迷いの森と少年R ④
最近小説情報のあらすじをちょくちょく
改変したりしてます。
第12話
「赤黒いケモノ」
「はぁ〜〜あ、ふうぅぅ〜〜う」誰にも見られぬ様に空に向けてリッケルンは大きなため息をついた。
【宰相補佐 兼 軍監】の務めである。と理解はしていても今回は気が進む帯同ではない。完全に貧乏クジに入る部類である。
我が『カーズ公国』は現在 軍事演習を行うため、わずかな領地の西端にある小高い丘に500人の歩兵と30騎ほどの騎馬で陣を敷いている。
ここで一昼夜演習を行い、明日眼下に拡がる森の先にある大資産家ハウンズ家の晩餐会に出席する予定となっている。
我が国は西側諸国と言われる国の一国である。されど資源に恵まれない小国で、西側の国の中でも最下層に見られるほどの貧しさだ。
また、資源だけでなく各産業も育たず、財政的にも厳しいのでいつも民を飢えさせている。
そんな我が国だが数年前からハウンズ家に金銭の融資を受けており、かなりの優遇をして貰っている。いまだに国の財政が破綻せず持ち堪えているのはハウンズ家によるところが大きい。
先代の王が資源も産業も育たぬならば人脈を育むべし、として当時ありあまる富を保有していたハウンズ家と誼を結び、利息なしの無期限融資と有事における軍事力の提供を約定とし、互いに終結に到った。
まさに僥倖。毎年、国家予算に匹敵する融資を受けられ、その見返りは有事にのみ提供でよい軍隊。先代の王の明智の才と粘り強い交渉があればこそ、カーズ公国は現在も存在できている。
「のう、リッケルン。黒狗のやつらはうまく夫人を連れ出してくるかな?そろそろ現れてもいい頃なのにのう。」
「陛下。我々は軍事演習中で、森から現れるのは盗賊の類いですぞ。」
我が王ながらその下品な横顔を張り飛ばしたくなってくる。
そもそもが昨年の晩餐会でハウンズ夫人を見初め、夫人への道ならぬ懸想を抱いた事が発端でかかる事態を招いているのに・・・。
王の懸想はいまや高じてハウンズ夫人を王妃として迎えるというものにまでなってしまっている。
空いた口が塞がらないとは正にこのことであろう。恩義はあれど、なにも不誠実なことをしていないハウンズ家に対し・・・あろう事か、軍を進めるとの王命をこの国王は出されたのだ。
理由は国境を越えて森の狼が村を襲うので森の一部の割譲を要求するとし、因果を含め膨れ上がった借入金もこの際白紙にさせる。と言ってはいる。が、周りは懸想を遂げることが目的と気付いている。
無論先代の王や皇太子、大臣などに大反対を受けたが全て退けての今回の出兵である。さらに呆れ果てるのはハウンズ家に一切通告せず、たまたま偶然を装い夫人を助け出す芝居を打つとまで言うのだ。
この話を聞いたとき我が王ながら正気を疑った。
それでも救いはこの王に従えない王子や宰相、大臣たちがこぞって反対し、動かせたのは一個大隊のみであったことだが・・・
「おお!見よリッケルン!森から出てきおったぞ。あれは黒狗に相違あるまい!」
「陛下。お慎み下さい。あれは盗賊で・・・」
様子がおかしい。事前の取決めとは現れ方も、場所も違う。
リッケルンは嫌な汗が流れるのを感じた。
「カーズ王、リッケルン殿。森からおかしな連中がワラワラと湧いてきておりますがアレも訓練の一環なのですかな?だとしたら実に面白い趣向ですな。」
先程まで興味なさげに演習をみていた大柄な男が二人に近付いてくると顔を寄せてそうニカッと笑った。
この男はスタンピ・バルバッコス将軍。先日から軍事交流のためにカーズ公国に滞在している。【虎将軍】の異名を持つ隣国ベルフローラの将軍でその名の通り戦になると虎の如き咆哮で常に先陣を切り、敵兵を蹴散らす猛将だ。
リッケルンは返答にこまった。本来はハウンズ夫人を連れて現れる盗賊の一団を見つけ我が王が兵に命じて夫人を救う。という筋書きなのだが、森から出て来たのはバラバラと散らばって現れた数名しかいない・・・。
黒狗が任務をしくじるとは考えにくいが。
「がああああああぁあぁぁああぁぁ!!」
「!!」「!!」「!!」
けたたましい奇声とともに森から飛び出した赤黒い影が今しがた森から出て来た黒狗の隊員を後ろから、頭蓋から、一刀両断にした。
「ひっ!ひぃぃ!ば、化け化け物じゃ!リ、リッケルンなんとかせよぉ」
「な、なんだ、ケモノ、いや人、なのか?」
リッケルンはその姿と所業に戦慄を覚えた。
「・・・・・・あの剣」
バルバッコス将軍が何かを呟いたがリッケルンにはよく聞き取れなかった。
30分程前、迷いの森。
長い悪夢でも見ていたようだった。大きな遠吠が聞こえ我に帰った。
囲んでいた盗賊団はすでに一斉に引いていた。助かった。ハウンズ家三男レイ・ハモンは腰が抜けた様に座り込んだ。
みんなも放心状態だ。当たり前だろう。いつもの授業を行うはずがいきなり殺し合いの場に放り込まれたんだ。姉妹たちは涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔だ。
「母様は?ロイは?」「リリアーヌ先生は何処にいるんだ?」
兄二人が我に却って声を上げ始める。そうだ!ロイはどうしたんだ!アイツ剣を持って戦ってやがった。まだガキのクセに死んだらどうすんだ!
『クイ、クイ』
誰かが俺の服を引っ張る。振り返ると妹のマーガレッタだった。
ぷるぷると震える指で何かを指差している。
・・・・・・・・・ぁ・・・・・・・・・れ?あ、れって・・・・
ま、真っ・・な・・・ 動悸が激しくなる。 黒い・・・・理解したくないと。 ハリ・・ 狂人になる前にネズ・・止めておけと警鐘をならす。リ・・・リアーヌ先、生?
動悸が全身に拡がるように身体中が大きく震え出す、動けなくなる。
呼吸が・・息が吐けない・・・頭がクワンクワンと回る、まるで現実味がない。
赤黒い塊・・アレはなんだ?人じゃない!周りを見ろ。沢山の屍がある。
麻痺しているかもしれないがまだ人のカタチをしているじゃないか!!
はぁ、はぁ、は、あ、う、うっ!ううっ!!
吐瀉物を撒き散らした。みんなも煽られたように一斉に吐き戻していた。
嘘だ!嘘だ!でも見える。見えてしまう。アレには腰辺りまで長い髪がある。
毛先が軽くカールしているのも分かる。正座をしているように・・・・
死んで・・・いる。後ろから殴られたような目眩を感じた。
なんで・・・だ?さっきまで笑っていた。ロイと楽しそうに笑っていた。
ちょっとだけ嫉妬していた。キレイで、でも優しくて、冗談が好きだった。
恋心のような憧れがあったと思う・・・・。全て消えた、全て消えた・・・。
なにも言えないまま、お礼も言えないまま、僕は・・・・・・・・
頭を廻るリリアーヌ先生とロイの楽しそうだった剣術鍛錬の風景。
そ、そうだ。ロ、ロイはどこ、だ?どこにいった・・・?
ロイ・マクエルは森を走っていた。右手には無鳴剣が握られていた。
兄妹たちを囲んでいた盗賊が突然引いた。すぐにリリアーヌ先生の元に駆け付けたが既に手遅れだった。十本以上の槍に貫かれながら僅かにまだ息があった。ごめんねという言葉とこの剣を渡された。
血まみれの剣だった。僕らを助ける為、母様を救う為に血塗れになった、やさしき剣だ。
涙は出なかった。リリアーヌ先生の最後の言葉に耳を傾けたかった。
最後にこの剣を託せるだけの男だと思って欲しかった。
そして先生が目を閉じたと同時に全身から黒い何かが目を開けた。
オマエはゆるせるのか?と問うてくる。先生を蹂躪したヤツラと仲良く一緒に生きていくのがオマエの人生か?とせせら笑う。
ケダモノのように吠えた。そして駆けた。
途轍もなく強かった。そして誰よりも優しい人だった。
優しさは人を救い人を殺すのか?
なら僕は優しさを捨てればいい。
いや違う。置いていくんだ。先生が眠るこの森に。
やさしさも。憧れも。笑いあった日々も。
そして僕ガ・・・。
ヤツラを一人残らズ皆殺しにしテヤる・・・。
そうすれば母様が助けられると思った。




