0033話
黄金貨やミスリル貨といったような高額な……高額すぎる貨幣は、イオとしては持ち歩くのを遠慮したい。
そもそも、まだ自分はこの世界の常識について完全に理解していないとイオも自覚している。
下手な行動をした場合、それは致命的なミスとなる可能性は十分にあった。
あるいは大金を手に入れたことで気が大きくなって、馬鹿な使い方をする可能性も否定は出来ない。
イオが稼いだ金である以上、その金額をどう使おうとイオの自由ではあるのだが。
(うーん、どうする? 黄金貨やミスリル貨を持っていたら、間違いなく挙動不審になるだろうし)
少し前まで一介の高校生だったイオが、百万円や一千万円を持ち歩いた場合、普段通りに行動するような真似は出来ない。
世の中には高校生で数千万円を自由に使うといったような者がいるというのは、以前TVで見た記憶がある。
しかしイオはそんな特別な高校生ではなく、東北の田舎で暮らしているだけの普通の高校生だ。
百万円どころか、十万円相当の金貨を持っていても挙動不審になる可能性があった。
幸か不幸か――イオにしてみれば不幸でしかないが――水晶が精神的な強化をしてくれたものの、それはこのようなときには効果がなかったらしい。
「えっと、その……正直、そんな大金を持っていると挙動不審になりそうなので遠慮したいんですけど」
「そうなると……そうね。私たちがその金額を預かっておくということも出来るけど……」
「あ、じゃあそれで」
大金を持ち歩かなくてもいいというローザの提案に食いつくイオ。
だが、そんなイオに対してローザは待ったをかける。
「待ちなさい。最後まできちんと話を聞いてから決めること。……いい? 私たちが預かっておくというのはイオにとって悪い話じゃないと思うわ。けど、その場合イオが何らかの理由で資金が必要になったとき、私たちがそこにいないと意味はないのよ」
「あ……」
言われてみればそうだと、イオは言葉に詰まる。
当然の話ではあるが、この世界にはATMといったものは存在しない。
銀行の類はないのか? と思ったが、水晶の穴だらけの知識と、今日街中を歩き回った限り銀行のような物は存在しないらしいのは確認している。
あるいはもっと大きな街や都市に行けば話は別なのかもしれないが。
であれば、イオがそのゴブリンの諸々を売った金を自由に使えるようにするためには、黎明の覇者と一緒に行動する必要があった。
そして黎明の覇者と一緒に行動するとなると、やはり一番いいのはイオが傭兵団に所属することだろう。
それはイオも理解している。理解はしているものの、それでも今の状況を思えば素直に傭兵団に所属してもいいものかどうか悩んでしまう。
黎明の覇者という傭兵団に憧れている者たちにしてみれば、スカウトされているにもかかわらず、何故そこで迷うのかと思う者は決して少なくないはずだった。
とはいえ、それは立場の違いがある。
すでに傭兵として活動している者にしてみれば、黎明の覇者へのスカウトは決して断るべきことではないのかもしれないが、イオはまだ傭兵としてやっていくと決めた訳ではない。
もちろん、それは傭兵になりたくないという訳ではないのだが、それでも他にまだ何らかの道があるのかもしれないと、そう考えている。
(本当にやりたいことがあるのならともかく、そういうのがないのなら、黎明の覇者一択なんだろうけど)
黎明の覇者に所属するのならまずは傭兵として登録する必要がある。
そのように登録したばかりの者が傭兵団の中でも最高峰のランクA傭兵団に入れるのだから、傍から見れば、一体どこまで恵まれているのだと思われてもおかしくはない。
「黎明の覇者はいつまでもドレミナにいるんですか?」
長期間ドレミナにいるのなら、ある程度の時間は金を引き出すことが出来る。
であれば、この世界での生活に慣れて黄金貨やミスリル貨を持っていても動揺しないようになる可能性もあった。
そのようになるのなら、イオにとってはそれなりに十分な余裕があると思えるのだが。
そんなイオの言葉に対し、ソフィアは少し考えてから口を開く。
「そこまで長い間という訳にはいかないと思うわ。元々私たちがここにいるのは、ゴブリンの軍勢の一件があったからだもの。ゴブリンの一件が終わったら、戦うべき敵もいないのよね。ダンジョンの類はいくつかあるようだけど、そこまで大きなものではないし」
「そう……ですか」
イオにとって、その言葉は予想は出来たものの、やはりこれ以上は無理なのかと思ってしまう。
「ええ。とはいえ、明日すぐに出ていくという訳ではないわ。ゴブリンの軍勢の諸々に対しての清算もあるし、ゴブリンの軍勢が他にいる可能性もあるから何とも言えないわね」
「ゴブリンの軍勢? 俺が倒した連中以外にまだ軍勢がいるんですか?」
「可能性はあるわ。相手がゴブリンである以上、その繁殖力は非常に高いもの」
そう言うソフィアの顔は嫌悪感に歪んでいる。
ソフィアだけではなく、ローザの顔にもまた同様の嫌悪感が浮かんでいた。
それはゴブリンの繁殖方法に人間の女が使われることが多いからこそ、同じ女としてゴブリンに対して強い嫌悪感を抱いているのだろう。
同じような生態を持つモンスターとしてはオークがおり、こちらもゴブリン同様に嫌われている。
だが、オークはゴブリンと違って肉や素材といったように倒した場合の旨みがある。
ゴブリンの場合は、上位種でもなければ魔石であってもかなり低額となっていた。
「じゃあ……そうですね。取りあえず様子見をしている間に色々と考えてみます。それで黎明の覇者が出るときにまだ俺が何も決めていない場合は……傭兵になるかどうかはともかくとして、一緒に行動したいと思います」
「へぇ、私たちを護衛代わりに使う訳ね」
イオの言葉を聞いたソフィアが、面白そうに言う。
黎明の覇者と一緒に鼓動すると言ったイオにそんなつもりはなかったのだが、黎明の覇者と一緒に行動しながら黎明の覇者に所属している訳ではないのだから、そう考えればソフィアの言葉は正しい。
そして護衛として考えた場合、ランクA傭兵団の黎明の覇者はこれ以上ない護衛だろう。
その辺の盗賊が襲ってきたところで余裕をもって撃退出来る。……いや、そもそも黎明の覇者はモンスターをテイムして騎獣に使っているように、外から見ただけで非常に強いのは明らかだ。
そうである以上、盗賊としてもよっぽどの考えなしか、あるいは実力者でもなければ襲うといった真似はしないだろう。
豪華な……豪華すぎる護衛として黎明の覇者を利用するのかと、ソフィアが面白そうな様子を見せるのは当然のことだった。
「え? いえ、そんなつもりはなかったんですけど……そういう風になりますね」
「ちょっとソフィア、あまり馬鹿なことは言わないでちょうだい。その話が妙に広がって、それで私たちと一緒に行動したいなんて相手が出て来たらどうするつもり?」
ローザにしてみれば、黎明の覇者が利用されるのは面白くない。
これが護衛依頼を受けての行動ならともかく、今回のイオの件が変な風に広がった場合、黎明の覇者と一緒に行動すれば無料で護衛をしてもらえると認識される可能性がある。
普通なら、黎明の覇者のようなランクA傭兵団に護衛の依頼を頼んだ場合、高額の報酬を要求される。
それが無料になるのだから、商人としては……あるいは商人ではなくそれ以外の旅人も同じように認識してもおかしくはなかった。
ローザの様子に、ソフィアも少しだけ真面目な表情を浮かべて口を開く。
「別に本気じゃないわよ。それに……私たちを利用しようとした者がいた場合、不幸な最期を迎えることになるでしょうね」
その言葉と共に笑みを浮かべるソフィアだったが、その笑みは同じ笑みでも今までソフィアが浮かべてきたような笑みではなく、酷薄さすら感じさせる笑み。
イオにとっても初めて見る、ソフィアのまた別の一面。
とはいえ、それもまたソフィアであることは変わらないので、不思議と怯えたりする様子はなかった。
「あら」
そんなイオの様子を見て、意外そうな表情を浮かべるのはローザ。
ローザから見ても、今のソフィアは危険だと思えるような様子だった。
なのに、イオはそんなソフィアを見ても怯えたりといったような真似はしておらず、それがローザにとっては好印象だったのだろう。
ローザはソフィアの部下である前に親友であるという認識の方が強い。
だからこそイオが知らないソフィアの過去も色々と知っており、それを考えると今のイオの態度は嬉しかった。
ローザの視線に気が付いたイオは、その目に浮かんでいる好意的な色に戸惑いつつも話を進める。
「取りあえず、ゴブリンのから入手した諸々の件についてはそういうことでお願いします。……それと、出来ればいいですけど、俺が魔法で降らせた隕石を確保したいんですけど。それは無理ですか?」
武器屋で聞いた話によれば、隕石の中に有用な金属があれば金になるという話だった。
であれば、ここで上手くゴブリンを倒した隕石を入手すればより多くの金になるのでは? と思ったのだが……そんなイオの言葉にソフィアは首を横に振る。
「ちょっと難しいわね。見たところ、あの隕石は結構な大きさだったわ。あれだけの大きさの隕石ともなればマジックバッグの中に収納するのは不可能よ。馬車に乗せて運ぶのも難しい……というか、まず不可能でしょうし」
「無理ですか」
そう言いながらも、イオはソフィアの言葉に納得してしまう。
実際にイオが見た限りでは、隕石はかなり巨大だった。
そうである以上、それをマジックバッグに収納するのが無理となると、イオには手も足も出ない。
ローザが欲しがっているような、容量無限のマジックバッグの類ならイオの希望にも応えられた可能性もあったが。
「そうね。無理よ。あるいは隕石を破壊してそれを運ぶといったような真似は出来るかもしれないけど、どうする?」
「うーん……それはちょっと難しそうです」
イオの身体能力は、山での生活で多少は鍛えられたとはいえ、日本にいたときとそう違いはない。
そうである以上、岩を破壊するといった真似は難しいと判断するのだった。




