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約束と海③

        ◇


 エルンがチビッコーズに大人気となり、彼女が彼らの相手をしている間。

 ジュールとリピュアは、人だかりから離れるように波打ち際を歩いていた。


 白港に吹く初夏の風が、二人の身体を涼やかに撫でていく。

 

 リピュアの白銀の髪は、海水に濡れてまるで上等なシルクのように輝き、彼女の表情もそれと同じくらい眩しかった。晴れやかに笑い、ジュールに向かって言う。


「今日は久しぶりに気持ちよく泳げました」

「ああ、見事な泳ぎっぷりだった。水中でああも自在に動けるとは」

「それから、申し訳ありません。結局、上手くお教えできませんでしたね」

「いや、まぁ、右腕がこれだからな。子どもたちはみな泳げていたし、教え方の問題ではないだろう。貴女の教え方は、俺よりずっと上手かった」


 ジュールは自分の右腕を叩き、魚港での経験を思い出して苦笑した。

 思い出したついでに、リールと会ったことをリピュアに伝えておく。しばらく剣を教えてみたが、自分の教え方が悪かったことも。


「人に教えるというのは難しいな」

「でも、私もいいと思います。ジュールさんは多くを残すべきです」


 リピュアは真面目な顔で言ったが、ジュールは苦笑した。「多くと呼べるほど、俺はものを持っていないが」と肩を竦めて答える。


「剣一つで村を飛び出した男だ」

「剣一つで世界を救った男です」


 リピュアは、覆らない事実を告げる調子で言った。「それに後世に残せるのは、技術や伝承だけではありませんから……」と視線を逸らして呟く。

 ジュールが「なんだろう、それは?」と尋ねると、リピュアは明後日の方角をしばらく見つめた後で、向き直って早口に問い返した。


「ジュールさんは心に決めたお相手はいらっしゃられないのですか!?」

「うん? あっ、いや、そうか、子ども――子どもか!」

「そっ、そうです。血を残すと言うでしょう。それで、どうなんですか!?」

「いや、いない――約束した相手はいない!」


 リピュアのおかしな勢いに釣られて、ジュールもなぜか力強く断言した。

 リピュアも「そうですか!」と余計におかしなテンションになって頷く。戦いの駆け引きであれば、大抵の男剣士より圧倒的に強いリピュアだったが、この手の駆け引きはからきしダメだった。


 加えて今、リピュアは割とテンパっている。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」


 そのせいか、ジュールに負けず劣らずのド直球で尋ねていた。

 幼馴染に「鈍い」と評されるジュールだが、いくらなんでもこの文脈で話を汲めないほど朴念仁ではなかった。それも「血を残す」というあからさまな話題から来ているので、自然とそういう行為を連想せざるを得ない。というか、想像した。


 リピュアが水着姿だというのも、ジュールの妄想に拍車をかける。


 ジュールは自分の煩悩を振り払うように頭を押さえながら言った。


「いや、その、この上なく魅力的だと思うが……」


 本来ならこうして並んで歩くことなど叶わなかったはずの相手だ。

 小国の御姫様で、容姿端麗で決断力もあり、なおかつ人格者。

 田舎猟師だったジュールには、ケチのつけようがないように思われた。「分不相応」という言葉まで脳裏を過ぎる。この点において、勇者だという自負は意味を持たなかった。


「魅力的だと思うが――()()()()()()?」


 リピュアは半分くらい「おかしな勢いでやってしまった」と思っていたが、同時に「踏み込んだからには、()るか、()られるかだ」という剣士らしい腹の括り方をしていた。


 リピュアは刺し違える覚悟を決めた目で、ぐいっとジュールに近づく。


 ジュールも「臆せば死ぬ」という戦士としての経験に基づいて応じた。リピュアに一歩近づき返して、高速で巡る思考の中から最適解となる言葉を探す。


 二人は一足一刀の間合いで、色恋沙汰とは思えない緊張感を放っていた。


 明らかに殺し合うときの緊張感だ。


 けれど、真剣勝負の緊張をリピュアが解いた。


「ジュールさん、あれが何か見えますか?」


 リピュアは水平線の方に目を凝らして言う。

 ジュールもすぐに視線を追い、その常識外れの目の良さを発揮した。


「流木。いや、人がしがみついている――漂流者か」


 ジュールが言うが早いか、リピュアは海に飛び込んでいた。

 エルンの犬かきとは比べものにならない、洗礼されたフォームで海水を切るように泳いでいく。

 ジュールは見惚れるような彼女の姿から視線を切ると、引き上げてすぐ治療や処置に移れるよう、ボウエイたちを呼びに走った。


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