0048話
「はぁ、はぁ、はぁ……疲れた……」
アイゼッハとの訓練は、かなり実戦的なものだった。
つまりは、模擬戦。
本来なら、アイゼッハも基礎訓練……それこそ身体作りの類からやらせたいのが正直なところなのだが、明日には餓狼の牙との戦闘になるのだ。
そうである以上、基礎的な訓練よりも戦いに慣れさせておいた方がいいと考えたのだろう。
そして模擬戦においてアイゼッハはイオの戦い方に少しだけ驚くことになる。
戦いそのものは素人のようなのに、何故かそれなりに身体が動かせるのだ。
それはつまり、イオがそれなりに才能があるということを意味していた。
意味していたのだが……
(惜しいな。本当に惜しい。魔力があるから魔法使いになろうとしてるんだろうが、イオの身体の動かし方はどちらかといえば前線で戦う戦士向きだ。それでもそこまで才能がある訳でもないが)
黎明の覇者というランクA傭兵団の中では凡庸といった程度の素質だろう。
だが、もっとランクの低い傭兵団の場合は、それなりの存在感を持つのは間違いなかった。
「そのまま黙って聞け。お前はそれなりに戦いの才能はある。ただ、それはあくまでもそれなりでしかない。それでも才能だ。……俺は魔法使いとしての才能はないから何とも言えないが、まだ見習い魔法使いの今なら、戦士に方向性を変えることが出来るんじゃないか?」
「悪いですけど、そのつもりはないですね」
アイゼッハのアドバスはイオにとっても嬉しい。
しかし、本人が言ったようにイオの流星魔法について知らない以上、イオがそのアドバイスを聞く訳にはいかなかった。
(そこそこの戦士の才能と、ゴブリンの軍勢を一撃で消滅させる魔法。そう考えれば、どっちを優先するのかは考えるまでもなく明らかだな)
イオにしてみれば、ここで戦士を選ぶというのはありえない。
……もっとも、戦士や魔法使いというのはあくまでもこのまま黎明の覇者で傭兵として働く場合になったらの話で、それ以外の道に進む場合はどうなるか分からないのだが。
イオの進路の候補の一つにある商人になる場合は、戦士や魔法使いというのはほとんど意味を成さないのだから。
「そうか。まぁ、その辺はお前が決めることで、俺から無理は言えないしな。ただ、杖を使うのなら槍の戦い方を勉強してもいいかもしれないぞ。模擬戦ではそれなりに杖を使えていたし」
「槍、ですか。杖だけに杖術といった印象が強かったんですけど」
「……杖術?」
杖術という言葉に聞き覚えはなかったのか、アイゼッハは不思議そうな視線をイオに向ける。
本当にこの世界には杖術というものがないのか、あったとしてもマイナーなのか。
(恐らく後者だな)
イオが集めた情報によると、色々と例外はあるものの、この世界の魔法使いというのは基本的に完全な後衛だ。
そうである以上、いざという時に杖を武器に使う者はいても、具体的にそれを武術として成立させるといったことを考えた者はそう多くなかったのだろう。
(それに杖術って言われれば僧兵とかが使ってるって印象だしな。……実際には本当にそうなのかは分からないけど)
杖術が僧兵というのは、あくまでもイオのイメージでしかない。
実際には身分が低く脇差しを使えなかった者たちであったり、役人が犯罪者を捕らえる武術の一つとして発展したというのが正しい。
この辺はあくまでも漫画やTV番組で知識を入手していたイオの限界といったところか。
「簡単に言えば、杖を武器にして使う武術のことです。……もっとも、下手に杖を武器にすると、それで杖が破壊されてしまう可能性もありますけど」
「それは……大丈夫なのか?」
「どうでしょう? ただ、そういうのもあると思い出しただけですから。俺も実際に自分の目で見たことがある訳じゃなく、あくまでも人伝にそういうのがあると話を聞いただけですし」
「なるほど。興味深いな。興味深いが……とにかく、話はこの辺にしておくか。かなり暗くなってきたし、そろそろ夕食の時間だ」
アイゼッハのその言葉に、イオは改めて周囲を見る。
するとたしかにかなり暗くなってきていた。
「そうですね。この状況でこれ以上訓練をしても危ないだけですし」
こうして、イオの訓練は終わるのだった。
「美味い! いやぁ、黎明の覇者の何が嬉しいって、食事が美味いところだよな!」
夕食の時間、イオは一緒の馬車に乗っていた面々と共に食事を楽しんでいた。
サンドイッチを食べた男の言葉は、その話を聞いている者全員が同意することだ。
イオもまた、英雄の宴亭の食堂で食べた料理には劣るものの、それでもこの料理は十分に美味いと思える。
(いやまぁ、本職……それも貴族や大商人達の使う宿屋の食堂にいる料理人と傭兵が片手間で作る料理を比べるのが、そもそも間違ってるんだろうけど)
とはいえ、本職には及ばなくても少しでも美味い料理を食べたいと思うのは当然で、だからこそ料理をする者たちは少しでも美味くなるように工夫する。
「食事ってのは、戦いをする上でも重要だろう? なのに、俺が前にいた傭兵団は食事をケチってよ。あれ、多分補給を担当していた奴が料理を安くあげて、その差額を横領してたんだぜ」
料理が美味いという会話の中で、不意に一人の男がそう告げる。
その言葉には、他の何人かも同意するように頷いていた。
「そうそう。食事ってのは粗末にしようと思えばかなり粗末に出来るから、横領しようと思えば簡単なのよね。でも、それで食事が不味くなってくると傭兵団としても士気が保てない。食事の悪い傭兵団は弱いってよく言われるもの」
「腹が減っては戦は出来ぬって奴だな」
日本でも有名な言葉を口にするイオだったが、そんなイオの言葉は話を聞いていた者たちにとっても十分に納得出来ることだったのだろう。
「そうそう、まさにそんな感じだよな! ちなみにそれに付け加えるとしたら、不味い飯でも戦は出来ぬってところか」
「ちょっと。それは言いすぎじゃない。不味くても、腹が減るよりはマシでしょうし、多少は動けるんだから」
「それは……でも、それで動きたいと思うか?」
「傭兵なら、それでも動かないといけないときとかあるでしょうに」
「ともあれ、だ。レックスが作ってくれたこの料理は美味いよな。今日はレックスが中心になって料理をしたんだって? かなり手際がいいって他の連中が褒めてたぞ」
「あ、あははは。僕は以前いた場所ではそういうことばかりやらされてましたから」
黒き蛇で雑用をさせられていたレックスだったが、その雑用の中には料理もある。
決して多くの金を貰っている訳ではないのに、それでも不味い料理を出すと殴られるのだ。
レックスにとっては、殴られてないためには安い食材でどうにか美味い料理を作るしかなく……それが結果的に、レックスの料理の腕を上げることになっていた。
本人にその自覚はあまりないのだが。
「ふーん。黒き蛇って悪い噂を聞いたことがあったけど……いや、悪い」
そこで黒き蛇について何かを言おうとした男の一人だったが、それがレックスの前にいた傭兵団であると思い出したのだろう。
すぐにレックスに向かって謝る。
「いえ、気にしなくてもいいですよ。実際、世間に流れていた悪い噂の大半は当たってるでしょうし」
本来なら、レックスも自分の古巣である黒き蛇を庇った方がいいのだろう。
しかし、レックスは自分がそこで経験してきたことを考えると、庇う気にはなれなかったらしい。
そんなレックスの様子を見て、他の者たちの顔には微妙な表情が浮かぶ。
この件にはこれ以上触れない方がいいだろうと、そう判断したのだ。
「そ、そう言えば……料理が美味いって話だけど、港街での依頼は新鮮な魚介類を食べることが出来るからいいよな」
「そうね。料理が美味しいのはいいけど……兵力を船に乗せて運搬するとか、そういうのになると私はちょっと嫌だわ」
「お前、船酔いするもんな。ああいうのは、慣れだよ慣れ」
「あのね、私はあんたみたいに大雑把な性格をしている訳じゃないのよ」
そう言う女だったが、船酔いが慣れだというのは事実だ。
漁師となった者も、最初は船酔いに苦しむ。
その状態でも何日も船に乗り続け、それで少しずつ船酔いに慣れてくる。
つまり、船酔いにならないようにするためにはそれだけ船に乗り続けるしかない。
……実際には、初めて船に乗っても全く酔わない者もいるのだが。
(そう言えば、俺も中学校の修学旅行で北海道に行ったとき、フェリーで船酔いしたよな)
船酔いの話に、イオはそんなことを思い出す。
「大雑把でも、それで船酔いしないならいいだろ? 繊細でも船酔いをするのなら、傭兵としてそれはどうかと思わないでもないし」
「ぐ……それは……」
男の言葉は女にとっても大きな一撃だったのだろう。
何も言えなくなる。
実際、傭兵として船に乗れるかどうかというのは、それなりに大きな意味を持つ。
「それより、こうして野営をするってことは夜は見張りも必要になるんだよな?」
「ああ、その件ね」
話題が逸れたことで女は安堵しつつ、イオに答える。
「見張りに関しては、イオは客人扱いだからやらなくてもいいわ」
「え? いいのか?」
「客人だというのもあるし……私たちは見張りに慣れてるけど、イオは慣れてないでしょ?」
「それは、まぁ」
日本にいたときは野営の見張りなどといったようなことはなかったし、この世界に来てからは山で一人で暮らしていた。
一人である以上、見張りといったようなことは出来ない。
そういう意味ではイオが見張りに慣れていないのは間違いのない事実だった。
「でしょう? 今回はあくまでも客人としてなんだから、その辺は気にしなくてもいいわよ」
その言葉に、荷物の積み卸しはどうなんだ? と思わないでもなかったが、他の者が仕事をしているのに自分だけなにもしないというのは、落ち着かない気分だったのは事実。
そういう意味では荷物の積み卸しを手伝ったのは悪い気分ではなかったと思いつつ、イオは会話をしながら夕食を楽しむのだった。




