王に導くための剣③
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城内が騒がしく、オウラは部屋で目を覚ました。
窓から外を覗けば、小雨の中を衛士たちが灯りを持って歩き回っている。先日の暗殺騒ぎのときとは違う。何か予期せぬことが起きたのだ。
そう思ったところで、ドアをノックされた。
「負け犬だ。聖剣の鍵をもらいにきた」
オウラがドアを開くと、ダグファイアとナースがいた。
オウラは鍵の束を渡しながら何があったのか尋ねる。ダグファイアは鍵を受け取り、走り出す間際に言った。
「マルフィアが襲われた。ナースによる治療が必要だ。襲撃者はまだ見つかっていないから、アンタはとりあえず部屋から出るな。俺やドロック以外には、ドアも開けるなよ」
そして、ダグファイアとナースはすぐに聖剣の保管場所へと走る。
オウラはドアを閉めて鍵をかけた。振り返ると窓が開いていることに気が付く。先ほどまでは確実に閉まっていたはずなのに。
カーテンが風で揺れている。その向こう側に人影があった。
「まさか、貴方が……?」
はためくカーテンの隙間から、返り血を浴びたルクスが歩み出た。
オウラは助けを呼ぼうとは思わなかった。
この少年が自分に害をなす、というイメージが湧かなかったからだ。
「この剣が、アンタに話があるって」
ルクスはそう言って、一振りの銅色の剣を床に置き、こちらに滑らせた。
傷つけないという意思表示。
ルクスは、オウラから距離を置いて立っている。
オウラは剣に近づき、その刀身を見た。
見慣れない両刃剣だ。剣の聖女一統の地では見たことも聞いたこともない。つまり、辞書乙女の知識に照らせば、それは聖剣ではあり得なかった。しかし、それを手にした瞬間、紛れもなく聖剣以外にあり得ない超常性を発揮した。
王導の剣の囁きが、彼女の耳にも届いたのだ。
『はじめまして。愚かな聖女の末裔さん。私は王導の剣。使い手を導き、望みを叶えさせるもの。貴女を賢王にも、魔王にも導くもの。そして、聖剣の真の管理者。私なら貴女の望みを叶えられるでしょう』
◆
その日、ナースと結合剣〈ジョイン〉により、マルフィアは一命を取り留めた。〈咎人の証〉を持つもの特有の悪運の強さなのか、奇跡的に致命傷を避けていたようだ。
ただ、一夜明けても彼女の意識は戻らなかった。
マルフィアは今なお眠り続けている。
衛士たちは夜を徹して襲撃者を探したが、発見には至らなかった。けれど、翌朝になると一つの事実が浮上した。ルクスが黒鉄城から消えていたのだ。
「拾われた恩を仇で返すとはな」
マルフィアの眠る病室で、ダグファイアが呟いた。
その病室には、ストームやナース、ドロック、そしてオウラと――魔剣マフィアの幹部が集まっていた。ストームはいつもの陽気さを陰らせて言う。
「あの子は、恩なんて感じてなかったよ」
ダグファイアは「恩知らずというわけか」と肩を竦めてみせた。
ストームは珍しく攻撃的な視線を送る。
「負け犬にはわからないだろうね。あの子が何を思っていたかなんて」
「では、ぜひご教授頂きたいものだ」
ダグファイアは「どうでもいい」というような疲れた顔で言った。ストームはここにいない弟分のことを思い、無理解な大人に憤るように答えた。
「あの子は不幸が長すぎて、不幸に魅入られてた。そんな子はね、救いも憐憫も望んじゃいないんだよ。あの子にとって不幸は生活の一部だ。不幸なしで生きていくなんて、考えられないほどに。
あの子の望みは簡単だよ。一緒に地獄にいて欲しいってだけだ。道連れが欲しいんだ。寂しがり屋だからね。だから――」
――ルクスは、ボクが殺すよ。
ストームはそう言った。ダグファイアを睨み、牽制するように。
彼の右手にはすでに炸裂剣〈ボム〉が握られている。
ダグファイアは、ストームの単独行動を許した。
ただし、ダグファイアの配下からも捜索隊を出すという条件で。「自分で殺りたければ、先に見つけることだ」というのが、ダグファイアなりの譲歩だ。
黒鉄城に残ったオウラは、何も言わず、黙って二人のやり取りを聞いていた。けれど、オウラの浮かべるその表情は、以前とわずかに違っている。精気のなかった瞳には、世界を敵に回すことを決めたような、暗く切実な覚悟が潜んでいた。
そして、これより三日後。
災禍剣〈パンドウラ〉が、ここ黒港で使用されることになる。




