0172話
勘の件はともかく、これからどう行動するのかということをソフィアとローザは話し始める。
「それで、案内人の人はどこに行ったの? こっちは自前で追加の案内人を連れて来たけど」
「向こうの方で少し休んでいるわ。ちょっと刺激的な行動を見せてしまったようだから」
「刺激的?」
最初は首を傾げたソフィアだったが、ローザの様子を見て何となく理解出来た。
「こういう場所に住んでいるのなら、死体とかはそれなりに見る機会があると思うけど?」
「そうね。でも、人が死ぬ瞬間を間近で見る機会というのは、あまりなかったみたいよ?」
「……だとすれば、私たちと一緒に行動してなくてよかったのかもしれないわね」
ソフィアが洞窟での戦闘を思い出しながら言う。
自分たちの攻撃で死んだ兵士たちはともかく、一人はイオの流星魔法で身体が爆散して死んでいる。
人が死ぬ光景を見た経験のなかったものが、そのような光景を見たらどうなるか。
普通に考えて、気絶してもおかしくはないだろう。
そんな光景を作る相手と一緒に行動するということは、案内役の村人にとって大きなストレスとなる。
最悪の場合、そのストレスに耐えきれず逃げ出してもおかしくはないだろう。
「どうするの? 一応ソフィアが連れて来た新しい案内役もいるんだし……私達と一緒に行動していた人は村に戻す?」
「本人が望むのなら、それもいいと思うわ。……いざというときに、妙なことをされても困るし」
この場合の妙なことというのは、案内役の村人が何か妙な行動をするというのではなく、たとえば兵士たちのいる場所を包囲しようとしているときに、ストレスと緊張に耐えきれず大声を出すといったようなことだ。
包囲をする前、もしくはしている最中にそのような真似をされれば、当然ながらソフィアたちにとって邪魔となる。
そのようなことになるよりも前に、最初の案内人は村に帰した方がいいのではないかということだった。
「じゃあ、聞いてみるわね」
「お願い。あ、でもそうね、もし帰るにしても、次にどの辺りが怪しいのかというのは聞いておいてくれる? それと新しく連れてきた案内人と引き継ぎもするように言っておいて」
ソフィアの言葉にローザは頷き、これからどうするのかを村人に聞きに行くのだった。
それを見送ってソフィアは、他の傭兵を何人か呼んでそれぞれがどのような行動をしたのか、相手の人数や強さを聞き出す。
聞かれた傭兵たちは、ソフィアと話せるのを嬉しく思いながらも、素直に聞かれたことについて話していく。
このとき、話す内容は客観的な事実だけだ。
このような状況では、普通なら自分の手柄を大袈裟にして話すような者もいるのだが、黎明の覇者においてはそのような者はいない。
当初はいたし、今も新しく入ってきた者の中にはそのように言う者もいるのだが、その辺りが判明した場合は重いペナルティを受けることになるので、自然としなくなっていく。
そうしてある程度の人数から話を聞き終えると、ソフィアは少し悩む。
(敵の兵士がそれなりに入り込んでるのは予想していたけど、少人数で多くの場所に散っているというのは、少し厄介ね)
一人から二人、多くても五人程度。
洞窟で遭遇した敵の数が多かったのは、恐らくあの洞窟が敵にとっての補給拠点となっていたからなのだろう。
もっとも、手数が足りないというのは兵士たちにとっても問題だ。
いくつかの潜伏場所では、洞窟のときのように盗賊を力で従えているところもあったという。
「話は分かったわ。ありがとう。もっとも、あの程度の戦力を相手にこちらが苦戦するとは全く思っていなかったけど」
「そうですね。中にはそれなりに強い奴もいましたが、それはあくまでもそれなりでしかなかったですし。新人組の連中でも問題なく倒すことが出来ましたよ」
報告をした傭兵の一人がそう言う。
もし黎明の覇者について詳しくない者であれば、新人組という言葉を聞いて侮る者もいるだろう。
しかし、黎明の覇者にとっての新人組というのは一般的な意味での新人がいる訳ではない。
あくまでも、黎明の覇者に所属したばかりの新人という意味での新人組だ。
レックスのような例外はあるが、基本的に黎明の覇者に入る傭兵というのは、他の傭兵団に所属した場合は即戦力として戦えるだけの実力を持っている者が多い。
そのような者たちが揃っているのだから、新人組という名前であっても精鋭と呼ぶに相応しい実力を持っていた。
そんな者たちが新人組でこれまで以上の経験をし、問題ないと思われれば新人組を卒業する。
逆に言えば、ずっと新人組にいる者もいるということになるのだが。
そんな新人組だけに、兵士……敵地に侵入して破壊工作をやる以上、相応に技量の高い兵士なのだろうが、そのような者たちを相手にしても苦戦するはずはない。
一方的な勝利となるのは間違いのないことだろう。
「そうね。新人組は相応の強さを持ってるもの。なら……あら?」
上機嫌な様子で何かを言おうとしていたソフィアだったが、不意にその言葉を止め、視線を逸らす。
視線が逸らされた方向……ソフィアが見た方向に、近くにいた者たちも視線を向ける。
するとそこには、まだここに合流していなかった者たちがやって来る光景があった。
それだけであれば、問題はない。
今もまだ本隊に合流していない者たちはいるのだから。
しかし、この場合問題なのはやって来る傭兵たちの大半が怪我をしていたことだろう。
幸なことに、その怪我は致命傷であったり、手足が切断されたり、骨折といったような重傷ではない。
それでも斬り傷を応急手当しただけであったり、打撲であったりといったような怪我をしている者は多い。
一体何がどうなってそのような怪我をしたのか。
いや、侵入した兵士を倒しに行って戻ってきたら怪我をしていたのだから、この怪我の理由は考えるまでもなく明らかだろう。
しかし、同時にそれは一体何故そのようなことになってるのかといった疑問を抱く。
先程まで話していたように、黎明の覇者に所属している傭兵たちの強さは兵士たちよりも上だ。
そうである以上、よほど何らかの大きなミスでもしない限り、ここまで怪我をするようなことにはならないのだ。
「誰か、治療の用意を。それから話を聞いてきてちょうだい」
素早く指示を出すソフィア。
周囲にいた者たちは、すぐその指示に従う。
ここにいる者たちにとって、重傷ではないしろ怪我をした者が出るいうのは予想外だったが、それでも戦場に慣れている傭兵たちだけに、行動は素早い。
(かすり傷程度なら、林や森、山といった場所を移動している中で木の枝や茂みに引っかけて……ということもあるかもしれないし、兵士との戦いの中でも少し油断をして、もしくは相手が予想以上の腕でということもあるかもしれないけど)
それでも、重傷ではないとはいえ、あそこまで怪我をするというのは見ている方にしてみれば完全に予想外だった。
ましてや、黎明の覇者に所属する者の実力を知っているソフィアであればなおさらに。
「どう思う?」
離れた場所で他の者たちと話していたローザが近付いて来て、不思議そうにソフィアに尋ねる。
しかし、尋ねられたソフィアもまた、これですぐにどうこうといったようなことを口には出来ない。
少し考えを纏めるように数秒沈黙してから口を開く。
「一番可能性が高いのは、鋼の刃の傭兵がいたことでしょうけど……」
「鋼の刃の行動方針を考えると、ちょっと考えられないわね」
ソフィアに最後まで言わせずにローザが告げると、ソフィアもまたそんなローザの言葉に頷く。
「でしょうね。鋼の刃はあくまでも傭兵らしい傭兵。戦場の中で出て遭遇するのならともかく、適地に侵入して破壊工作をするとかはしないわ」
実際には、それが出来るだけの腕の持ち主は何人もいるだろう。
鋼の刃もまた、ランクA傭兵団なのだ。
何も知らない新人を引き取ることはない……訳ではないだろうが、それでも他の傭兵団で相応の経験を積んだ者を入団させるという方針を採っていると聞いている。
他の傭兵団においては、当然なら一ヶ所という訳ではなく、複数の傭兵団がある。
そんな傭兵団の中には鋼の刃と同じように戦場で正面から敵と戦うことだけを考えた傭兵団というのは基本的に少なく、大抵が色々なことをする傭兵団だ。
それこそ、敵地に侵入して破壊工作をするといったようなことも普通にやるような。
だが、そんな技術を持っていても鋼の刃の場合は、傭兵団の方針としてそのような真似をするといったことはせず、あくまでも戦場で戦うことに特化した存在なのだ。
鋼の刃のそのような性格については知れ渡っているし、鋼の刃に所属したいと思う傭兵はそれを知った上で入団を希望するのだ。
そうである以上、今のような状況で鋼の刃の傭兵が出てくるとは思えない。
(そうなると、鋼の刃以外にも高ランクの傭兵団がいるのかしら? それ自体は別に不思議ではないけど)
国同士ではなく、貴族同士での戦いが起きる場合であっても、別に片方が一つの傭兵団しか雇ってはいけないということはない。
明確にそのように決まっている訳でもないし、暗黙の了解といったものでもない。
そうである以上、今回の戦いにおいて鋼の刃以外に腕利きの傭兵が揃っている高ランク傭兵団を雇っていてもおかしくはない。
(いえ、もしかして最初からそれが狙いだった? そのために、私たちに鋼の刃が向こうに所属しているという情報を流していたとしたら……)
鋼の刃はその特徴的な性質からかなり有名な傭兵団だ。
もしその鋼の刃が敵に雇われているとすれば、当然だが鋼の刃を強く意識するだろう。
そうなれば、今回の戦争において向こうが奥の手として他の傭兵団を隠し持っていても気が付かない可能性は十分にある。
とはいえ、それだけに自分の領地から大きく回って情報を持った人物を黎明の覇者に合流させるかと言われれば少し難しい一面もあり、ソフィアとしては素直にその予想に頷くことは出来なかった。