迷いの森と少年R ②
少しずつ主人公の過去が明かされていきます。
第10話
「陽だまり」
あの闇夜の出会いから一週間が経っていた。
僕はその間はひたすらに森の木を切り、丸太の家を作っていた。なにも木こりに転職した訳じゃない。この1年ほど木の上で寝ていたとジジイに言ったらノーモーションパンチが飛んできた。曰く、ケモノみたいな生活をしてるからケモノみたいになる。のだそうだ。お前の口より先に手がでるのはどうなんだよ。とは思ったが顎が痛くて言えなかった。
ジジイの名前は『ハウンズ・ロビン・ガトリン』といった。
・・・・・オレのお祖父様じゃねえか!!お、お、お、初めてだよ顔見るの!は、初めま、まして?なんでも10年〜30年以上ぶりのハウンズ家への帰宅だそうだ。認知症か!家を空けた年月ぐらいは覚えてろよ。
帰宅の理由は父様からの手紙らしい。リリアーヌ先生と母様が亡くなったことと僕の事が書かれていて、なんでもゴミクズをゴミ箱から救ってやって欲しいと。わかった、大型ゴミは儂に任せろ。と返事を返して戻るのに1年かかったらしい。
なにこの親子?愛情表現が完全にガ○ジのそれですね。最優先でカウンセリング受けて下さい。普通はさ「愛する息子」とか「自慢の孫」とかじゃない?・・・・・・いや、やっぱりいい。こっちのが気持ち悪い。
さらに一週間が経ち、丸太小屋が完成すると(別に頼んで無いのに)本格的に武芸の鍛錬が始まった。てっきりリリアーヌ先生みたいに時間を決めて剣、槍、体術、理論と実践的組手になると思っていた・・・・・そう!そんなもんだろうと思っていた時期が僕にもありました!
ジジイ、いやガトリンじいちゃんの鍛錬はひたすら実戦あるのみ。木剣で立ち会い散々打ち込まれてぶっ倒れると(悪口をブツブツ言われて)、次は木槍を持たされ無理やり立たせてから気を放ち合う。隙をみせたらすかさず的確な急所攻撃(金的多し)。立てないほどに疲れ切ると今度は組打稽古、何度も何度も身体ごと空に投げ飛ばされ地面に叩きつけられる(高い高いと嗤いながら)。いよいよ一切何も出来なくなると(舌打ち混じりに)身体を抱きかかえ川に放り投げる。息も絶え絶えに川から這い出すと剣を握らされまた立ち会い。の無限ループ。
そしてご飯中やお風呂中も容赦なく拳や蹴りが飛んでくる(色々鼻に入る)。泥のように眠りこけたいのに夜中に何度も棒が頭に振り下ろされる(アクビしながら)。そんなじいちゃんの地獄の最下層鍛錬が来る日も狂う日も、朝日が昇る前から朝日が昇る前まで。続いた・・・・ん、なにか日本語おかしくない?おかしいよね?だって24時間ずっと鍛錬だよ?ブラック会社も僕から見たらホワイトだよ。だって2〜3時間ぐらいは睡眠時間あるでしょ?僕は仮眠1〜2時間ですよ。おまけに( )の追加攻撃はなんなんだ?身体だけで無く心まで鍛えてるつもりなの?逆にすり減っていってますからね。それ。
もういっそ殺してくれ。いやじいちゃんを殺して逃げれば幸せになれるじゃないか!ヒャッホー。とガチで殺しに逝ってもボコられグマ。逆にこっちが昇天しかける有り様である。なんだこれ?死んでまでやる鍛錬とかイミフじゃね?遠回しな殺人事件起きそうです。誰か憲兵隊呼んで下さい〜。
などという生活がひと月ほど続き、日々の鍛錬であまり昔の悪夢を思い出さなくなってきた頃にある二人が丸太小屋を訪れた。忘れたいが憶えている。ハウンズ家の人間。ハモン兄とマーガレッタ姉だ。そうか、殺しの実戦訓練ですね。と殺意の目を向けるとじいちゃんから無言の目突きが両目に飛んできた!いや〜、ずいぶん深く入りましたね〜。潰す気か!
「久しぶりだな。相変わらずブサイクだなロイ」
「汚い小屋ね。早く帰りたいわ」
「ハハ・・・」
やっぱりコイツラ殺るしかなイ。自然と無鳴剣に手が伸びる、遺言は今の内に考えてオけ。屍を此処で晒せ・・・!「ぐうっ」
後ろからじいちゃんの蹴りが金的にめり込む。激痛で亀のように蹲る。本気で金的が痛いともう蹲る以外の選択肢はないね。飛ぶのがいいとかラマーズ法とかアレ嘘だから。もう亀になる一択だから。
「こらロイ。儂の目の黒いうちは闇堕ちも転生したら悪魔だった件もさせんからな」
ぐう。言ってる意味はよく分からんがとにかく凄い自信だ。へのツッパリはいらんですよ。じいちゃんのせいで違う何かに転生しそうだよ。
「・・・ロイ、リリアーヌ先生の墓へ案内を頼む。僕らを助けるために命を落として1年以上経つのにまだ花も手向けられていないんだ」
「ハウンズ家を代表して。でも公にはできないから私達だけだけど」
「・・・・・・・・・・・」
「こっちじゃ。二人とも付いて来い。ロイも来るんじゃぞ」
とある資産家一家でおきた不幸な事件。世間に知られる【ハウンズ家夫人の誘拐未遂事件】は月並みな言い方をするならば、そう認知されている。だが真実は違う。小国家がいりみだれる西側諸国にあってハウンズ家は木の葉のように翻弄され、踏み付けられ、結局は【盗賊の襲撃と身内による裏切り行為】にすり替えざるを得なかった。超絶資産家などという肩書きなど、羊質虎皮に過ぎなかったのだ。
僕は、僕達家族は、ごく普通の、どこにでもある平凡で、幸せな家族だった。あの事件がもしなかったのなら、今でも家族は暖かい陽だまりの中にいたのかもしれなかった・・・。
その事件は1年前の、月食に開催予定である毎年恒例のハウンズ家晩餐会の前日に起きた。
父様以外の家族が珍しく全員揃ったからか、母様の希望で兄妹が森で使っている鍛錬場の見学する事になったのだ。
当時も今も僕はコミュ障少年ではあるのだが、3ヶ月ほど前から護身術の教官としてハウンズ家に招かれていたリリアーヌ先生が鍛錬場まで護衛に付くということで僕もよろこんで参加した。あの頃は先生と居られるのがとても楽しかったからだ。
母様なりの気遣いもあり、一番武芸の習熟が早かった僕とリリアーヌ先生が森への先導役を任された。コミュ障で、ブサイクで、なにからもすぐに逃げ出す僕が武芸に関する才能だけはあったらしい。他の兄妹より群を抜いて上達が早く、リリアーヌ先生に褒められるのがあの頃の僕にとって一番うれしい事だった。初めて自分が認めてもらえたのだと、兄妹の中でのゴミクズじゃないんだと。そして僕の先導役に、いつも僕を嘲笑してゴミクズ扱いする兄姉たちは複雑そうだった。いい気分だった。有頂天だった。
・・・・そして遭遇した。森の奥深くで。黒い盗賊団に。
考えられない事態だった。ハウンズ家の森は花が多く美しいが通称【迷いの森】と呼ばれる程に奥深い樹海だ。木も高さがあり素人が入ると危険な森なのだ。おまけに人を襲う狼や熊もいる。害獣対策もなしに入らない。
リリアーヌ先生だけは盗賊団の存在を寸前に察知して退路を確保出来ていたが、真後ろの道以外はあっという間に十重二十重に囲まれた形になっていた。まさに一瞬で湧いてきたような鮮やかな手際だった。
リーダー格の男が交渉を持ちかけてきた。ヤツラの目的は母様だけの様だった。
リリアーヌ先生が一歩前に出て静かに気を高め始める。僕にはわかった、この100人からいる盗賊団をここで相手にするつもりだと。
母様がそれを手で制しリリアーヌ先生に向けてゆっくりとうなずく。血の気が引いた。そして今度は兄妹たちに向ってニッコリと微笑んだ。姉様たちは泣き崩れ、兄様たちは悔しそうに下を向いた。なにをしてるんだ?どうゆうことなんだ?母様が前に進み出る。いやだ。なぜ。誰も助けないんだ。もう会えなくなる。やさしい声も、温かくなる笑顔も、全て無くなるんだぞ。2度と帰ってこないかもしれない。涙で前が滲みだした。まだ僕は見せれていない。ゴミクズじゃない僕を。コミュ障じゃない僕を。いつも心配そうな顔しかさせていないんだ。
母様がリーダー格の男の前で立ち止まりゆっくり振り返るといつものやさしい笑顔で僕に告げた。口の動きでわかった。
『あいしているわ しあわせに ロイ』
腹の底から雄叫びをあげた。受け入れるものか。認めるものか。僕は誰よりも高く飛んでいた。
最後までお読み頂き有難う御座いました。
前話ぐらいから閲覧数が増えてきた感じで
舞い上がってます。ブクマも有難うございます。
また次話もよろしくおねがいします。




