獣人族の事情
「ディレイナ嬢。婚約は解消してもらいたい。もちろん此方から解消を願いでるのだから、誓約に基づいて違約金と土地を譲渡する」
「・・・理由をお聞きしても宜しくて?」
今ここは貴族院の個室。婚約の解消をされている私と、会議机を挟んだ目の前に座っている婚約者、だったサルファ様。そして両家立ち会いとして、当事者の後ろに両親。さらに両家の見届け人として男女二組の貴族院職員。
「番が現れた。今年入学した二学年下の猿種令嬢だ」
「それは・・・「おめでとうございます」と申し上げた方が宜しいのかしら?」
私の言葉にサルファ様は歪んだ表情を見せられた。私が嫌味で言った訳ではないことは気付いているのでしょう。
獣人であるサルファ様にとって、『番が現れた』ことは幸運だろう。この広い世界で番に出会えるなど少ないのだ。見つかっても何十歳も離れていることもある。それが二歳差で見つかったのだ。それこそ『奇跡に近い』だろう。
それでもサルファ様の表情が暗いのには理由がある。
「最高学年で退学・・・此処まで頑張ってきたのに」
そうなのです。『番が見つかった獣人は速やかに獣人国に戻り結婚をすること』という法があるのです。番が見つかったことにより、独占欲や嫉妬心から婚約を解消された側に危害を加える者が多く、獣人国がその法を立てて全世界に周知させました。
それに伴い獣人と婚約する場合、獣人側は『違約金と土地の譲渡』が提示されます。婚約を解消後、相手が困ることがないように。というものと、獣人国に戻るのは本人だけでなく家族が一緒です。領地を持つ貴族の場合、領地を手放すことになるのです。そのため、相手にその領地が譲られるのです。
既婚者の場合、離縁されるのです。・・・すでに子供がいても。その子供も捨てられるのです。
番のことになると理性を失い、本能だけで行動を取ってしまうのです。それは番同士だけでなく家族も同様です。
過去に婚約解消をした相手を嫉妬して殺してしまった事件がありました。それ以降、番が現れたら獣人国に強制送還されることになったのです。
「獣人国でもご活躍されることを願っております」
「ありがとう。・・・ディレイナ嬢。貴女を本当に愛していた」
「・・・ありがとうございます。ですが、私は番と出会って狂っていくサルファ様を・・・見たくなどありません」
そう。理性で私を望んでも、本能で選ばれるのは番の相手。番相手が嫉妬するのも『自分だけを見てくれない』からです。そして、嫉妬に狂った番は理性を失います。暴走は嫉妬の相手を殺しても止まりません。
書類に署名をして貴族院職員が書類に不備がないか確認していく。
「書類を受理いたしました。婚約の解消が無事に済んだ事を此処に宣言いたします。それでは両家は背後の扉から退室してください。お疲れさまでした」
背後には扉がひとつずつある。この先は別々の出口に繋がっている。この部屋を出れば二度と会うことはない。サルファ様は此処を出れば、そのまま馬車で獣人国へ送られるのだ。サルファ様のご両親も、数日遅れて獣人国へと向かわれる。
私は婚約した時から『もしも』のために領地経営学を学んできた。もちろん結婚すればサルファ様と領地を経営していくはずだった。
私が席を立つとサルファ様の表情が悲しく揺らいだ。
でも、私はサルファ様に言葉を告げることなく退室した。