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VSストーム①

        ◆


『辞書乙女の協力は取り付けられたわ。城内に内通者がいれば、パンドウラを入手する方法はいくらでもある。今は一度、ここを出ましょう。厄介な猟犬もいることですしね』


 あの夜、王導の剣はそう主張し、ルクスはそれに従った。

 知り合ったばかりの相手、それも妙な剣の指示に従うことに抵抗はあったが、反抗して切り抜ける方法も思いつかなかったのだ。事実、王導の剣の指示通りに動くと、巡回の目を掻い潜り、難なく城外に逃れることができた。


 ルクスとしては結果を受け止めるしかない。


 喋くり回すだけの聖剣だが、その助言は確かに有用だと。


「これからどうする?」


 あれから一夜明け、ルクスは廃屋に身を隠しながら手元の剣に尋ねた。

 王導の剣は、オウラと取り決めた手筈を説明する。


『今から三日後、オウラが市場に買い出しに来るわ。そのとき、彼女に接触して私を彼女に預けなさい。番犬たちの注意は城外の貴方に向いているから、中に入ってしまえば、私とオウラで容易くパンドウラを入手できるでしょう』

「はっ、簡単に言ってくれるよ」

『見つけるのは難しくないわよ。私には、あの城のどこに、何本の聖剣があるか、手に取るようにわかるのだから。それよりは三日後まで君を守り切る方が、まだしも難しいと言えるでしょうね。まぁそれも、私がいるのだから、およそ問題はないでしょう』

「口だけじゃないといいけど」


 ルクスは利き手である左手を見ながら言う。

 すでに血は落としていたし、感傷的な気分になっているわけでもなかった。ただ、違和感が気になっていた。自分の実力以上を引き出されたあの感覚――身体の動きを剣に誘導されたような感じだ。


 マルフィアの口にした言葉も気がかりだった。


 ――その剣は常に身体を欲している。

 ――君の身体をそいつに奪われるぞ。


 ルクスが黙り込んでいると、王導の剣が彼の悩みに答えた。


『あら、気にしてるの。でも、身体を奪うのが目的ならとっくにマルフィアのを奪っていたわよ。あの怪物事件の際にね。そもそも、老いたり朽ちたりする不自由な身体、欲しくないもの。肉の身体を持つ人間の思い上がり、自意識過剰から来る誤解ね』

「考えてることは筒抜けか。まぁいいや。なぁ、アンタはマルフィアの剣だったのか? ならなんで隠し部屋なんかに押し込まれてた? 俺のこと変な名前で呼んでたけど、あれは一体なんだ? アンタはなんで俺に力を貸す?」

『突然の質問攻めね。今の君、私のスリーサイズまで訊き出しそうな勢いよ』

「その扁平な身体からどうスリーサイズを算出すんだよ。欠片も興味ないわ」

『オウラのスリーサイズなら、今すぐ教えてあげられる』

「えっ、そんなことできんのッ!?」


 ルクスは俄然食いついた。

 そういうところは年相応に思春期なのだ。具体的には、畳み掛けた質問をすべて放り出してしまうくらいには、思春期真っ盛りだった。

 王導の剣はルクスの食いつきに気を良くしたのか、他人の個人情報を笠に着て調子に乗った。


『図が高い! スリーサイズを知りたくば、我に平伏せよ!』

「えっ、するする、征服でも報復でも。――で、誰をブチのめす?」

『さては君、平伏の意味を知らないな……?』


 話が猛スピードで横道に逸れていく中、ルクスは人の気配を感じて口を噤んだ。

 廃屋の中に転がっているテーブルの影に隠れて息を潜める。

 王導の剣が、ルクスにだけ聞こえる声で囁いた。


『剣を帯びている気配はないわ。おそらくこの付近の住人ね』


 ダグファイア配下の衛士隊ではないようだ。だからといって、迂闊に顔を見られるわけにはいかない。特にあのストームは、娼婦や客引き、浮浪者などと繋がって独自の人脈を築いている。些細なことから居所を掴まれかねない。


 ストームと殺り合うのは避けたい。


 ルクスの偽らざる本音だ。


 親しくなったというのもあるが、単純に強いからだ。炸裂剣〈ボム〉込みでの実力は、ダグファイアにも劣らない。多数を相手取っての制圧力ともなると、ストームの方にいくらか分があるほどだ。

 だいたい、独力で怪物から炸裂剣を奪い取り、怪物どもを手当たり次第に殺戮して回っていたところをダグファイアに拾われた――という異常な経歴の持ち主だ。

 普段は常識と非常識の間をフラフラしているだけの軽薄な男だが、血生臭いことに関する適性と頭の飛び具合は、魔剣マフィアでも頭一つ抜けている。


 戦うことになったら、勝ち目は限りなく薄い。


 気配が立ち去ったのを確認してから、ルクスは小声で王導の剣に言った。


「昼過ぎにもなれば、廃屋にも衛士の手が入り始めるぞ」

『それまでにここを離れるわ。私の指示通りに動けば大丈夫。さぁ、行くわよ』


        ◆


 王導の剣の指示通り。

 といっても、「二十秒後に路地を渡れ」だの、「三分後にそこの建物に入れ」だの、「背筋を伸ばし、いつもより大股で大通りを歩け」だの、妙に具体的だが意味の分からない内容ばかりで、特別すごい秘策などは授けられなかった。

 それでもルクスは、一度として衛士に見咎められることはなかったし、ストームに情報が飛ぶようなこともなかった。


「これ、どういうからくり?」


 ルクスは王導の剣の指示で入った水車小屋でそう尋ねた。


『人間は自分で思っているより注意散漫で、自覚している以上に何にも見えてないし、聞いちゃいないということよ。簡単に言うと、意識の間隙を突いているの』

「アンタ自身には目も耳もないくせに?」

『私を作ったヤツのしょぼくれた技術よ。反吐が出るわ』 


 王導の剣には反吐を出すための口もなかったが、腹立たしげにそう言った。


「アンタを作った。ってことは、聖剣にも作った人間いたんだ」

『当然でしょう。でも、他の聖剣を作ったのと、私を作ったのは別人。現存する私以外の聖剣は、たった一人の女によって製造されたものだから。私を作ったのは、陰険で陰湿で陰鬱かつ粘着質なゴミ野郎よ』

「なんか、すげぇ嫌ってない?」

『しつこい男って世界で一番終わってる、そう思わない?』

「何があったんだよ、そいつと……」


 王導の剣はよく本題をはぐらかせたし、頻繁に無駄話を挟みたがったが、その助言は常にルクスを安全な方向へと導いた。

 その甲斐もあり、二日間、ルクスは完璧に逃げ果せた。


 そして、二日目の夜。


 約束の三日後まで数時間に迫ったそのとき。


 ルクスの前にはストームが立っていた。


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