VSストーム④
◆
――爆発。
ルクスは爆風に煽られて無様に転がった。
それと同時に意識がハッキリしてくる。両手が王導の剣から離れたからだ。爆発を避けるためには、剣を手放すしかなかった。
急速に現実味を帯びる世界。
白昼夢から覚めたルクスの前には、傷だらけのストームが立っていた。
腹部には王導の剣が刺さり、回避が間に合わなかったのか、爆発を受けた左腕は肘から先が吹き飛んでいる。その肘の先から真っ赤な滝のように出血していた。
ストームは残った右腕で王導の剣を引き抜く。
王導の剣が、石畳の上に投げ出された。
お喋りはカランと虚しい音を立てて黙り込む。
「…………」
ストームは生きているのが不思議な身体で歩くと、ボムを拾った。
ルクスは何も言えなかった。動くことすらできなかった。怖気づいていた。あの絶望の冬を経験した上でなお、ストームの現状は壮絶の一言に尽きた。
どう見ても致命傷を負い、それでもストームはいつもの軽薄さで笑っていた。
「――ったく。世話の焼ける弟だね、キミは」
ストームは左足を引き摺るように近づく。
ルクスは壁際に立ち、実感を伴い出した死の気配に脂汗を掻いていた。
「ナースより手が掛かるってのは、よっぽどだ」
ストームはボムを掴んだまま、右腕を壁に伸ばしてルクスに迫る。そして、反抗期の弟を持つ兄のように苦笑いした。その次の瞬間には、血反吐をぶちまける。
ルクスの頬にストームの吐血がかかった。
その生々しい質感と血の臭いは、マルフィアを刺したときとも、衛士を殺したときとも違った。嫌に生温かく、咽るほどに鉄臭く、紛れもなく現実だった。
ストームは吐血のかかる距離でルクスに囁きかける。
「道連れもまぁ、ボク一人くらいなら、仕方ないで済ませてあげるつもりだったけど……」
ストームは右手のボムを突き刺した。
――自分自身の右胸に。
ストームが前のめりに倒れる。ボムを突き刺したまま、ルクスにもたれかかった。ルクスは棒立ちでその細く壊れかけの爆弾を受け止める。
「これじゃあ、どっちの道連れだか……」
ストームが呟き、笑った。
ルクスは肩を上下させながら荒い呼吸を繰り返す。
殺されると思った。
死の気配は、今では手で触れるのではないかと思うほどだった。不意打ちで喉を刺されるのとはわけが違う。ここに至って、ルクスに無駄な考えを持つ余裕はなくなった。どんな感情も、思惑も、建前も無意味だった。
死にたくない。
かつてこれ以上真剣に、心の底から何かを願ったことはなかった。
「――――……」
ストームの身体がずり落ちる。
べちゃっと水っぽい音を立てて石畳に倒れると、それきりだった。
ルクスはその場に立ち尽くす。生き残った。勝利と呼んでいいはずだった。けれど、ルクスの胸に広がったのは黒い染みのような敗北感だった。
ストームは死を恐れなかった。
彼だけは本当の意味で捨て身だった。
それを見た後では、自分の覚悟がいかにも安っぽく思われた。覚悟の差。その事実は「実力でストームに及ばない」と悟ったときの何十倍も、ルクスの内心を蹂躙した。
しばらくすると、小雨が降り始めた。
ルクスは王導の剣を拾い、よろよろと逃げるように立ち去った
◆
日付が変わるころ、包帯少女のナースが、ストームの亡骸を見つけた。
細長い路地の薄汚れた石畳の上だった。うつ伏せに倒れている、左腕のない死体。腹部から溢れた血だまりが、雨粒を受けて小刻みに波紋を広げている。
ナースは、ストームを仰向けに起こした。
彼の胸にボムが突き立っているのを見て、次いでいつもと変わらない軽薄な形に釣り上げられた口もとを見る。ナースにはそれで十分だった。ストームが、やりたいようにやったのだとわかった。
ナースは怒らなかったし、恨みもしなかった。
ルクスに対して復讐したいという気持ちはない。
彼女が今思うのは、少しだけ寂しいということ。
もう、ストームとお喋りしたり、彼の悪趣味な冗談を聞いたり、嵐のように戦う姿や居心地の悪い兄貴面を見ることが、全部できなくなってしまったということ。
「…………」
ナースはしゃがみ込み、長いまつげを下に向けて、ストームの軽薄な微笑みを眺める。雨粒がいくつかその顔に落ちていた。
そして、十分に見納めると、彼の胸からボムを引き抜いた。
ナースは雨の中を走り出す。その背後で小さく弾ける音がした。路地には真っ赤な染みと肉片が広がり、それらは雨に洗われていった。
ストームの最期だった。




