ファミリー①
◆
――おかしなことになった。
そう思いながら、ルクスは目の前の口論を眺めていた。
「ボス、犬猫の子どもじゃないんだ。ほいほい引き取ろうとするな」
「犬猫の子どもじゃないからこそ、大人がちゃんと面倒を見るべきだろう!」
魔剣マフィアのボス〈マルフィア〉と〈負け犬〉ことダグファイアが、長テーブルの向こう側で侃々諤々やり合っている。
場所はマルフィアの私室だ。
ルクスは長テーブルを挟んで座り、口をへの字に曲げて成り行きを見ていた。そんなルクスの背後には、置物のように辞書乙女のオウラが直立している。
「もとはといえば、お前の判断で助けたのだぞ! うちで面倒を見るのが筋だ! それとも何か、この不遇な少年を捨ておけというのか、負け犬ッ!?」
両目に痣の隈取を持つ女マルフィアは、その目じりに涙を浮かべて熱弁した。
ルクスの身の上話を聞き、感極まっていたのだ。
マルフィアの私室に連れて来られたルクスは、あの場所に倒れていた経緯と彼の来歴を喋るように求められた。
逆らう術のないルクスは正直に語る他なかったが、その結果、悪の首魁マルフィアが情にほだされるという予想外の展開になっている。
眼帯のダグファイアは、上司に無茶ぶりされた村役人のような顔で答えた。
「アンタはまた……街中の浮浪児を片っ端から拾って回るつもりか?」
「可能ならばそうするさ! 勿論だとも! 街の未来のために剣を取り、あの冬を戦ったのだからな! そして、子どもこそが未来だろう!?」
「だが、すべての子どもを救うだけの余裕は、今の黒港にはない」
「すべてを救えないから、目の前の一つを見捨てろと!?」
「我々の力は限られている。資金的にも、人材的にも。その限られた力を恣意的に運用してはならないと言っている。我々は弱い。弱者には弱者の身の振り方が求められる」
「薄情者の人非人めッ! お前なんぞ右腕にするんじゃなかった!」
「俺が右腕でなければ、アンタはあの冬に死んでいたよ」
「女々しいヤツめ、たらればを語るのは卑怯者のやり口だぞ!」
「アンタもご存じの通り、俺は根っからの卑怯者だ。正々堂々なんぞ一流にのみ許された贅沢だ。二流は手段を選べない。理想だけ語らず、現実を受け入れろ」
暗黒時代の再来とまで呼ばれる組織の実情を目にして、ルクスはものも言えずに口を閉ざしていた。とにかく居心地が悪かった。
居心地が悪いのは、ダグファイアの態度のせいではない。
どちらかといえば、マルフィアの発言に対してだ。
そもそも、ルクスは親にすら真っ当に世話をされた記憶がない。物心ついたときから、自分のことは、自分でどうにかしてきた少年だ。誰かに拾われるだの、世話されるだのは、想像の埒外だった。
何より、マルフィアにメリットのない行為だ。親切心を理解できないルクスにはその意図が読めず、不気味で気持ち悪かった。
ルクスは言い争う二人を避けて、背後のオウラを振り返る。
能面のように表情のないオウラが、ルクスに気づいて視線を返した。
「あの……俺は無事に帰れ、れま、ま、ま――帰れるの?」
ルクスは敬語らしきものを手探りして、結局は諦めて訊いた。
オウラは「どうでしょう」と正面の二人に視線を向け直して答える。
「身の安全は保障できますが、それ以外の処遇は彼ら次第です」
「はぁ、教えてもらい、もらう、どうぞ? いや、ああ~、ありがとう……?」
そう頷くルクスは、完全に挙動不審だった。オウラが背後に立っているだけで、何か落ち着かない。そわそわする。意味もなく貧乏揺すり。
しかし、マルフィアはルクスの挙動不審を勘違いしてダグファイアを叱った。
「ほら見ろ、お前が脅かすからこの子が不安がっているじゃないかッ!」
「いや、小僧が挙動不審なのは――」
「お前はいつもそうやって否定から入る! 『いや』だの、『だが』だの、一度でも私の言葉を素直に呑み込んだことがあるか、ないだろう!?」
「いや、そんなことはない」
「ほらみろ、また『いや、そんなことはない』だ!」
「むっ……」
マルフィアの勢いしかない発言が、勢いだけでダグファイアを口ごもらせていると、私室のドアを開いて「おっ、やっとるね~」と軽薄な声が入って来た。
魔剣マフィアの聖剣使い。
童顔の青年、ストームだ。
ストームは部屋の中に入ると、直立不動のオウラに「ごきげんよう! 今日も不作にあえぐ小作農のように不景気そうな顔しとるね!」と元気よく声をかけては盛大に無視を決め込まれていた。
けれど、堪えた様子もなく踊るように部屋を進む。
ストームは鼻歌交じりにステップを踏み、ルクスのすぐ側――テーブルの上に腰掛けると、熱弁のあまり半泣きのボスと、勢いに黙らされた負け犬を見比べた。
ストームは最高のショーを楽しむ観客のように笑い、その二人組に尋ねる。
「――で、どうするか決まったの?」
マルフィアとダグファイアは、口をへの字に曲げてお互いを睨み合った。




