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ファミリー④

        ◆


 あの路地での乱闘騒ぎの後、ダグファイアに呼び出された三人は一時間に渡って説教を食らうハメになった。要約すると「一応は街の統治を預かる側の人間なのだから、率先して治安を乱すな」という話。至極もっともだった。

 とはいえ、乱闘に至る前にルクスが集団暴行を受けていたのも明らかだったため、罰などは課さないつもりのようだ。厳重注意のみに留まった。


「めっちゃ怒られたね!」

「くっそ怒られた」

「なんで……わたしまで……」


 三人は横並びで、〈説教部屋〉兼ダグファイアの管理する衛士隊の一室を出た。

 そのまま黒鉄城の廊下から中庭を望む回廊に進む。


 三人は三様の表情を浮かべていた。


 ストームは全然懲りていない顔。ルクスが渋面なのは傷が痛むからだ。ナースは不当に怒られたと項垂れていたが、ルクスとストームは「いやいや」と同時に否定した。


「アンタも煉瓦落としたり、割と酷かったからな?」

「なんでもクソもないよね!」

「何のこと……わたし、知らない……」


 ナースは空とぼけた。

 ルクスとストームが「いや無理がある」「流石に知らないはない」と口を揃えて言い立てると、ナースは「聞こえない、聞こえない……」と耳を押さえた。


「それに、わたしは殺してないし……ストームは最初のヤツ、たぶん殺ってる」

「直角に曲がってたもんな、首」

「後腐れなくていいよね!」

「反省の色がない……」

「まぁ、胸糞悪いのが減っただけで、胸は痛まないけど」

「ねっ!」


 ストームは我が意を得たりと両腕を広げる。

 笑顔満面のストームに釣られて、ルクスもわずかに口角を上げた。最後にナースが「ケケケっ」と陰険な笑みを浮かべる。


 ルクスは不思議な据わりのよさを覚えていた。


 ストームやナースと真っ当に喋ったことはなかったが、今まで会ったどの人間より話していて違和感がない。生まれ育った境遇の近さや、それ故に共有している価値観のせいか、ルクスが自覚していた以上に彼らは同類のようだった。


 ルクスは同族意識を覚えながら、けれど、決定的に違う面にも気づいていた。


「アンタら、なんであんなに強いわけ?」


 二人は体格的に恵まれているわけではない。ナースに至ってはルクスよりも華奢だ。それでいて、男たちを一方的に蹂躙していた。聖剣なしでも強いのだ。だが、武術を習えるような環境ではなかったはずだ。


「強いわけじゃないけど、ねっ?」


 ストームが目配せすると、ナースもこくこく首肯した。


「マジでぶっ殺す気の人間ってあんまりいないから……喧嘩するつもりの人間に殺す気で挑んだら、だいたい勝てる、わけ……」

「それから慣れだよね。数を熟せば、自然と最適解わかるようになるし。殺るときは無駄口叩かず、先手必勝。最少手数で殺るに限る。長引かせるのが一番ダサい。相手もその気になるときあるし。ああでも、弟くんは素質あるよ。金玉潰したときに確信した!」


 ストームは「何ならコツ教えるよ~」と肩を組んでルクスの頬をツンツンする。ルクスは口の中も切っていたので「普通に痛いから止めろ」と抵抗したが、ナースまで反対側から肩を組んで「いえーい」と左右から頬をツンツンしてくる。


 ストームもナースも、新しい弟分を構いたくて仕方なかったのだ。


 ルクスはぶすっとした顔になるが、一応は助けてもらった手前――ナースには首の傷を塞いでもらった一件もあるので、強く出られなかった。それにストームの「家族」という言葉が効いていた。彼らのことが満更でもなかったのだ。


「あっ」


 ルクスたちが騒ぎながら歩いていると、中庭の対岸にオウラがいた。オウラもルクスに気づくと、無表情に、けれど一直線に、中庭を突っ切って近づいて来る。


「えっ、あっ……何?」


 途惑うルクスに構わず、オウラはルクスの身体を触って傷の具合を改めた。ルクスがしばらくドギマギしていると、オウラは「すみませんでした」と頭を下げた。


「傷の手当てをしましょう。こちらに」

「いや、その」


 ルクスは口ごもったが、オウラは構わずに腕を掴んだ。

 けれど、ルクスと肩を組んでいたナースが、ぐいっと彼を引き寄せた。まるでお気に入りのおもちゃを取られまいと抵抗する子どものようだ。


「一通りは……わたし、やったんだけど?」


 ナースはオウラをねめつけて言った。

 その言葉の通り、ルクスの身体のあちこちには雑に包帯が巻かれている。


 オウラはナースを一瞥したが、それだけだった。


 無言のままルクスに視線を戻す。


 いつもの通りに無表情だが、その割に圧力があった。ルクスは謎の板挟みに胃まで痛くなる。隣のストームだけが、他人事だと思ってゲラゲラ笑っていた。


「ああ、大丈夫だから、こんなのは全然。殴られんの、慣れてるし……」


 ルクスは緊張感に耐えかねて、そう言ってオウラの手を振り払っていた。

 そして次の瞬間には、よくわからないが「失敗した」と気づいた。


「そうですか」


 オウラはそれだけ言って立ち去った。

 ルクスはその背中を見送りながら、鉛を呑み込んだような胸の重さを覚えていた。ナースもぽかんと口を開けている。


「へぇ~、あんな悲しい顔もできたんだね!」


 ストームだけはいつも通り、夏の陽気のごとく明るかった。ルクスとナースが非難がましい目で見ると、「今の不味かったんじゃない?」と三テンポくらい遅れて顔を顰めた。



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