い。問う事にしよう。私の剣でお前の剣に。
「鼎の軽重を問うぞ、ロイ。お前の剣の」
そう呟くとハウンズ・レム・ガントス侯爵はゆったりと半身で剣を構えた。すでに周囲を圧する程に全身に気が満ちている。何処にも隙はない。一方ロイ・マクエルは肩が少し上下している。呼吸が乱れ気味だった。
森での死闘と打擲棒に打ち込まれたこと、それに加えてガントス侯の気魄は向かい合っているだけでロイの気力を奪っていく、すでに体力は尽きていて今は気力のみで立っていた。
ロイは信じられなかった。ただ向かい合うだけでこれ程の圧力を掛けられるものなのか?父様がリリアーヌ先生の遙か上をいくことには少なからず驚きがあった。
父様とは年数回しか顔を会わさないが驚くべき達人だったのだ。今なら解かる。並の使い手ではないと。・・・・・・・・いや、それだけでない。何かある。此処までの気を発する何かが。
だからこそ、ここで討つ。自分が父様を討てる最初で最後かもシれない機会なんだ。これ以上の哀しミを生み出させない為に、必ずハウンズの血の大元をここで断ツ。
・・・・・・・・・先生、母様、ごめんなさい。今だけでいい。僕に力を貸して下さい。
どちらも譲らない、いい気魄だった。
ハウンズ家本宅のエントランス中央では今まさに竜虎、相打たんとしていた。
この強者二人を止められるのは恐らく自分しかいないと、バルバッコスは思っていた。だが此処で止められるものでは無いのだ。
今このふたりは親子ではなく、一箇の武人として己が矜持を掛けている。同じ武人として止められん。
ここまで行き着いたならばあとは互いが剣を交えて語るしかないのだ。
其れが、武人というものだ。
願わくは、どちらも命だけはつないで欲しい。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ」
ロイの雄叫び。エントランス中が震えるほどだ
ガントス侯爵の眼前に短剣が飛んできた。右に捻って躱す。その一瞬でロイはガントス侯の眼前に走り込む、右手に剣。走り込む途中でフェムト4世の剣を掴んでいた。右から左に凄まじい勢いの薙ぎ払い。ガントス侯が後に飛んで躱した。階段のポールが真っ二つに断ち切られる。さらにロイが追い縋りガントス侯の両肩目がけて連続で剣を打ち込む。右に左に速さではなく力押しの剣戟。ガントス侯はそれを剣で弾きながらいなしていく。剣戟音がエントランス内に反響して木霊する。一撃一撃の威力が尋常ではない。全てが全力の一撃。どれも身体に当たればその部位を吹き飛ばすだろう。驚くべき剛剣だ。
黒い服の少女、カーズ公国の元兵士であったリンネは両手を合わせて祈るような想いでふたりの死闘を見つめていた。
迷いの森で死んだ様に立ち尽くすロイ少年を見て、どうしても放って置けず手を引いてハウンズ家に連れて来たのは彼女だった。
夫人の最後の姿など知りうる事は全てハウンズ家中の人間に伝えていた。
リンネは自分は牢屋へ投獄され死罪を申し付けられるか、拷問の果てに責め殺されるかを覚悟していた。夫人は俺を庇って死んでいた。ただの敵に過ぎない俺を助けるために。
それが何も咎められずカーズ公国への道案内を頼まれた。
そして今、ハウンズ家本宅に帰り付いてそのままこの闘いを見つめている。
ロイ少年は10歳だという。まだ甘えたい年頃の筈なのに何故これ程までに過酷な道を歩まなければならないのか?何とかそれを回避させようと足に縋り付いたけど駄目だった。
副長の仇であるはずなのに、もうこの、運命に屹立する少年を放って置けなくなっていた。あの時握ったあの子の手はとても冷たくて、小さくて、震えていた。
只々、無事に終わって欲しかった。
階段の手摺を利用しての跳躍。5mの高さからロイは全体重を載せ全力で剣を振り下ろした。唸りを上げる剣は相手の剣ごと頭蓋を断てる。確信があった。躱したら着地と同時に足を払うつもりだった。だがそれをガントス侯は受け止めた。真っ向からだ。ビクともしなかった。受け止めた剣ごと壁まで振り飛ばされた。かろうじて受け身を取る。顔を上げると剣を振りかぶる父様の姿。速い。気力を振り絞って飛び上がり剣を振り抜いた。馳せ違う二人。ロイは脇に鋭い痛み、ガントス侯も右耳スレスレの空裂音が頬を打った。位置を入れ違えて再び対峙するふたり。
既に10分近く剣を交えている。ロイの身体からは遠くからでもわかる程に湯気が立ち上がっている。肩も激しく上下し、呼吸は異常なほど大きく乱れている。
ハウンズ長男ラズ・ロビンソンと次男マーク・ザインは固唾を呑んで見守っていた。この凄まじい闘いを二人には言葉で止める術がない。
だが終わりが近づいているのは解かる。呼吸を見るとロイは限界が近いはずだ。互いに顔を見合わせ頷く。その後三姉妹を見ると同じ様にこちらを見ていて、こちらとも頷きあう。
3男のレイ・ハモンは使用人達と母様達の遺体のケアに立ち会っていていないが、5兄妹で父上とロイを止めに入る。最後の一撃を繰り出す一瞬を見極める。私達が二人を助けるんだ。これ以上の悲劇は何としても止める。拳を固く握った。
少し息が切れ始める。ガントス侯爵はロイを見下ろした。しっかりと私の剣に付いて来ている。しかもこの子はもう既に死線を越えている。未だ剣を振れているのは奇跡の様なものだ。・・・いや、才能か。天稟を授けられている。父上の血か。ガントス侯の脳裏に世界を放浪するハウンズ家先代の顔が浮かんだ。若かりし日に戦場で叩き上げた自分の剣にはない、天性の力。ロイと父上の姿が不思議と重なって見えた。
お前はこの父との闘いすらも、糧と成すか?
残念ながらそうはいかんな。父としての威厳がある。自然と口角があがる。次の一刀で頭を打ち、昏倒させる。明日から私とともに家の仕事に付き合わせるぞ、ロイ。武辺一辺倒ではあの父上と同じになる。母の死も師の死も乗り越えられるよう厳しく仕込んでやる。
・・・・・・・・意外とハウンズの後継ぎはお前になるのやもしれん。自分では気づいていないかも知れんがロイ、お前は不思議な男だ。不出来な息子だが家族兄妹、みんなに愛されている。
道を・・・・・・・・・・・・・誤るなよ。
既に視界はボヤけていた。手も、足も、思う様に動かない。
・・・何より心臓が、動きが、おかしい、ただ動悸が速いだけではない。予感がある。もう直に、息も心臓も止まる筈だ。
もうあと何度動ける?どうやって倒す?
身体の奥からもう一度気を呼び起こす。全身が震える。両手で剣を低く構え、脇を引き絞る。残り少ない力をこの一撃に賭ける。全てを振り絞れ、ロイ。
申し合わせたかの様にその場の全員が一斉に動いた。
ラズとマークの兄弟がガントス侯爵を挟む様に両側から飛び込んだ。虚を突かれた上に咄嗟のことで息子ふたりに手が出せず、ガントス侯は身体と剣を抑えられた。
一方ルイ、アン、リリの三姉妹もロイの虚を突く形で3方から取り囲む様に上手く抑えた。
・・・・・・・・・様に見えた。
ロイは膝よりも低く走り抜ける動きで三姉妹の囲みを躱していた。
そして一切の躊躇なくガントス侯に剣をむけて飛び掛かる。ふたりの兄の姿はもう目に入っていない様だった。剣が振り下ろされる。
「「「やめてぇぇぇぇぇぇぇーーーーー」」」
三姉妹の絶叫がエントランスに響き渡った。




