0094話
「戦いは私たちの勝利よ! ただ、ここでの勝利はあくまでも私たちだけのもの。私たちに降伏した勢力を見捨てる訳にはいかないから、すぐそちらに援軍を送るわ。……見た感じ、降伏した者たちの陣地にも敵がいるようだけど、戦力そのものは多くない」
見えるのか?
そうイオは疑問に思うが、そう言えばソフィアの視力はイオとは比べものにならないほどによかったのだと思い出し、その言葉は恐らく真実だろうと納得する。
(もしかして、魔力で視力を強化してるとか? この世界だと、そういうのが普通に出来そうなんだよな)
イオは自分の予想が何となく当たっているような気がしつつも、ソフィアの話を黙って聞く。
「私たちと直接戦っていた相手とは違って、敵は離れた場所にいるわ。けど……それでも、イオの使ったメテオは見ていたはずよ。それによって陽動、もしくは本陣が潰れたのは向こうも理解しているはず。そうである以上、私たちが近付いただけで、逃げ出してもおかしくはない」
その言葉は、間違いない真実だった。
先程のイオのメテオは、当然ながら離れた場所……それこそドレミナからでも見ることが出来ただろう。
そうなれば、当然だがより近い……それこそすぐ隣と呼ぶべき場所で見ることが出来たのも、間違いのない事実。
そして当然ながら、そんな隕石が落ちたのがどこなのかというのは考えるまでもなく分かるはずだ。
実際にはソフィアが相手を降伏させるのが目的だったために、放たれた隕石が落ちたのは敵にではなく敵から離れた場所だ。
それこそ、隕石が落下したときの衝撃の類も届かないような、そんな場所。
だが、それが分かるのはあくまでもイオであったり、あるいは黎明の覇者の傭兵たちだから。
それこそ黎明の覇者に降伏してその支配下で戦っていた者たちや、そんな者たちと戦っている敵勢力の別働隊はそのようなことには気が付かない。
陽動をしつつ、主力でもあった者たちが隕石によって完全に潰されたと、そんな風に考えてもおかしくはないし、そうなるのも当然だろう。
だからこそ、士気の落差はそれぞれで大きく違うことになるとイオには思えた。
(いやまぁ、黎明の覇者に正式に所属している訳じゃなくて、降伏して従っている者たちにしてみれば、降ってくる隕石はやっぱり恐怖でしかないのかもしれないけど)
黎明の覇者にとってイオの使ったメテオは、まさに救いの一撃だ。
しかし、敵にしてみれば災厄の一撃でしかないだろう。
「イオ、ちょっといいか?」
ソフィアの指示に従ってそれぞれが降伏した勢力に黎明の覇者から何人もが送られていくのを見ていると、不意にイオはギュンターからそう声をかけられる。
「ギュンターさん? 何です?」
「お前が何度か使った、小さな隕石を落とす魔法……ミニメテオだったか? それはまだ使えるか? 具体的には、魔力的に問題がないかということだが」
「え? あ、はい。それは問題ないですけど。杖も新しいのになりましたし」
先程のメテオを使ったところ、すでにそれが当然であるかのように杖は砕けた。
また何かあったときのためにと、今のイオは再び新しい杖を手にしている。
そんな状況なので、イオも普通のメテオなら最低一回は使えるだろうし、ミニメテオは今までの感触からして、結構な数を連発出来る。
……もっとも、イオが持っている杖は新しい杖だ。
その杖の品質がどのようなものなのか分からない以上、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、ミニメテオを使っただけで破壊されてしまう可能性は十分にあった。
この辺り、メテオを一回使えば杖が壊れてしまう上に、現在イオが持っている杖はあくまでもゴブリンの軍勢から回収した杖である以上、その杖に何があってもおかしくはないという難点がある。
イオとしては、今回の件が終わったら本格的にゴブリンの杖ではなく普通の杖を購入した方がいいだろうと、そう思っていた。
「そうか。なら、向こうに対する脅しも含めて、何発かミニメテオを使ってくれ。そうすれば、向こうでも自分たちが狙われていると判断して逃げ出すかもしれない」
「それは……話は分かりましたけど、本当にそんな真似をしても大丈夫なんですか? 敵はともかく、味方も混乱すると思うんですけど」
ギュンターの言葉にイオはそう返す。
黎明の覇者に所属している者なら、流星魔法を使うイオは自分たちの味方だというのを納得しているので、特に問題はないと思うだろう。
だが、それはあくまでも黎明の覇者の傭兵……何だかんだと、イオと付き合いがあるからこそだ。
そんな黎明の覇者の傭兵たちに対し、降伏してきた者たちは違う。
ドレミナの騎士団が意図的に広げた情報によって、イオが隕石を降らせている者の正体であるというのは、多くの者が知っているだろう。
……中には情報に疎く、全くそんなことを知らない者もいるかもしれないが。
ともあれ、イオの存在は知っていても、実際にイオがどのような人物なのかは分からない。
未知というのは容易に恐怖を呼ぶ。
だからこそ、イオについて知らないということそのものが多くの者にとっては、恐怖となる。
多少なりともイオについて知っていれば、そこまで気にするようなこともないのだろうが。
「構わない。とにかく敵の本体はもう負けたんだ。死んだり、降伏したり、逃げ出したり……その結果はそれぞれだけどな。そうである以上、無駄死には増やさなくてもいいだろ」
ギュンターのその言葉は、イオにとって意外だった。
それはつまり、イオにミニメテオを使わせるのは敵を殺すためではなく、敵を無駄に殺させないためとも取ることが出来る。
実際にギュンターがそのように思っているのか、あるいはイオが深読みをしすぎているだけなのか。
その辺りは、イオにも分からない。
だが、今のギュンターの言葉を聞いた限りではそのように思ってしまうのは間違いない。
「分かりました、ならまずは……人のいない場所を狙って撃ちます」
確認にのために尋ねたイオに、ギュンターは頷く。
それを確認すると、やっぱりギュンターはこれ以上殺したくないのだろうと思いつつ、イオは呪文を唱え始める。
『空に漂いし小さな石よ、我の意思にしたがい小さなその姿を我が前に現し、我が敵を射貫け……ミニメテオ』
イオの呪文が唱え終わると、少ししてから空から隕石が降ってくる。
その隕石は決してメテオのように巨大でもなければ、見て分かるほどの迫力を持っている訳でもない。
しかし……それでも隕石が降ってくるのは、間違いない。
普段なら戦いが行われている中で隕石が降ってきても気が付いたりはしないのだろう。
だが、今回の場合……何度となく隕石が降ってきているのを、敵味方共に見ている。
そうである以上、隕石が降ってくるとそれを見ないという選択肢は存在しない。
黎明の覇者に降伏した者たちにしてみれば、降ってきた隕石を見ても完全に安心出来る訳ではないが、それでも今まで何度かすでに使われているのを見ており、それによって自分たちが被害を受けたことはない。
それでもイオについてそこまで詳しい訳ではないので、ミニメテオが降ってきたのを見て、出来れば自分たちのいる場所には降らないで欲しいと願うようなことしか出来なかったが、攻めて来た者たちと比べれば大分気分的に楽だったのは間違いない。
何しろ攻めて来た者たちにしてみれば、自分たちは黎明の覇者と敵対しているというのを十分に理解しているのだ。
それはつまり、いつ自分たちに隕石が降ってきてもおかしくはないということを意味していた。
そんな状況では、当然ながら戦い続けるといった真似は出来ない。
いや、中にはそんな状況でも戦い続けている者もいるが、いつ自分のいる場所に向かって隕石が落ちてくるかと心配すれば、とてもではないが普段通りの実力を発揮出来るはずもない。
普通に考えれば、仲間が戦っている場所に隕石を落とすといった真似はしないだろう。
だが、今回の場合は話が違う。
何しろ黎明の覇者に降伏した者たちが作った陣地に攻め込んでいるのだから。
黎明の覇者にしてみれば、自分たちに降伏した相手だけに敵と纏めて殺してもいいと思ってもおかしくはない。
……実際にはソフィアはそんなことは考えていないのだが、一般的に考えた場合は降伏してきた敵は使い捨てにしてもおかしくはない。
そういう意味で、結果として何が起きてもおかしくはない、そんな状況なのだ。
そのような状況でまともに実力を発揮しろというのは難しい。
もっとも、それを言うのなら降伏した者たちにしても隕石が敵だけではなく自分たちにも降ってくるのではないかといった心配をすることもあったが。
「倒せ、倒せ、倒せ! さっきの隕石を見ただろう! あの隕石は、俺たちにとっても大きな味方だ!」
本当に心の底からその言葉を信じてる訳でもないのだろうが、男は叫ぶ。
そうでもしないと、場合によっては隕石が降ってくる恐怖によって戦場から逃げ出すといった者も出て来かねないのだから、仕方がない。
黎明の覇者に降伏した自分たちに隕石が落ちてくることはない。
半ば無理矢理そう思い込みながら、部下に指示をする。
その命令を聞き、部下たちも動き出す。
こちらもまた、当然ながら自分たちに攻撃はしてこないだろうと思って……いや、願いながら戦いを続ける。
黎明の覇者に降伏したので、一応は味方であると思っての行動ではあったものの、それに対して戦っている方は間違いなく黎明の覇者の敵だ。
それこそいつ自分たちに隕石が降ってくるのか分からない以上、戦い続ける際には周囲の状況を確認しながらの行動となり、当然だが実力を万全に発揮は出来ない。
そんなところに、本陣の黎明の覇者から援軍が来たらどうなるか。
それを示すかのように、やってくる敵の姿を見た瞬間にその場で戦っていた者の多くがもう自分たちに勝ち目はないと判断して逃げ出し始める。
「うわああああああああ! もう駄目だ、俺たちの負けが、勝ち目はないんだぁっ!」
一人が叫んだその声が敗北の呼び水となり……戦っていた者の多くは撤退や降伏を選択するのだった。




