怪物乙女④
◇
「結局、残りは取り逃がしたか」
ジュールが市場の残骸……とでも呼ぶべき場所でそう呟いた。
怪物騎士が駆け回ったせいで、市場のあった通りは局所的な台風でも来たかのような有り様になっていた。その瓦礫の渦のような場所に一体の怪物騎士が横たわっている。首には深々と勇者の剣が突き刺さっていた。
四体が同時に逃げようとした瞬間、ジュールが剣をぶん投げたのだ。それが怪物騎士の兜と鎧の隙間を突き、頸椎を綺麗に貫いていた。
(矢を少し取っておけばよかったか……)
ジュールはそう内省しながら、怪物から剣を引き抜いた。強まった雨が、剣にこびりついた血糊を流していく。ジュールは怪物の手にしていた聖剣も回収すると、少し離れたところに立つエルンを見た。
エルンはルクスとオウラの消えた方に顔を向けて立ち尽くしている。
ジュールは怪物の死体を火葬して、エルンに歩み寄った。
「お姉さま。追って来るなって、私を殺したくないからって……」
エルンはジュールを見上げると、困惑した表情で呟いた。
ジュールはそのちっこい頭をガシガシ撫でた。
「とにかく追うしかないだろう。パンドウラのこともあるし、確かめるにしても本人がいなければ始まらない。安心しろ。何があっても、お前が彼女に殺されることはない。俺が付いているからな」
「お姉さまのことは?」
「ギリギリまでは殺さない。だが、わかっているな?」
ジュールはそこで甘やかすことはできなかった。
悪神の怪物はすべて殺す。自分の幼馴染を、友の妹を、かつての仲間たちを、自らの手で討ってきたジュールが、その道を曲げることはできない。
オウラの心が、すでに怪物と化しているのなら――人を殺すことに何の躊躇も持たないというのなら、ジュールは殺す。妥協はない。
エルンはそんな彼の歩みを一番近くで見続けた人間だ。彼女自身、彼にその生き方を変えてもらいたくはなかった。
「わかりました。それで充分です。ありがとうございます!」
そう言って、エルンは気持ちを切り替える。
もう浮かない顔はしていない。けれど、ジュールに手渡された聖剣を見て、彼女は堪え切れずに顔を伏せた。怪物騎士から回収された一振りの聖剣。
あまりにも出来過ぎていた。
エルンはその聖剣を抱えて、思わず嗚咽を漏らす。
「どうして今ここで、私の方に来ちゃうんですよぅ……」
それはすべてが真っ白な、細身のショートソードだ。
選ばれたものだけがその刃を輝かせることができるという第一級の聖剣。その輝きは使い手を守護し、あらゆる災いを跳ね除けると言われていた。
純ルナ鉱石製である、オリジナルセブンの一つ。
退魔剣〈オウラソード〉だった。
◇
オウラと三体の怪物騎士は、壁の向こうに消えた。
ジュールとエルンは、オウラの消えた路地を辿っている途中、意識を失っているルクスを発見して彼を保護した。数は減らしているとはいえ、食人屍が出る可能性のある場所に、意識のない少年を放置することはできなかったのだ。
それに禁足地へと踏み込むなら、最低限の旅支度は必要だ。
剣一本であらゆる敵を斬り伏せる勇者も、剣一本では生きていけない。
ジュールとエルンは一度、保護したルクスを連れて黒鉄城に向い、そして、ジュールはダグファイアたちと再度合流すると、夜明け前には食人屍の掃討は完了した。




