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三賢者のギヴァー

        ◆


 ルクスが逃げ、ナースがストームを見つけたころ。


 深夜の黒港。

 その船着き場に一隻の不審船が近づいていた。


 魔剣マフィアの幹部ドロックは手下の海賊からその報告を聞き、船を出してその不審船を包囲した。

 マルフィアが意識を失っている今、万が一もあってはならないと、本人自らが聖剣を携えて事に当たっている。

 ドロックは相手に停船を求めたが、なしのつぶてだった。


「お頭、どうする。さっさと沈めちまうか?」


 ドロックの脇に立つ部下が、雨の中で松明を掲げながら言う。岩砕剣〈ドリル〉の力を使えば、船を外側から破壊できるだろう。

 危険を冒して乗り込むまでもない。

 ドロックも「そうだな」と同意すると、螺旋状に捻じれた聖剣を手に取った。

 そのとき、ドロックと部下の会話にしわがれた声が割り込む。


「絶望は常に記憶から生まれる」


 見ると、不審船の縁に一人の老人が立っていた。

 背筋はしゃんと伸びているが、襤褸布から覗く手足は朽木のようで、皮膚には絞った雑巾のようにしわが刻まれている。


 そして、老人の顔にはルクスやマルフィアと同じ〈咎人の証〉があった。


 それも特大の、顔の左半分を覆いつくすほどの痣だ。


 老人の両目は白濁し、視力を宿しているようには見えなかったが、正確にドロックの方を向き続けていた。ドロックが目を凝らし、老人を見返していると、その背後に虚ろな人影が幾人か並んでいることに気づく。


 小雨に晒されることも構わず、老人は矍鑠とした口振りで続けた。


「記憶とは過去だ。過去の積み重ねが個人だ。個であるという人の意識が絶望の苗床だ」

「年寄りの言葉だと、何でもそれっぽく聞こえるもんだな」


 ドロックはそう言って肩を竦めた。

 眼前のそれが〈虚偽の悪神〉と並び語られる存在とも知らず。その老人の姿をした厄災はにんまり口を開き、穴だらけの歯並びを見せて笑う。


「つまり、記憶に介入する魔法が最も高尚ということだ」


 三賢者の魔法使い。

 惜しみなく与えるもの、ギヴァーはそう言った。


        ◆


 約束の三日目。

 夜明け前。

 厚い雨雲が、空を覆っていた。


 ドアの押し開く音で、病床のマルフィアは意識を取り戻した。

 

 マルフィアはからからに喉が渇いていたし、頭もガンガン痛んだが、それより先に現状を把握しようと、ドアを開けた大男に尋ねた。


「ドロック、私はどれくらい眠っていた。ルクスと剣はどうなった?」

「それを訊くのは私のはずだった」


 そのしわがれた声に、マルフィアは目を剥いた。

 顔の左半分に〈咎人の証〉を持つ老人が、ベッド近くの椅子に腰かけている。

 マルフィアはその顔を知っていた。

 そして、その顔が以前と違うことも指摘できた。


「ギヴァー、なぜ貴様が黒港(ここ)に。それに貴様の顔、咎人の証が減っているだと……?」

「そう、右半分、枷を外すことができた。カーの復活までは予想外だったが、悪神の眼球を使い潰したかいはあった。今ではこうして微力ながら魔法も取り戻せた」


 ギヴァーはそう言いながら、隣に立ったドロックを小突く。

 ドロックは無反応だった――明らかに異常だ。

 マルフィアは目覚めたばかりで満足に動けない身体を歯がゆく思う。


 動けたなら、今すぐに眼前の老いぼれを縊り殺している。


 ギヴァーはガナルカンに解体された組織犯罪集団の一員であり、同時に新興宗教の教主だった男だ。


『不当な差別を受ける我々こそが、本来は選ばれた存在だった』


 ギヴァーはそう謳い、信者たちを束ねていた。

 この魔法使いは〈咎人の証〉を持つものを集めて〈永遠に朽ちない眼球〉を御神体とし、信者からの畏敬をその御神体に注ぎ続けた。


 王導の剣を隠していた部屋は、本来はその御神体の保管場所だ。


 そして、あの場所こそが〈虚偽の悪神〉復活の地でもある。


 永遠に朽ちない眼球は、とりもなおさずあの悪神の身体の一部だった。眼球は信者たちの畏敬を魔力として貯蔵する〈器〉として利用されていたが、悪神は眼球一つから変身魔法によって残りの身体を作り上げた。


 聖剣に封じられたはずの悪神が蘇った理由だ。


 マルフィアは一時期、ギヴァーの信者だった。


 そのことを後悔しなかった日はない。


 この男の口車に乗せられて、あの絶望に加担してしまった。


 それで失われた未来のことを思うと、腸が煮えくり返り、愚かな自分の頭を叩き割りたくなる。それでも恥を忍んで生きているのは、全うせねばならない役目があるからだ。黒港が安定し、真に街を託せるものが現れるまで守り続けると決めたからだ。


 マルフィアは溢れる殺意を隠しもせず、ギヴァーを睨む。


 そのとき、彼女はふと気づいてしまった。


 ギヴァーが、何か持っている。


 それは波打つような刀身を持った剣だ。


 特殊な鋼は薄っすらと紫がかり、不規則なパターンで色の濃淡を変えている。


 マルフィアは身を強張らせて、涸れた喉を絞るように叫んだ。


「貴様ッ、私の記憶をすでにッ!」

「子どもごときに奪われた点は度し難いが、奥の手を用意していた点は評価しよう。この悪趣味な剣は、彼女を炙り出すのにちょうどいい」


 ギヴァーが椅子から立ち上がると、ドロックはマルフィアを押さえつけた。

 抵抗できない彼女の腹部に、ギヴァーが剣を突き立てる。マルフィアの身体がビクンと跳ねた。

 しわがれた声が、災禍の扉を開く〈鍵言葉〉を唱える。



「悪辣を持って邪悪を排す。禁断の箱を開け、パンドウラ」



 マルフィアの顔から血の気が失われる。

 腹部の傷口から紫色の斑紋が広がった。その斑紋が全身に達すると、マルフィアの目から人間らしさが失われる。瞳孔が開いていた。


 虚ろな目をした彼女は、ドロックを押し倒して喉笛に食らいつく。


 すると、ドロックの傷口からも紫色の斑紋が広がった。


 ドロックはなされるがままだ。そして、全身に斑紋が及ぶころ、彼もまた人間としての生に終わりを告げる。


 二つの影がむくりと立ち上がった。


 ギヴァーはマルフィアとドロックだったものを従えて病室を出る。



「さぁ、今迎えにいくからね、()()()



 そして、最初と二番目の食人屍(グール)が黒鉄城に解き放たれた。


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