魔剣マフィア①
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「あのガキ、殺しちまうことなかったんじゃないか?」
先頭を走るイグルーに、潜入部隊の〈偉丈夫のホーク〉が苦言を呈した。
潜入直後のことだ。南通用口の前で動かないルクスを振り返り、年嵩のホークは黒外套のフードの下でしかめっ面を作っている。
イグルーは興味のない顔でそれに応えた。
「何か企んでいるようでしたから、早めに処理したまでです」
「だが――」
「言葉遣いのなっていないガキ、嫌いなんですよ」
イグルーは「これ以上の追及は認めない」といった調子で応じ、物陰を利用しながら暗い廊下を駆け抜ける。
しかし、ホークは「だが、妙だぞ」と続けた。
イグルーはお喋りを続けるホークを咎めるように振り返る。
「敵地の中ですよ」
「ああ、敵地の中なのに、敵がいない」
イグルーは立ち止まり、沈黙する。最初は陽動の効果だと思っていたが、言われて振り返ってみると確かに不自然だ。見張りの兵士が本当に一人もいない。
一人残らず出払うなんて、できすぎた話だ。
そのとき、イグルーたちの進路の先、廊下が途切れて中庭の回廊に繋がる戸口から、コロコロと何かが転がってきた。
イグルーは警戒して距離を取り、代わりにホークがそれを確認する。
「これは、ただのリンゴか?」
ホークは訝しみながら手を伸ばす。
それはこの地域の樹木に成る、ありふれた果実だ。
ホークがそれを拾い上げて観察しようとした瞬間、リンゴが爆発した。ホークの手首から先が吹っ飛び、近づけていた頭部も同じように消失した。
イグルーたちの前に〈偉丈夫のホーク〉の死体ができあがる。
失った身体の断面から、じゅーと焼ける音がした。
続けて、同じようなリンゴが七つ、コロコロと廊下に転がり込む。
「走れッ」
イグルーは身の毛のよだつ思いで叫ぶと、残りの部下を連れて全力で走り、最後は爆風に押し出されるように回廊へと飛び出す。
けれど、大半の部下たちは間に合わず、ホークよりも悲惨な最期を迎えるハメになった。
イグルーたちの通り過ぎた廊下には、もはや個人を見分けることもできない死が広がっている。
無事だったのは、イグルーと四人の精鋭だけだ。
そして、回廊に囲まれた中庭には、生き残りを待ち構える人影があった。
得意げな笑みを浮かべる青年。
身の丈二メートルを超える巨漢。
気だるげな目をした包帯だらけの少女。
イグルーたちは、潜入してから初めて遭遇する敵に警戒し、不気味がる。
待ち構えていた――つまりこちらの潜入作戦が漏れていたのだ。それでいて、他の戦力はすべて出払い、たった三人だけで迎え撃とうとしている。
(それを可能にする根拠が、彼らの持つ武器にあるのだろう……)
イグルーはそう推察した。
青年が弄んでいる、アイスピックのような剣。
巨漢の前に突き立つ、螺旋状に捻じれた剣。
少女が摘まんでいる、医術用のメスのような剣。
それらはどれも一見して〈剣〉と呼べる形状をしていない。
しかし、イグルーにはそれらが剣だと思われた。彼は希望の砦で同じように〈剣に見えない剣〉を見ていたからだ。それらはまとめて〈聖剣〉と呼ばれていた。
「ドロックの旦那。ねっ、言った通りに来ただろ?」
得意げに笑う青年が、巨漢に向かって話しかける。
ドロックと呼ばれたしかめっ面の巨漢は、「お前はなんでもお見通しだ、ストーム」と重々しく頷いた。青年は得意げに両手を広げる。「ねっ!」と。
その様子は褒美をもらって尻尾を振る小型犬のようだった。
イグルーの部下たちは同時に短剣を抜き放ち、イグルーに向かって言った。
「ここは我々で時間を稼ぎます。イグルー様はマルフィアを」
「この作戦の成否はその一点だけです」
「ここは任せて目的を」
「ホークたちの仇は我々で」
イグルーは部下の献身的な態度を当然の顔で受け入れた。激励の一つも残すことなく、イグルーは回廊を抜けてマルフィアの私室に向かう。
中庭で待ち構えていた三人は、それを問題なく見送ってしまった。
ストームと呼ばれた青年は、「僕らだけ楽しんでも申し訳ない。〈負け犬〉にも一人くらい分けてあげよう」と肩を竦める。それにドロックが、「お前は気遣い屋だ、ストーム」と重々しく頷いた。包帯の少女が呆れた様子でそっぽを向く。
黒港解放軍のメンバーは、その緊張感に欠ける三人にも油断なく剣を構えた。
日ごろの訓練の賜物だ。
四人の精鋭たちは油断を排して挑みかかり、日ごろの訓練の成果を遺憾なく発揮した後に、惨たらしい最期を迎えた。




