勇者と愚者
◇
ルクスから話を聞いたその日の夜。
黒鉄城に部屋を借りたジュールとエルンは、旅支度を済ませながら今後の方針を話し合っていた。
ジュールは部屋の壁に背中を預けながら、両腕を組んで考え込んでいる。ベッドに腰掛けているエルンが「なんだかややこしくなってきましたね」とぼやいた。
「本来の目的だった魔法使いは死んじゃって、代わりに出て来たのが怪物騎士に、私も知らない変な魔剣。それにオウラお姉さまのことも……」
「パンドウラを追う。怪物騎士が出たら倒す。やることはシンプルだ。だが、剣の方はどうだろうな。心当たりすらないのか?」
「少なくとも聖地の記録にすら残されていなかったものです。ただ、一つだけ引っ掛かっていることもあります」
「なんだ?」
「あのルクスって子が言うには、魔法使いギヴァーはその剣のことを〈マリン〉と呼んだそうなんです。実は私も一人だけ、その名前を持つ人物を知っています」
エルンはすでに嫌そうな表情を浮かべている。
ジュールは視線で続きを促した。
「三賢者の魔法使い。一人は虚偽の悪神〈カー〉でした。この街で死んだ〈ギヴァー〉もそのうちの一人です」
「話の流れから察するに、三人目が〈マリン〉なのか。三賢者はどいつもこいつも、ろくでもないヤツしかいないように聞こえるが」
「マリン様が三人目なのは確かです。けれど、この方だけは他の二人とは別です」
エルンは「悪し様に言わないように」とジュールに釘を刺してから続ける。
「マリン様は、魔法使いに隷属させられていた人々を助け、魔法使いの時代を終わらせた偉大な人物です。仲間だった魔法使いと戦うことを選んだ〈裏切りの魔女〉にして、すべての聖剣の生みの親。そして、私たち剣の聖女一統の創設者です」
三賢者と呼ばれる魔法使い。
変身魔法を極めて、神のごとき存在にまで上り詰めた男。
虚偽の悪神〈カー〉。
記憶魔法により効率よい魔力供給を可能にした男。
惜しみなく与えるもの〈ギヴァー〉。
そして、第三の賢者。
終末の怪物と化した〈カー〉を封印するため、人々を隷属させる悪しき同胞たちを止めるため、人々に聖剣という形で力を与えた裏切りの魔女。
それが剣の聖女一統の創設者。
剣の大聖女〈マリン〉だった。
エルンはいつもの陽気さを潜めて語る。
「禁足地には彼女の使っていた鍛冶場が存在すると言われています。もしも、王導の剣を名乗る存在がマリン様の知識を継ぐ何かなら、お姉さまの目的地はそこかも知れません」
「なるほど。話がわかりやすくなった」
「ええっと、そんなことないはずなんですけどね……」
「だが、やることは明確になった。要するにその鍛冶場を目指せばいいわけだ。怪物化の元凶を手探りしていたころに比べたら、格段にわかりやすい。流石は辞書乙女だな」
ジュールは難しい顔をしているエルンの頭をガシガシ撫でた。エルンは「なんという雑な励まし」と呟いたが、その後は大人しく励まされておいた。
そのとき、ジュールがエルンの頭に手を置いたまま、部屋のドアの方に目を向ける。ガシガシする手が止まったので、エルンは顔を上げて尋ねた。
「どうしました?」
「いや、何でもない。明日の朝、食事を取ったらすぐに壁の外に向かう」
ジュールは少し大きな声でそう言った。
エルンは不思議そうに首を傾げなら「わかりました?」と頷いた。
◇
翌日は降り続いていた雨も止み、秋を予感させる涼やかな風が吹いていた。
ジュールとエルンは、ダグファイアに挨拶を済ませると、黒港と禁足地を隔てている壁に向かって移動した。壁の巨大な門は二重の仕掛けで閉ざされていたが、ダグファイアが衛士たちに話を通してくれていた。
そして、ジュールとエルンが壁を越えると、そこに驚きが待っていた。
壁の向こうには、意外にも適度に均された街道と森林地帯が広がっていた。
禁足地とされてはいるが、その由来は風化して久しく、そこに建材や薪に使える資源があるのなら、利用したいと考えるのは当然だ。特にマルフィアとダグファイアは、街の復興のために禁足地への出入りを限定的に認めていた。
だが、ジュールとエルンはそのことに驚いていたのではなかった。
「やっと……来た」
そこにナースが待っていたからだ。しかもそのすぐ近くには、ルクスが荒縄でグルグル巻きにされた状態で転がされている。
ジュールは「そう来たか」と笑い、エルンはポカンと口を開けていた。ルクスは猿轡されているために「もごもご」と芋虫じみた動きで抗議している。
「黒港には、親兄弟を殺した人……禁足地に捨てる決まり、昔あったって……」
ナースはグルグル巻きのルクスを踏んづけ、ジュールを見ながら言う。
ジュールは「それは怖いな」と笑いながら頷いた。
「だから、ルクスは禁足地に……捨てることにした……これは罰、だから……」
「このことは、負け犬殿は知っているのか?」
ジュールは面白がるように笑って尋ねる。
すると、ナースも同じように笑い返し、静かに首を横に振った。
「私のお兄ちゃんは……ストームは、一回だけ、本当に好きなことをやった。負け犬はそれを許した。だから……私も好きに、しようと思う……一回だけ……」
そう言うと、ナースはルクスの猿轡を解き、荒縄を切った。
ルクスは起き上がって改めてナースに向き直る。けれど、何を伝えたらいいか、わからなかった。自分は ストームを殺した。ナースに殺されても仕方がないと思っていた。
それなのにナースは、ルクスのことを逃がそうとしている。
それもオウラを追いかけさせるために。
「……おいこら、愚弟」
黙っていると、ナースがルクスの脛を蹴った。
ルクスは痛みに呻いて蹲る。
蹲っているルクスの後頭部に向かって、ナースは言った。
「ここから先は、君次第……。でも、大事なことなら、自分で伝えな……」
そうして、自分の言いたいことだけ言ってしまうと、ナースは興味を失くしたように壁に去っていった。彼女が手を振ると衛兵が門を開き、彼女は黒港の中へと消える。
その気まぐれな気遣いが彼女らしくて、ルクスは無性に泣きたくなった。
ルクスは壁を眺めた後、意を決してその場に残る二人の方を振り返る。緊張した面持ちのルクスを、ジュールが「自己紹介がまだだったな」と笑って迎えた。
「俺は勇者のジュールだ」
「辞書乙女のエルンです。まぁ、私はすでに名乗ってますけどね!」
そう言うエルンの背中には、一本の聖剣があった。退魔剣〈オウラソード〉。この剣だけはオウラに届けると、エルンはそう決めていた。
ルクスは想像もしていなかった運命に苦笑いを浮かべる。
同時に思う。
ストームに負けないくらいの、掛け値なしの命懸けを――今度こそ。
「汚れ屋のルクスだ」
そして、ジュール、エルン、ルクスの三人は禁足地の奥へと旅を始めた。
パンドウラとオウラを追うために――。




