軍医と弓使い②
◇
リピュアたちが漁港に着くと、周囲にはすでに人だかりができていた。
しかし、その人だかりもさらに現場の近くまで行くと、疎らになる。
眼前の光景の凄惨さが、見物人を遠ざけていた。
浜辺には壊れた船の破片と、その乗組員だったと思われる人たちの遺体が流れ着いていたのだ。
遺体は損壊の程度も酷く、目を覆いたくなるようなものばかりだった。死んだ後で魚に食われたのも大きいだろうが、五体満足なものが極端に少ない。
「これは……言葉にならなんな……」
リピュアはこみ上げる吐き気を堪えながら、その現場を見ていた。アウロラはリピュアをその場所から遠ざけようと腕を上げる。
しかし、リピュアは「私が知っておくべきことだ」と主張して聞かなかった。
ドグは駆け込みの男性に案内されて、ただ一人の生存者の方に向かう。
その生存者は、漁師たちによって浜の物置に移されていた。
彼は五体こそ満足であったが、身体は冷たくなり、顔には精気がなかった。
そして何より、その脇腹には深々と木の破片が食い込んでいる。もう随分な量の血が、そこから失われていた。
素人目にも「これは助からない」とわかる。
それでも、ドグは患者の身体を温めて、傷の手当てを始めた。傷が痛むのか、その男性は苦悶の表情を浮かべる。
そこにリピュアがやってきた。
リピュアは生存者のすぐ隣に座ると、彼の手を優しく握った。
「痛みは、まだあるか?」
すると、生存者は安らかな表情を浮かべた。
リピュア本人も理屈はよく知らなかった。ただ、彼女には幼いころから、苦しむものに触れて、その痛みを和らげる不思議な力があったのだ。
その力も、彼女が〈勇者〉と呼ばれる所以の一つだった。
「俺の……仲間は……?」
唯一の生存者はかすれた声で尋ねる。
誰も答えられなかった。
そして、答えがないことの意味は、生き残りの彼にもわかった。
「そうか、みんな先に逝ったか……」
生存者は涙も枯れた顔でそう言うと、虚ろに笑った。
ドグは治療を続けながら、その傷の重さに顔を歪めそうになるのを堪えた。
「無理に喋らなくていい。私は医者だ。君を治す」
「治す、か。いいや、自分の身体は、自分が……これは、無理だ……」
「私のところに来る患者たちもよくそう言うが、そんなことはない。医学を軽んじてはいけない。大丈夫だ。私はこれでもいい腕をしている」
ドグは懸命に励ましたが、青年にはもう聞こえていなかった。
彼は痛みを知らない安らかな顔で、リピュアを見る。「本当に痛くねぇや。あんたはきっと女神様だな……」と呟いた。そして、振り絞るように言葉を続けた。
「船に……怪物が、仲間が怪物で、俺たちは……みんな、食われちまったッ……」
「怪物だと、青年、それは一体どんな――」
しかし、リピュアの問い掛けにも返事はなかった。
彼はもうこと切れていた。
ドグは静かに治療の手を止めた。悔しかった。
わかっていても、納得できる死などそこにはなかった。
およそ人間が辿るべき死に方ではない。
その浜にあるすべての死に対して、ドグは怒りと無念さを覚えていた。
リピュアは決然と立ち上がり、「噂は本当だった」と口にした。
「やはり、調べる必要がある、それも早急に」
「立場を考えて下さいと、再三申し上げております」
「しかしだなッ!」
「私がやりましょう」
ドグは間を置かずにそう言った。
彼の姿からは、今にも走り出しそうな気配が漂っている。
リピュアは一時だけ虚を突かれたが、すぐに「それは頼もしい」と頷いた。そして、自分の後ろに立っているアウロラに目配せして続けた。
「しかし、貴方だけでは荒ごとのときに不安だろう。アウロラを連れて行くといい」
「なっ、リピュア様ッ、私の役目は貴女の護衛です!」
「そうだ。だからこそ、お前に頼みたいのだ。この事件は、最も信頼のおけるものたちの手によって、早急に解決を図ってもらいたい。そうするべきだと、私の勘が言っている。そしてだ、お前以上に私が信頼できる騎士は、他にいない」
「し、しかし……」
アウロラは突然の指令に狼狽える。
「私は明日にも街を出るが、貴女はどうする、アウロラさん?」
ドグが「私はどちらでも構わない」といった目でアウロラを見やる。アウロラは浜に着いた死体と、主の信頼し切った目を見て、受けざるを得ないと腹を括った。
「わかりました。護衛は他のものに引き継ぎます」
リピュアは満足したように笑うと、旅立つ二人の肩を抱いて言った。
「すまないが、よろしく頼む」
そうして、手早く準備を済ませた翌日。
軍医のドグと、弓の名手であるアウロラは、怪物調査のために〈栄光の白港〉を離れた。
雨季の終わり、夏の始まりのことだった。