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邂逅①

        ◆


 ()()()()()()()()


 ルクスはその強い罪悪感と惨めな敗北感とに苛まれて、遅まきながら王導の剣に対する猜疑と恐怖を抱いていた。


 ――ここに至るまでの判断は、本当に自分の意志だったのか。

 ――あの剣に踊らされているんじゃないか。

 ――それとも自分が責任転嫁したいだけなのか。


 ルクスは廃屋に隠れると、夜明け間近まで剣から距離を取って震えた。

 そして、戦いの疲労が遅れて来たのか、日の出に合わせて眠りに落ちた。泥のような眠りだ。


 そのルクスが目覚めたのは、鼻先を血の臭いが掠めたからだ。


 最初は身体に染みついたストームの血の臭いだと思った。けれど、外が騒がしいことに気づいて、ルクスは廃屋の外を覗った。そこに混乱が広がっていた。


 逃げる人。追いかける人。流れる血。


 紫色の斑紋を持つ人間が、飢えた獣のように人々に食らいつく。紫の斑紋は傷口から被害者にも広がっていき、そして、街の至るところに食人屍が蔓延り始めた。


 黒鉄城から溢れた食人屍(グール)が、すでに街の中を汚染しつつあった。


 ルクスでも王導の剣に教えられるまでもなくわかった。この光景はパンドウラの引き起こしたものだと。わからないのは、誰がこれを起こしたか、だ。


 ルクスは躊躇しながらも王導の剣を握った。

 すぐに声が聞こえてくる。


『出遅れた感満載だけど、ようやく気付いてくれたようね』

「これはどうし――誰がやった?」

『お察しの通り、パンドウラが使用された。でも、そっちの予想は外れ。使ったのはオウラじゃない。君の知らない飛び入りのゲスト。しつこいヤツ』


 王導の剣は相変わらず、すべてを見透かしたように囁く。


『ある意味、君の望んだ状況ではあるのかしら。このまま眺めていれば、じきに取り返しのつかない地点に到達するでしょう。どうする?』

「どうするって……」


 ()()()()()()

 ストームとの戦闘時に抱いた惨めで卑近な思いは、ルクスの脳裏に拭い難く刻み込まれていた。

 王導の剣はルクスの思考を読んで囁く。


食人屍(グール)が一定数を超えたら、私でも対処し切れない。生き残るためには、やっぱりパンドウラが必要よ。食人屍(グール)は汚染されていない生物に自動で反応するから。そして、パンドウラは刀身そのものが汚染されている。所有者だけは食人屍(グール)に襲われない』

「パンドウラ、何度聞いても〈聖なる〉要素がゼロだよ」

『どんな道具も使い方次第よ。そんなことより、話を戻すわ。パンドウラは今、黒鉄城を出て移動中。まぁでも、これは私を探しているのでしょう』

「つまり、アンタの知り合いが持ってるの?」

『知り合いであることは否定しない。王導の剣の製作者だから。好きだった女の子の記憶を複製して、剣に転写するような終わった趣味の持ち主よ。表を歩いていれば、向こうから勝手に見つけてくれるでしょう』

「アンタを持って表を歩けと……?」

『命令なんてしない。今までも、これからも。決めるのは君の意志。君の身体を使って戦ったのも、君がそう提案したから。そうだったでしょう?』


 王導の剣はルクスの猜疑にやんわりと釘を刺した。

 言外に「自分を疑うのは不当だ」と主張している。

 ルクスは不安を抱きながら、それでも結局は王導の剣に従ってしまった。最善の選択肢を示されている、という誘惑に抗えなかった。


 何よりストームを殺した今、引き返すには遅すぎた。


        ◆


 ルクスは逃げる人々の流れに逆らって歩いた。

 食人屍(グール)の多くは、黒鉄城の方角から流れてきている。自然と逃げる人は黒鉄城から離れるように逃げていた。反対にルクスは、黒鉄城に近づく。


 ルクスは食人屍(グール)を斬りつつ、立ち回り易い広い通りを選んだ。


 食人屍(グール)の対処は、二、三匹までなら難しくはなかった。動きは早くないので、背後に回って首を刎ねる。それだけでいいが、それ()()に絞ることが肝心だ。


 食人屍(グール)は手足や腹を斬られても怯まずに襲い掛かり、正面から戦うと負傷覚悟で強引に押し倒してくる。捕まって噛まれたらそれまでだ。そして、首以外への攻撃は、食人屍(グール)に捕まれるリスクを上げるだけだった。


 安全な背後から、確実に首を落とす。これに専念する。


『相手の〈正体〉と〈倒す方法〉さえ知っていれば、単体での対処は難しくない相手よ。それでも、群れで押し寄せられたら防ぎ切れなくなるわ』


 王導の剣は食人屍(グール)の血肉を浴びながら、落ち着いた様子で囁く。その王導の剣が補助しているからか、剣を振り抜く手応えは驚くほどに滑らかだ。

 ルクスは視界にチラつくストームの残像に吐き気を覚えたが、込み上げる胃酸を堪えて首切り職人に徹した。


 青ざめた顔で剣を振り続ける。


 その姿に絶望を待望していたころの面影はなかった。


 ルクスは市場のある通りに出る。露店にはいつものように商品が並んでいるが、客も店主もすでに消えていた。片付ける間もなく追い立てられたのだ。


『何でかしら、思ったより感染速度が遅いわね。それと、ようやく本命が来たわ』


 ルクスは返り血を拭いながら、剣の囁きで顔を上げた。

 枯れ枝のようにやつれた老人が、市場の真ん中を悠々と歩いてくる。顔の左半分を〈咎人の証〉に埋め尽くされた、波打つような剣を引きずる魔法使い。



「ずっと会いたかったよ、マリン」



 ギヴァーだった。


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