表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/91

魔剣マフィア③

        ◆


 ダグファイアが、猟犬のレッドを連れて中庭に出ると、とっくに戦いは終わっていた。

 童顔の青年ストームが、奥からやってきたダグファイアに笑いかける。


「はぁ~い、負け犬(アンダードッグ)。一匹おすそ分けしたんだけど、そっちで食べてくれた?」

「ああ、レッドと美味しく頂いたよ」


 ダグファイアは、何も面白がっていない顔で応えながら、変わり果てた侵入者を見る。


 身体が爆散しているもの。


 団子状の肉塊になったもの。


 ほとんど全員が、呻き声一つ漏らせない形状に変わっていた。


 けれど、言葉を話せる生き残りが一人いた。ただし、それもだいぶユニークな形状になっていたが。


「ナースがやったんだ。芸術的だろう!」


 ストームが、包帯の少女を指差して言う。

 ダグファイアが視線を向けると、ナースと呼ばれた少女はふいっと顔を背けた。恥ずかしがっているのだ。


 ダグファイアは、哀れな侵入者の前に立つ。


 その唯一の生きりは、「こんなの、ありえない、うそだ……」と譫言を繰り返していた。ダグファイアは無理もないと思った。


 身体を柱と一体化されてしまうなんて、悪夢としか言いようがない。


 ダグファイアは、ひとしきり眺めると心のこもらない声でストームに答えた。


「ああ、実に芸術的だ。明日の朝、これを広場に展示すれば、黒港の市民たちはみな感銘に打たれて、二度と反乱などという愚かな考えは起こさないだろう」

「よかったね、ナース。負け犬(アンダードッグ)に褒められたね!」

「……ストーム、うるさい」


 ストームが囃し立てると、ナースと呼ばれた少女は赤くなる顔を包帯で隠した。ダグファイアは一通り戦果を確認し、最後にドロックという巨漢に尋ねた。


「侵入者はこれですべてか?」

「廊下でミンチになっているのもいるが、ここに来たのは全員死んだだろう」

「そうか。俺はもうしばらく黒鉄城で様子を見る。ドロック、ストームと一緒に港の方の収束に向かってくれ」

「言われなくてもそうする。俺の船を何隻もダメにされたからな」

「ドロックの旦那と深夜残業に突入だって、負け犬(アンダードッグ)?」

嵐の申し子(ストーム)には、これっぽちじゃ食い足りないだろう」

「ひゅー、言ってくれるねっ! それじゃ、デザートだ!」


 ダグファイアが現状確認と指示を行っていると、彼の愛犬であるレッドが離れたところで吠えていた。ダグファイアが声の方に近づくと、そこには喉を押さえて倒れている少年がいた。


 汚れ屋のルクスだ。


 ストームもひょこひょこと顔を覗かせて「あっ」と声を上げる。


「うっそぉ、殺し損なったのがいたっ!?」

「いや、ストームたちのミスではない」


 ダグファイアはそう断言した。

 そもそも、ストームやドロックの聖剣では、()()()()()なんて可愛げのあることはできないからだ。やり過ぎることはあっても、その逆はない。


 ダグファイアはルクスに側に座り、傷の具合を確認する。まだ息はあるが、このままだともうじき死ぬといったところだ。


 ストームに遅れて、ドロックとナースも何ごとかと顔を出した。


 ダグファイアは、包帯少女のナースを手招きしてルクスの傷口を指で示した。


「ナースの剣ならこの傷口を塞げるか?」

「柱に埋めるより……ずっと簡単だけど……?」

負け犬(アンダードッグ)、愛犬家から少年愛好家に宗旨替え?」


 ナースとストームが、理解できないという顔でダグファイアを見つめた。


 ダグファイアは精気のない左目で、ナースとストームを見返す。


 二人とも自分よりずっと幼く、技術的には大きく劣るものの、殺しの才能だけなら自分より圧倒的に上だった。殺すことに忌避感がなく、真っ当な倫理観を持ち合わせていない。本能的に「どうすれば」殺せるかを理解している。


 長らく荒れ続けた黒港の治世が生んだ、殺しの申し子たち。


 聖剣を与えられた彼らは、もはや手の付けられない殺人鬼だ。しかし、これほどの怪物的な人材がいなければ、あの冬を乗り越えることはできなかった。


 ダグファイアは、彼らにも理解できる理屈を組み立てながら説明した。


「この少年には利用価値がある。黒港解放軍とやらがいかに非道で、それを返り討ちにした我々がいかに正しく、慈悲深いかを証明する材料になるからだ。市民たちはさらなる感銘を受けることになるだろう。彼の傷口を塞いでくれるか?」

負け犬(アンダードッグ)が、そう言うなら……そうするけど……」


 ナースは摘まんでいたメスのような聖剣で、ルクスの傷口を撫でた。

 すると、傷口は瞬時に繋がり、塞がってしまう。


 ナースの持つ聖剣――結合剣〈ジョイン〉の力だ。


 その能力は刃本来の性能の対極にある。何かを切るのではなく、何かを接合する力だ。ジョインの刃で切られると、どんなものも繋がり融合してしまう。

 あの柱と一体化していた男も、ナースがその能力を行使した結果だ。一体どう使えばあんな風になるのか、ダグファイアでは想像もできなかったが。


「素晴らしい手際だ。感謝する、ナース」


 ダグファイアがそう言うと、ナースはそっぽを向いてもごもごと呟く。

 その後、ダグファイアは傷の塞がったルクスを抱き上げ、意識のない彼を黒鉄城の一室に運び込むと、下がり眉の女に容態を見ているように命じた。


        ◆


 ルクスが目を覚ますと、知らない女がいた。ついでにいえば、自分の横たわっているベッドも、ベッドのある部屋も、周囲にあるすべてが見知らぬものだった。


 ルクスは身体を起こそうとしたが、手足が重くて思うように動けない。


 すると、下がり眉の美しい女が、ルクスの身じろぎに気づいた。


「おはようございます」


 と、精気のない声で彼女は言うと、ルクスの身体を支えて起こした。ルクスは抵抗もできずにされるがままだ。

 女性はコップの水をルクスに手渡そうとするが、ルクスは指先に力が入らず、取り落としそうになった。同時に酷く喉が渇いていることにも気が付いた。


 下がり眉の女性は、コップを支えてルクスに水を飲ませてやる。


 ルクスはいくらか水を飲むと、ゴホゴホと咽た。


 水を飲み少しだけ楽になると、彼の頭をいくつもの問いが駆け巡る。自分はどうして生きている。イグルーたちはどうなった。ここはどこだ。自分は今、どういう立場なんだ。


「何か、今の貴方でも食べられるものを用意してきましょう」


 下がり眉の女はそう言って立ち上がり、部屋の戸口に向かった。

 そのとき、ルクスはいつくもの問いの中から最初にそれを訊いた。


「……アンタ、誰だ?」


 下がり眉の女は戸口で立ち止まり、振り返った。

 美しく梳かれた黒い長髪、均整のとれた身体つき、そして、伏し目がちで憂いを帯びた眼差しは、ルクスが知るどんな女たち、娼婦たちとも違って見えた。


 貧民街ではおよそ見たことのない、品位と教養を兼ね備えた容姿だった。


 ただ、品位も教養もないルクスには、それが「どうして違うのか」なんてわからなかったけれど。


「私はオウラ」


 下がり眉の女は、そう名乗り、そして繰り返した。


()()()()()()()()


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ