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VSストーム②

        ◆


 異変が始まったのは、日没の少し前だった。


『――おかしいわ』


 王導の剣が、初めて怪訝そうな声を出した。

 そのときのルクスたちは、衛士の廃屋ローラー作戦を避けて、夕闇の路地を歩いているところだった。ルクスは歩調を緩めずに手元に囁いた。


「剣とお喋りする以上におかしなことがある?」

『付かず離れず、どういうことなの。私たちの先を読むように動いてるヤツがいる。この気配は間違いないわ。ボムの魔力よ』

「最悪の相手だ。いつもみたいに撒けないの?」

『やっているのよ、ずっと。でも、まるで私が読んでいることを知っているみたいに――次の角、右に折れてすぐにまた右よ』


 王導の剣に従いながら、ルクスは背筋にナイフを突きつけられているような寒気を覚えていた。

 

 ストームの気配が追ってきている。


 王導の剣の読みすら無視して。


 王導の剣は、それから二時間近くも気配を撒くためにルクスを歩かせた。空には分厚い雲が広がり、日は完全に沈んだ。

 けれど、ストームの気配は決して離れず、その気配を避けるように進んだ結果、ルクスと王道の剣は、知らず知らずのうちに細長い一本道に誘導されていた。


『勘がいいとかいう次元じゃないわね。このまま真っすぐに進んだら、衛士の詰所の真ん前に出ちゃうみたい。この一本道でどうにかするしかないわ』

「簡単に言ってくれる」


 ルクスは足音に引かれて振り返る。腹を括るしかなかった。

 高い石壁に左右を挟まれたこの路地の先で、不条理な死の代理人は、生き別れの兄弟と再会したかのように微笑んだ。

 そして、ストームは何の躊躇もなくリンゴを投擲した。


        ◆


 ボムはそのアイスピック状の刀身で突き刺した物体を爆弾に変質させる聖剣だ。

 使用方法は簡単、ものに突き刺し、引き抜くだけ。ボムを刺している間は起爆しない。その間はボム自身が手榴弾のピンの役割を果たすからだ。

 そして、ボムを抜いて数秒後。

 リンゴだろうと、人体だろうと例外なく、それらは死を連鎖する破壊と化す。


『――弾き返して!』


 ルクスは王導の剣に従い、咄嗟に投げつけられたリンゴを蹴り返した。リンゴは、ルクスとストームの中間地点で爆炎を伴って炸裂する。


『今度は下ッ!』


 王導の剣の指示。

 見れば、爆炎の下を潜るようにストームが踏み込んでいた。爆炎を目くらましに利用したのだ。爆発に巻き込まれかねない危険な行為。だから裏をかける。


 ――長引かせるのが一番ダサい。


 ルクスの脳裏にストームの言葉が過ぎる。

 相手が殺す気になるより先にぶっ殺す。

 自分の言葉を体現するように、ストームは左逆手持ちのボムを振り抜く。

 どこか一ヶ所でも身体を刺されたらアウトだ。

 例え腕で受けようと、爆発は間違いなく上半身を丸ごとぶっ飛ばす。


(ホント、物騒なことこの上ないよッ!)


 ルクスは王導の剣でボムを受け流すが、ストームの狙いは王導の剣を防御に使わせることだった。

 ストームは弾かれながらなお一歩踏み込んだ。彼の右腕が狙っていたようにルクスの左耳を掴み、引き寄せる。ルクスの体勢は激痛で大きく崩れた。


 崩れてがら空きになった首筋。


 今のルクスの体勢だとちょうど死角になっていた。


 一撃必殺を、人体の急所に、死角から確実に当てる。

 これはそのためのパズルだ。手垢が付くほどやり込んだそれを淡々と解き直すように、ストームはボムを振り下ろした。


 無駄口を叩かず、感傷的な言葉の一つもない。


 言動とは裏腹に、ストームは戦いを楽しむ戦闘狂いではなかった。彼のやり方はいつだって効率重視だ。

 明るい笑顔の下で彼が考えているのは、勝つための最短ルート。


 けれど、その攻撃は予期せぬ形で防がれた。


 見えていないはずの攻撃が、王導の剣の刀身に阻まれたのだ。同時にルクスが引き寄せられた勢いのままストームに浴びせ蹴りを放つ。

 ストームは難なく躱したが、その隙にルクスは野良猫のように距離を取った。

 ストームは「やるね」と手の中でボムを弄びながら言う。ルクスは荒い呼吸で王導の剣を構えたが、呼吸を整えるような暇は与えられていなかった。


『違う、もう仕掛けられてるッ!』


 ルクスは咄嗟に反応する。

 一瞬遅れて近くの石畳の一つが弾け飛んだ。

 ストームが躱すと同時に仕込んでいたのだ。


 予想外の爆発。


 ルクスは顔を庇うように両腕を上げた。


 咄嗟の判断。自然な反応だが、それは死角を生む。


 ストームは爆発を避けながら、ルクスの死角を突くように壁を蹴って襲い掛かる。畳み掛けることで、呼吸を整えたり、立ち回り考えたり、反撃に必要な手順を踏ませない。


 王導の剣もストームの猛攻に驚愕の声を上げた。


『何この子、戦いの天才じゃない!』


 ルクスは「んなこと知ってる!」と叫んでやりたかったが、無駄口を叩く余裕があるはずもなかった。一撃必殺のボムは優先して防がないといけないが、ボムを防げば、ストームの右腕が、両の足が、ルクスの急所に迫り、体勢を崩しにかかる。


 しかも、壁や地面の石畳、転がっている生ゴミなどが、攻防の合間に爆弾に変えられているのだ。周囲の環境のすべてが、ストームの武器と化していた。


(ああ、クソ、欠片も歯が立たない……)


 ルクスが辛うじて命を繋いでいるのは、王導の剣のおかげだ。ストームの思惑を察知し、一瞬早くルクスに伝える〈助言〉があるからだ。


 それに加えて、ルクスも流石に気づいていた。


 助言を受けても防ぎ切れない「致命傷を負いかねない攻撃」のときに限って王導の剣が自動で防いでいることを――声帯を勝手に使ったときのように。


(俺だけか、全然ついていけてないのは……)


 ストームの天才的なセンス。

 王導の剣の超常的な危機察知と援護。

 二つの実力者の間で、未熟なルクスは王導の剣の足かせに堕していた。


「おい、お喋りッ!」


 ルクスは冷や汗を掻き、無様に転げ回り、ボムの切っ先を命辛々弾きながら叫ぶ。続きを言い切るより先に、王導の剣が先んじて『本気で考えてる?』と尋ねていた。


「勝算はッ!?」

『このまま君がやるよりは――』

「だったら上等ッ!」


 叫ぶルクスの眼前にストームの右掌底が迫る。ルクスは咄嗟に左腕で防ぐが、彼の左腕が自らの視界を塞いでしまった。即席の目隠し。ストームの狙い通りだ。


 ルクスは寒気を覚えて跳び下がろうとした。


 しかし、ストームに足を踏まれて動けない。


 目隠しで作った死角から巧妙に動きを封じてくる。二人は今、ほぼゼロ距離だ。王導の剣を振るには密着し過ぎており、刀身の短いボムを刺すには最高の間合いでもある。


 ストームが使ったのは、ジュールも得意とする立ち回りで攻撃を封じる技術。


 ストームが、ルクスの懐から必殺を見舞う。


 上半身を捩じり、最小かつ最速で左逆手のボムを振り抜く。



「選手交代」



 ルクスは右手をストームの左手首に軽く当てた。ボムの軌道がわずかにずれ、同時に自分からもストームに近づくことで、左腕の外側へと身体を流す。


 最小手数での防御は、瞬時に反撃へと繋がる。


 今度はルクスが、王導の剣の柄頭を振り抜く。


 ストームは咄嗟に身を翻したが、ルクスには頬骨を打つ手応えがあった。ただし、今のルクスを、ルクス本人と呼んでいいのなら。

 王導の剣が続けざまに閃くと、ストームは初めて自分から距離を取った。頬の擦り傷を拭いながら、ストームは獲物を見定めるように目を細める。


 ストームは一瞬の攻防で見抜いていた。


 今までのルクスの動きと、今の一瞬の動きは明らかに毛色が違っている。別人と断言できるほどに。


「今、変わったね。アンタ、誰?」


 ストームは神憑り的な勘のよさで、兄弟の間に割って入った無粋ものを誰何した。無粋ものは剣を両手で捧げ持ち、刀身の影から小首を傾げて微笑んだ。


「刻んであげるわ、その身体に――なんて、こういうもの言いは陳腐かしらね?」


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