邂逅②
◇
黒鉄城は食人屍の群れに半ば占拠されていた。
最初と二番目の食人屍が、マルフィアとドロックであったのがまずかった。魔剣マフィアの幹部二名だ。城内の衛士や世話人たちでは、様子がおかしくても「おかしい」と指摘しにくい人物である。だから、多くのものが初動で襲われた。
早朝、ダグファイアが事態に気づいたときには、ほとんど手遅れだった。
ダグファイアは残された少ない手勢を住民の避難と警護に向かわせると、彼自身は食人屍を足止めするために黒鉄城を封鎖した。
「二流のクズにしては、よくやった方か……」
ダグファイアは壁に背中を預けて、折れた自分の剣を見下ろす。
続いて中庭を埋める五十以上の食人屍の群れを眺めた。
マルフィアとドロックの食人屍だけは意地で仕留めたものの、岩砕剣〈ドリル〉に愛剣を折られていた。
まぁ、剣の一、二本で切り開ける状況とも思えなかったが。
(こんな状況でも、ストームがいればどうにかなったか……)
一対多数の戦闘を得意とするストームなら、群れになった食人屍すら倒し切る可能性はあった。そう考える自分に、ダグファイアは自嘲気味に笑う。
(ああ、自分は本当に弱くなった……)
ダグファイアは食人屍に囲まれてそう自戒する。
その昔、六剣学園に在籍していたころのダグファイアは、酷い自惚れ屋だった。
下級生を見下し、弱いものに自分の意志を押し付けた。誰の助言にも耳を貸さず、自分の力だけを誇示してみせた。
実際のところは、そうでもしていないと、自分の力を実感できなかったからだ。
そうしないと実感できない程度しか、実力も才能もなかったのだ。
自分のちっぽけな力を大きく見せることに腐心して、他人の力に敬意を持てなかった。他人の実力を認めることが、己の矮小さを受け入れることのように感じられた。他者の意見に耳を貸すことが、己の愚を晒すことのように思われた。
だから、優れた師、優れた学友のいる学園で、何一つ学べなかった。
その結果、真に優れた剣士に敗れて学園を去ることになった。
(俺は愚かで弱かった……だが)
その後、一族からも追放されてようやく、ダグファイアは自らの非才を呑み込めた。自分の弱さを受け入れると、他人の実力を称賛できるようになった。それでやっと、他人の力を借り、助言に耳を貸す余裕が生まれた。
二流としての生き方を見つけたのだ。
借りられるものは借り、利用できるものは利用する。自分より優れたものにはへりくだって教えを請い、有用なら子ども相手にも頭を下げた。
他人を頼る。そういう道を選んだ。
それが賢い生き方だったと思っていた。
事実、他人に頼り、他人に任せることで、可能なことは広がった。怪物から黒港を守ったのも、その後の立て直しも、一人では到底できなかった。
だが、頼ることで失われるものがあった。
他人に縋ることで削られるものがあった。
頭を下げ、教えを請い、自らの未熟を知る度に、剥がれ落ちるものがあった。
望む自分の姿から日増しに乖離していき、それを「自分は二流だから」と嘯いて誤魔化し続けた。受け入れたような顔をして過ごしてきた。そして、空虚な気持ちが残った。
(結局どう足掻いても、俺はこの程度の役回りというわけか……)
ダグファイアは、すでに食人屍に囲まれている。折れた剣一本では、押し寄せる食人屍の波を切り開く術などない。ここが二流の限界だと、彼は左目を閉じる。
そして、爆音で目を開けた。
眼前に迫っていた食人屍たちが、爆発に巻き込まれて散り散りになっている。
ダグファイアはすぐにストームを連想した。
けれど、二階から飛び降りて来たのは、包帯少女のナースだった。
「ナースがなぜボムを――いや、どうしてここに来た?」
「ストームは死んじゃった……。だから、今度は私がやる……」
「ストームが、死んだ?」
「うん」
ダグファイアはしばらく信じられない思いで黙った。
その後で「だが、無謀が過ぎるぞ」と憤った。ボムがあっても、ストームほどに使い熟せない限り、これだけの数の食人屍を相手に戦えない。そして、ストームは特別だった。
助けに来てくれたことは嬉しいが、あまりに無謀だ。
ダグファイアは折れた剣を握り締めると、ナースを庇うように前に出た。
「俺が時間を稼ぐ。ナースはすぐに城を出ろ」
そう言うと、ナースは「無謀は負け犬の方」と呆れて二階を指差した。
「私はちゃんと、生き残ること、考えてるもん……。ここに来る途中……なんか、すごいおじさん、拾ったし……。大丈夫だと思う」
「今、何を拾ったと言った?」
「おじさんではない」
その声と同時に、二階から続けざまに矢が放たれる。
矢は食人屍の頭に突き刺さると、激しく炎上した。
正確に射られる矢が、中庭に溢れていた食人屍を見る見る減らしていく。その光景にダグファイアは呆気に取られた。
中庭の食人屍を間引くと、二人組が二階から飛び降りて来る。
燃える右腕を持つ男と、手荷物のように抱かれている小さな女だ。男の方は空になった矢筒を捨てると、小さな女を地面に下ろし、背中の剣を引き抜いた。
そこからの男の強さといったら、さらに圧倒的だった。
食人屍は最後の一匹まで残らず斬り倒される。馬鹿げた強さだ。
「街でこいつらを倒していたら、避難中の住民と衛士たちに会ってな。彼らに『貴方を助けて欲しい』と頼まれたんだ。そこのお嬢ちゃんに出くわしたのは偶々だったが、おかげで薄っすらと状況は理解できた。貴方は慕われているな」
男は刀身を炎で清めながら、振り返ってダグファイアに言った。
ダグファイアもその人物の噂は知っていた。
冬の終わりを告げる真っ赤な右腕と、輝く剣を持つ、最強の男の噂だ。
「アンタがあの?」
「おそらくその通りだ」
絶望的な状況を覆した男は、「いつものことだ」みたいな顔で立っている。そして、たった一振りの勇者の剣を納めると、これまたいつものように笑い、あの名乗りを上げた。
「俺は勇者のジュールだ」
その背後で「辞書乙女のエルンですよ」と、ちっこいのが言った。




