魔剣マフィア③
◆
ダグファイアが、猟犬のレッドを連れて中庭に出ると、とっくに戦いは終わっていた。
童顔の青年ストームが、奥からやってきたダグファイアに笑いかける。
「はぁ~い、負け犬。一匹おすそ分けしたんだけど、そっちで食べてくれた?」
「ああ、レッドと美味しく頂いたよ」
ダグファイアは、何も面白がっていない顔で応えながら、変わり果てた侵入者を見る。
身体が爆散しているもの。
団子状の肉塊になったもの。
ほとんど全員が、呻き声一つ漏らせない形状に変わっていた。
けれど、言葉を話せる生き残りが一人いた。ただし、それもだいぶユニークな形状になっていたが。
「ナースがやったんだ。芸術的だろう!」
ストームが、包帯の少女を指差して言う。
ダグファイアが視線を向けると、ナースと呼ばれた少女はふいっと顔を背けた。恥ずかしがっているのだ。
ダグファイアは、哀れな侵入者の前に立つ。
その唯一の生きりは、「こんなの、ありえない、うそだ……」と譫言を繰り返していた。ダグファイアは無理もないと思った。
身体を柱と一体化されてしまうなんて、悪夢としか言いようがない。
ダグファイアは、ひとしきり眺めると心のこもらない声でストームに答えた。
「ああ、実に芸術的だ。明日の朝、これを広場に展示すれば、黒港の市民たちはみな感銘に打たれて、二度と反乱などという愚かな考えは起こさないだろう」
「よかったね、ナース。負け犬に褒められたね!」
「……ストーム、うるさい」
ストームが囃し立てると、ナースと呼ばれた少女は赤くなる顔を包帯で隠した。ダグファイアは一通り戦果を確認し、最後にドロックという巨漢に尋ねた。
「侵入者はこれですべてか?」
「廊下でミンチになっているのもいるが、ここに来たのは全員死んだだろう」
「そうか。俺はもうしばらく黒鉄城で様子を見る。ドロック、ストームと一緒に港の方の収束に向かってくれ」
「言われなくてもそうする。俺の船を何隻もダメにされたからな」
「ドロックの旦那と深夜残業に突入だって、負け犬?」
「嵐の申し子には、これっぽちじゃ食い足りないだろう」
「ひゅー、言ってくれるねっ! それじゃ、デザートだ!」
ダグファイアが現状確認と指示を行っていると、彼の愛犬であるレッドが離れたところで吠えていた。ダグファイアが声の方に近づくと、そこには喉を押さえて倒れている少年がいた。
汚れ屋のルクスだ。
ストームもひょこひょこと顔を覗かせて「あっ」と声を上げる。
「うっそぉ、殺し損なったのがいたっ!?」
「いや、ストームたちのミスではない」
ダグファイアはそう断言した。
そもそも、ストームやドロックの聖剣では、殺し損なうなんて可愛げのあることはできないからだ。やり過ぎることはあっても、その逆はない。
ダグファイアはルクスに側に座り、傷の具合を確認する。まだ息はあるが、このままだともうじき死ぬといったところだ。
ストームに遅れて、ドロックとナースも何ごとかと顔を出した。
ダグファイアは、包帯少女のナースを手招きしてルクスの傷口を指で示した。
「ナースの剣ならこの傷口を塞げるか?」
「柱に埋めるより……ずっと簡単だけど……?」
「負け犬、愛犬家から少年愛好家に宗旨替え?」
ナースとストームが、理解できないという顔でダグファイアを見つめた。
ダグファイアは精気のない左目で、ナースとストームを見返す。
二人とも自分よりずっと幼く、技術的には大きく劣るものの、殺しの才能だけなら自分より圧倒的に上だった。殺すことに忌避感がなく、真っ当な倫理観を持ち合わせていない。本能的に「どうすれば」殺せるかを理解している。
長らく荒れ続けた黒港の治世が生んだ、殺しの申し子たち。
聖剣を与えられた彼らは、もはや手の付けられない殺人鬼だ。しかし、これほどの怪物的な人材がいなければ、あの冬を乗り越えることはできなかった。
ダグファイアは、彼らにも理解できる理屈を組み立てながら説明した。
「この少年には利用価値がある。黒港解放軍とやらがいかに非道で、それを返り討ちにした我々がいかに正しく、慈悲深いかを証明する材料になるからだ。市民たちはさらなる感銘を受けることになるだろう。彼の傷口を塞いでくれるか?」
「負け犬が、そう言うなら……そうするけど……」
ナースは摘まんでいたメスのような聖剣で、ルクスの傷口を撫でた。
すると、傷口は瞬時に繋がり、塞がってしまう。
ナースの持つ聖剣――結合剣〈ジョイン〉の力だ。
その能力は刃本来の性能の対極にある。何かを切るのではなく、何かを接合する力だ。ジョインの刃で切られると、どんなものも繋がり融合してしまう。
あの柱と一体化していた男も、ナースがその能力を行使した結果だ。一体どう使えばあんな風になるのか、ダグファイアでは想像もできなかったが。
「素晴らしい手際だ。感謝する、ナース」
ダグファイアがそう言うと、ナースはそっぽを向いてもごもごと呟く。
その後、ダグファイアは傷の塞がったルクスを抱き上げ、意識のない彼を黒鉄城の一室に運び込むと、下がり眉の女に容態を見ているように命じた。
◆
ルクスが目を覚ますと、知らない女がいた。ついでにいえば、自分の横たわっているベッドも、ベッドのある部屋も、周囲にあるすべてが見知らぬものだった。
ルクスは身体を起こそうとしたが、手足が重くて思うように動けない。
すると、下がり眉の美しい女が、ルクスの身じろぎに気づいた。
「おはようございます」
と、精気のない声で彼女は言うと、ルクスの身体を支えて起こした。ルクスは抵抗もできずにされるがままだ。
女性はコップの水をルクスに手渡そうとするが、ルクスは指先に力が入らず、取り落としそうになった。同時に酷く喉が渇いていることにも気が付いた。
下がり眉の女性は、コップを支えてルクスに水を飲ませてやる。
ルクスはいくらか水を飲むと、ゴホゴホと咽た。
水を飲み少しだけ楽になると、彼の頭をいくつもの問いが駆け巡る。自分はどうして生きている。イグルーたちはどうなった。ここはどこだ。自分は今、どういう立場なんだ。
「何か、今の貴方でも食べられるものを用意してきましょう」
下がり眉の女はそう言って立ち上がり、部屋の戸口に向かった。
そのとき、ルクスはいつくもの問いの中から最初にそれを訊いた。
「……アンタ、誰だ?」
下がり眉の女は戸口で立ち止まり、振り返った。
美しく梳かれた黒い長髪、均整のとれた身体つき、そして、伏し目がちで憂いを帯びた眼差しは、ルクスが知るどんな女たち、娼婦たちとも違って見えた。
貧民街ではおよそ見たことのない、品位と教養を兼ね備えた容姿だった。
ただ、品位も教養もないルクスには、それが「どうして違うのか」なんてわからなかったけれど。
「私はオウラ」
下がり眉の女は、そう名乗り、そして繰り返した。
「辞書乙女のオウラ」




