0090話
天から降り注ぐ隕石。
最初は小さな……それこそある程度離れれば、隕石を見るといったような真似は出来ないような、そんな小さな隕石が何発も落ちてきたことにより、多くの者が動揺していた。
その隕石の規模は小さいが、だからといってその威力も弱まる訳ではない。
もちろん通常の隕石と比べると明らかに威力は劣るのだろうが、それでも当たれば即死であるのは変わらないのだ。
であれば、そんな隕石に対して恐怖を覚えるというのは当然だった。
小さな隕石ですらそのような状況だったのに、今度は巨大な隕石が降ってきたのだ。
幸いなことに……本当に幸いなことに、その降ってきた隕石は誰もいない場所に落ちた。
……実際には隕石が落ちた場所は巨大なクレーターとなり、周辺の土はめくれ上がっていたので、もしそこに誰かがいても生き残るのは不可能だっただろう。
そういう意味では、そこに誰もいなかったというのは絶対に確実という訳ではない。
もしいても、肉片と化して消滅しているのだから……そこに誰かがいても、その痕跡は綺麗さっぱりとなくなっているだろう。
もちろん、詳細に調べるといったような真似をすれば分かるかもしれないが。
「に……逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろぉっ! これ以上こんな場所にいて何か出来るか!」
とある勢力……メテオによる隕石が落ちた場所からそう遠くない場所にいたその勢力は、隕石の直撃こそなかったかものの、その影響によって周囲に荒れ狂う衝撃波や暴風、土砂といった諸々の洗礼を受けることになった。
イオが使ったメテオはゴブリンの軍勢に使った効果範囲の広いものではなく、ベヒモスに使った効果範囲の狭い――あくまでも比較しての話だが――ものだ。
正確には双方共に同じメテオという魔法なのだが、詠唱する呪文を変えることによって、その辺を多少変える……アレンジするようなことが出来ていた。
しかし、そうして効果範囲が狭くなった魔法であっても、それに巻き込まれる者は当然出てくる。
そうして巻き込まれた者たちは、運が悪ければ即座に死ぬ。
そのような中で生き残った者たちは、もう黎明の覇者と戦うといった余裕は一切なく、ただ一心不乱に逃げるしかなかった。
このまま逃げるような真似をすれば、それは将来的に決していいことではないだろう。
しかし逃げ出す者たちの頭の中には、そんな不確かな未来のことなど全く存在せず、ただ今を生き残ることしか考えられない。
もちろん、この場にいる以上は少し前に行われた脅しのメテオをその目で見ている。
しかし、そのときのメテオはこうして逃げている者たちのいる場所とは全く違う場所に使用された。
……実際にはそのときのメテオでも、近くにいた勢力の者たちは必死になって逃げ出したのだが。
何しろ隕石が自分たちのいる方に向かって落ちてくるのだ。
その様子は、まさに絶望でしかない。
たとえ、一人で十人、二十人を相手に出来るような力を持つ者であっても、降ってくる隕石を相手に対処出来るはずもない。
……中には魔法使いもいたのだが、天から降ってくる隕石を相手に何らかの攻撃魔法を使っても、それはほとんど意味はない。
焼け石に水どころではなく、溶岩に一滴の水といったところか。
それだけイオの使った流星魔法は凶悪な魔法だった。
魔法使いというのは、傭兵の中でも切り札的な存在とされることが多い。
それだけに、その切り札の魔法が全く通用しなかったというのは魔法使いやその仲間の傭兵にとっても驚くべきものだった。
どちらかと言えば、魔法使いたちよりも仲間の方が驚きは大きかったのだが。
魔法使いにしてみれば、自分たちが魔法使いだからこそ隕石に込められた圧倒的なまでの力を十分に理解出来る。
しかし、魔法使いではない者たちは……それこそ、魔法使いではないからこそ、そして今まで自分たちの切り札である魔法使いが圧倒的な戦果を挙げてきたのを知っているからこそ、まさか魔法使いたちの魔法が通用しないとは思わなかったのだろう。
実際に魔法が効かないのを見て、それで初めて圧倒的なまでの実力差を理解した者も多い。
「う……うわあああああああっ!」
そうして一人が逃げ出すと、それに釣られて逃げ出す者も出て来る。
一人が逃げると三人が、三人が逃げると十人が……といったように次から次に逃げ出していく。
逃げ出した者たちにとっては、このままここにいては死んでしまうのだから必死だった。
「ちっ、おいこら逃げるな! お前たちは今の状況をどう思っている! ここで逃げるなんて真似をすれば、お前たちはあとで戦場から逃げ出した臆病者と言われることになるんだぞ!」
指揮を執っている者の一人が、必死になって叫ぶ。
しかし、その叫びは誰の耳にも届かない。
あるいは耳には届いているのかもしれないが、今はそんな相手の言葉を聞いているような状況ではないと、そんな風に思っているのだろう。
少しでも早くここから逃げないと、いつ隕石が降ってくるのか分からない。
戦場から逃げ出した臆病者と言われようが、死ぬよりはいい。
何しろここで死んでも、敵と戦って戦死……といった訳ではなく、それこそ虫のように踏み潰されて終わりなのだから。
傭兵云々以前に、そのように意味もなく死ぬのは絶対にごめんだった。
「くそがっ! こうも気軽にポンポンと隕石を落とすとは、何を考えている!」
別の場所では、一人の男が落下してきた隕石を見て、苛立ちを露わに叫んでいた。
本来なら隕石が落ちるのは、数十年……場合によっては数百年に一度といったようなものだろう。
……実際には、ミニメテオで使われているよりも小さな隕石はそれなりの頻度で降ってきているのだが、生憎と叫んだ男はその辺についての知識はない。
とにかく隕石に対する知識はなくても、だからといってこうも頻繁に隕石が降ってくるのが普通であるはずがない。
男にしてみれば、遠くに見えた隕石の落下は、その前に落ちてきた小さな隕石の落下と比べても圧倒的なまでに凶悪な威力を持っていた。
「隊長、もう無理です! 士気が保ちません!」
苛立ちを露わに空を睨んでいた男の副官が近付いてくると、そう告げる。
その報告が、より一層男を苛立たせる。
「この状況で逃げれば、いつ隕石を落とされるか分かったものじゃねえぞ!」
苛立ち混じりに叫ぶも、その言葉を聞いている者がそもそも少ない。
このままここにいれば、間違いなく隕石が落ちてきて自分たちは殺される。
そんな風に思っている者が多数いるのだから仕方がない。
(いっそ、逃げる奴は俺が殺すか?)
そう思うも、すぐにそれもまた悪手だと判断し却下する。
今のこの状況でそのようなことをした場合、それこそ混乱した相手によって自分が攻撃される可能性が高い。
この部隊の隊長である男は、当然のように他の者たちよりも強い。
だがそれは、他の者たちを十数人一緒に相手にしても処理出来るほどの圧倒的な強さという訳ではなく、自分の実力で戦った場合は数人を相手にするので精一杯だ。
……数人を相手に戦えるだけでも、普通は凄いのだが。
しかしこの世界には、その普通とは比べものにならない実力を持つ者も多いのは事実。
そこまでの強さはない男としては、逃げ出す部下を力で止めるといった真似は出来なかった。
「隊長!」
どうしますかと副官に促されるも、今のこの状況でどうにも出来ないのは間違いない。
「ちっ、しょうがねえ。このままだと他の連中を止めることが出来ねえ以上……士気を保っている、まだ逃げ出していねえ少数だけで行動するぞ。そういう連中を集めろ」
「隊長!? 本気ですか!?」
その指示に、副官は信じられないといった表情を浮かべる。
副官としては、今の隊長の指示は自殺行為にしか思えない。
それこそ、この状況で逃げずに戦うというのは自殺行為以外にしか思えない。
しかし、隊長が副官に命じるその顔は真剣そのもの。
自棄になって命令をしているのではなく、本気で命令をしているのは明らかだった。
とはいえ、隊長が自棄になっていないからとはいえ……それに副官が素直に従うのかと言えば、それは否だ。
この状況で逃げずにここで踏ん張って戦うというような真似をしようものなら、自分たちは間違いなく死ぬ。
そう理解出来た副官は、何とか隊長を翻意させようと口を開く。
「隊長、今のこの状況で少数が残っても、どうにもなりません。相手は黎明の覇者なんですよ? 最高の状態であっても、そう簡単に勝てるような相手じゃないんです。ここは一度退いて、相手の動きを見てからでもいいのでは?」
「駄目だな。それでは遅い。黎明の覇者でも全戦力が揃っていない今だからこそ、こちらにも勝ち目はあるんだ。ここで退けば、それはもう意味のないことになるのは間違いない」
その言葉には副官も納得出来るところがあった。
だが同時に、今のこの状況で黎明の覇者に戦いを挑む……いや、正確には戦いを挑むとまではいかずとも、流星魔法を使うという人物を連れ去ることが出来るのか? といった疑問があった。
すでに敵は、流星魔法を使うというのを全く隠していない。
小さな隕石と大きな隕石を連続して使うといったような真似まで行っているのだ。
そうである以上、当然ながら流星魔法を使っている相手を守る準備は万端のはずだろう。
そんな中で自分たちがどうにか出来るのか。
客観的に考えた場合、それは不可能に思える。
もちろん、全く手がない訳ではない。
他の勢力と手を組み、黎明の覇者に戦いを挑むという……そんな手が。
だが、当然ながらそのような真似がそう簡単にできるはずもない。
何よりも副官に入ってきている情報によれば、黎明の覇者は自分に従う勢力を呼び寄せ、陣地を築いているという。
そのような状況であると考えれば、とてもではないが戦力を集めてもどうにか出来るとは思えなかった。
「隊長、退きましょう」
「ふざけたことを言うな! いいから、お前は戦力を集めてこい!」
そう叫ばれた副官は、隊長の言葉に頷き……そのまま、自分に従う部下と共に戦場から姿を消すのだった。




