0079話
自分たちは撤退するので隕石を落とさないで欲しい。
そう交渉しにきた相手に、ソフィアは少し考えてから首を横に振る。
「貴方たちも、私たちから隕石を降らせる何かや、そこにあるモンスターの素材を奪うためにここまでやって来た。……違う?」
「そうだな」
ソフィアに交渉にやって来たランクC傭兵団白き眼球の副団長パトリックは、その言葉を素直に認める。
そんな交渉を聞いていた者たちにしてみれば、パトリックがここまで素直にソフィアたちを襲いに来たのを隠さずに話すのはかなり意外だった。
白き眼球の傭兵たちの中には、何故そのようなことを素直に認めるのかといった咎める視線を向ける者もいる。
だが……パトリックにしてみれば、自分たちがここにいる理由は当然ながらソフィアには知られているのだ。
そうである以上、ここで無理に自分たちはその件には何も関わっていないといったことを口にしても、到底信じて貰えるとは思えない。
それどころか、嘘を吐いて自分の前にいたというのは、まだ何か企んでいると思われてもおかしくはない。
そのようなことになれば、交渉云々以前の問題となってしまう。
だからこそ、まずはその辺りについては認めて、そこから話を続ける必要があった。
「へぇ。それを素直に認めるのは少し予想外だったわね。てっきり、自分たちはそんなつもりはなかったと言ってくるのかと思ってたんだけど。少し見直したわ」
「……あんた以外の相手に対してなら、そんな風に言っていたかもしれないな。だが、あんたにそんなことを言ったところで、それが信じられるとは思っていない。それどころか、信頼すべき相手ではないと判断して、交渉を打ち切るような真似をしたりするんじゃないか?」
「あら、随分察しがいいのね。……それなら、最初からその察しのよさからここに来なければよかったと思うんだけど」
「俺は白き眼球の副団長ではあっても、団長ではない。そう言えば、大体は理解してくれると思うが」
その言葉に、ソフィアの視線が少しだけ柔らかくなる。
今の言葉は、言外に自分の判断でこの状況はどうしようもなかったと、そう言いたいのが分かったからだ。
(恐らく、団長との関係が悪いんでしょうね)
これは別に、そこまでおかしな話ではない。
傭兵団の中で団長と副団長の関係が良好ではないというのは、そんなに珍しい話ではない。
傭兵というのは、基本的に我の強い者が多いのだから、当然だろう。
それだけに、自分のすぐ上や下の存在と衝突することは多い。
それを嫌って副団長を置いていない傭兵団も多かった。
黎明の覇者もまた、副団長を置いてはいない。
……とはいえ、ローザが半ば副団長に近い存在ではあったが。
もちろん、団長と副団長が協力することによって、今まで以上の実力を出すといったこともあるので、副団長がいるのは決して悪いことばかりではない。
ただ、白き眼球に関しては、パトリックと団長の相性が悪かったのだ。
「そういうことね。なら、別に白き眼球を抜けてもいいと思うけど。……いえ、これについては私が何かを言っても仕方がないわね」
「そうしてくれると助かるよ。……で、話を元に戻してもいいか? どうすれば俺たちを見逃してくれる?」
「そうね。なら……うん、こうしましょう。貴方も分かってると思うけど、この周辺にはまだ色々な勢力が残っているわ。その勢力を最低でも一つ潰してちょうだい。そうすれば、貴方たちを見逃すと約束しましょう」
「それは……」
ソフィアの口から出た提案に、パトリックは苦々しげな表情を浮かべる。
ソフィアから……正確には流星魔法から逃げ出すためには、パトリックが部下を率いて他の勢力を倒す必要があるのだから。
今の状況を思えば、そのようなことを指示されるとは思っていた。思っていたが……それでも、出来れば避けたかったというのがパトリックの正直な気持ちだった。
「どうするの? 言っておくけど、私たちは隕石を降らせなくても普通に強いわよ? 私たちと戦おうというつもりなら、止めておいた方がいいと思うわ」
「それは……だろうな」
パトリックも、傭兵をしている以上は当然ながらランクA傭兵団である黎明の覇者の強さは知っている。
ここにいるのは黎明の覇者の全戦力ではないというのは知っているものの、それでもこの状況で正面から戦って勝てるとは思えない。
暗黒のサソリと戦い、一人も死んでいないという時点でその強さは圧倒的なのだから。
結果として、今のパトリックに選べる選択肢は一つしかない。
「分かった。あんたの言う通り、勢力を一つ潰そう。そうすれば俺たちは見逃してくれるんだな?」
「ええ。けど、この場合は何か貴方たちにも得があった方がいいわよね。もし勢力を二つ以上潰した……あるいは撤退させたら、後ろのモンスター……高ランクモンスターのベヒモスなんだけど、その素材を少し分けてあげる」
「ベヒモス……だと?」
パトリックはソフィアの口から出た言葉に驚きつつ、巨大な骨に視線を向ける。
そこにあった骨は何か巨大なモンスターの骨だというのは理解していた。
だが、それがベヒモスの骨だというのはパトリックにとっても完全に予想外だったのだ。
とはいえ、それはパトリックの知識不足という訳ではない。
パトリックも、ベヒモスがしっかりと肉や皮がついているのなら、それがどんなモンスターなのかというのは理解出来ただろう。
それでも分からなかったのは、ベヒモスが完全に骨だけになっていたためだ。
「ええ、ベヒモスよ。……考えてみて。隕石を降らせるといったような真似を、どんな相手に使うと? ゴブリンの軍勢に使ったようなのを、何の意味もなく使うと思う? そんな真似をするのなら、それこそベヒモスのような、普通なら倒すのが難しいような相手にこそ相応しいと思わない?」
「それは……」
パトリックはソフィアの言葉を聞いて言葉に詰まる。
その言葉が相応しいと、パトリックも理解していたからだ。
ここに来たときに、巨大なモンスターの骨を見て、それを隕石で倒したのだろうというのは予想出来ていた。
しかし、それがベヒモスであると言われれば……強く納得出来るのも事実。
「しかし、何故ベヒモスがこのような場所に?」
それはパトリックだけではなく、白き眼球に所属している全員の意見であり……
「それを私に聞かれても分かる訳がないでしょう? 聞いた話によると、餓狼の牙という盗賊の討伐をする為に拠点のある山に行ったら、盗賊たちは全員がベヒモスに喰い殺されていたらしいわ。つまり、黎明の覇者の討伐隊がここに来たときは、もう山の中にベヒモスがいたことになるのよ」
「……なるほど」
ソフィアの言葉を聞き、数秒の沈黙のあとでパトリックはそう呟く。
パトリックの口から出た言葉は完全に納得したものではなく、どこかソフィアの言葉を疑ってのもの。
それはソフィアも理解出来たが、だからといってその疑いを晴らすような真似が出来るのかと言えば、その答えは否だ。
(私自身、この状況はかなり出来すぎだと思えるもの。そう考えると、パトリックが納得しないのは当然でしょうね。むしろ、この状況で私の説明を聞いて完全に納得した様子を見せたら、とてもじゃないけど信頼するようなことは出来ないわ)
パトリックが自分の言葉を疑っているのを聞きながら、ソフィアは内心でパトリックの評価を上げる。
そのような状況ではあるものの、とにかく話を纏める必要があるだろうと再び口を開く。
「それで、どうするの?」
そう尋ねるソフィアに対し、パトリックの答えは一つしかない。
いや、正確には二つあるのだが、何の収穫もないままで戻ったとき、自分が一体どうなるのか。
それを考えれば、結局答えは一つしかない。
パトリックと共にここにいる者たちは、団長よりもパトリックを慕っている者たちだ。
この状況でイオを手にすることが出来ずに戻れば、間違いなく全員が責められる。
しかし、イオを手に入れずとも多少なりともベヒモスの素材を持って帰ればどうなるか。
もちろん最大の目的であるイオの入手は出来なかったので責められることは間違いないだろうが、それでも何もないよりはマシなのは間違いないだろう。
褒められるようなことはないだろうが、責められるようなこともない。
舌打ちや嫌味の一つや二つは言われるかもしれないが、言ってみればそれだけだ。
「分かった。引き受けよう。……一応聞くが、二つの勢力は絶対に倒す必要がある訳ではなく、ここから追い払うといった真似でもいいんだな?」
「ええ、そうよ。そして……そうね。二つ以上の勢力を倒すか撤退させればいいけど、撤退させた数が多くなれば多くなるほど、渡すベヒモスの素材は多くなるから」
「……意地が悪いな」
「あら、そう? パトリックが多くの素材を手に入れられるように、協力してるつもりなんだけど? ああ、そうそう。それとギュンターを始めとする何人かが戦場を混乱させる目的で動いてるから、もし遭遇したら私から依頼を受けたと言えば攻撃されないと思うわよ」
「それを向こうが素直に信じると?」
戦場の中で遭遇した相手が、自分を率いる者からの依頼を受けて行動していると言われ、そう簡単に信じられるか。
あるいは、パトリックが以前から黎明の覇者と何らかの付き合いがあったのなら、あるいは信じて貰えるかもしれないが……生憎と、パトリックは黎明の覇者についてランクA傭兵団として一方的に知っていただけで、直に接触したのはこれが初めてだ。
そんな相手の言葉をギュンターが信じるかどうかと言われれば、パトリックは即座に首を横に振るだろう。
そんなパトリックに対し、ソフィアは少し考え……やがて口を開く。
「そうね。ではギュンターに会ったらこう言いなさい。『青の糸を引く狼は水を飲む』と」
「それは一体……? いや、深くは聞かない方がいいんんだろう。取りあえず分かった」
何らかの暗号なのだろうと判断したパトリックは、ソフィアの言葉にそう頷くのだった。




