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魔剣マフィア①

        ◆


「あのガキ、殺しちまうことなかったんじゃないか?」


 先頭を走るイグルーに、潜入部隊の〈偉丈夫のホーク〉が苦言を呈した。

 潜入直後のことだ。南通用口の前で動かないルクスを振り返り、年嵩のホークは黒外套のフードの下でしかめっ面を作っている。


 イグルーは興味のない顔でそれに応えた。


「何か企んでいるようでしたから、早めに処理したまでです」

「だが――」

「言葉遣いのなっていないガキ、嫌いなんですよ」


 イグルーは「これ以上の追及は認めない」といった調子で応じ、物陰を利用しながら暗い廊下を駆け抜ける。


 しかし、ホークは「だが、妙だぞ」と続けた。


 イグルーはお喋りを続けるホークを咎めるように振り返る。


「敵地の中ですよ」

「ああ、敵地の中なのに、敵がいない」


 イグルーは立ち止まり、沈黙する。最初は陽動の効果だと思っていたが、言われて振り返ってみると確かに不自然だ。見張りの兵士が本当に一人もいない。


 一人残らず出払うなんて、できすぎた話だ。


 そのとき、イグルーたちの進路の先、廊下が途切れて中庭の回廊に繋がる戸口から、コロコロと何かが転がってきた。


 イグルーは警戒して距離を取り、代わりにホークがそれを確認する。


「これは、ただのリンゴか?」


 ホークは訝しみながら手を伸ばす。


 それはこの地域の樹木に成る、ありふれた果実だ。


 ホークがそれを拾い上げて観察しようとした瞬間、リンゴが爆発した。ホークの手首から先が吹っ飛び、近づけていた頭部も同じように消失した。

 

 イグルーたちの前に〈偉丈夫のホーク〉の死体ができあがる。


 失った身体の断面から、じゅーと焼ける音がした。


 続けて、同じようなリンゴが七つ、コロコロと廊下に転がり込む。


()()ッ」


 イグルーは身の毛のよだつ思いで叫ぶと、残りの部下を連れて全力で走り、最後は爆風に押し出されるように回廊へと飛び出す。

 けれど、大半の部下たちは間に合わず、ホークよりも悲惨な最期を迎えるハメになった。


 イグルーたちの通り過ぎた廊下には、もはや個人を見分けることもできない死が広がっている。


 無事だったのは、イグルーと四人の精鋭だけだ。


 そして、回廊に囲まれた中庭には、生き残りを待ち構える人影があった。


 得意げな笑みを浮かべる青年。

 身の丈二メートルを超える巨漢。

 気だるげな目をした包帯だらけの少女。


 イグルーたちは、潜入してから初めて遭遇する敵に警戒し、不気味がる。

 待ち構えていた――つまりこちらの潜入作戦が漏れていたのだ。それでいて、他の戦力はすべて出払い、たった三人だけで迎え撃とうとしている。


(それを可能にする根拠が、彼らの持つ武器にあるのだろう……)


 イグルーはそう推察した。


 青年が弄んでいる、アイスピックのような剣。

 巨漢の前に突き立つ、螺旋状に捻じれた剣。

 少女が摘まんでいる、医術用のメスのような剣。


 それらはどれも一見して〈剣〉と呼べる形状をしていない。

 しかし、イグルーにはそれらが剣だと思われた。彼は希望の砦で同じように〈剣に見えない剣〉を見ていたからだ。それらはまとめて〈聖剣〉と呼ばれていた。


「ドロックの旦那。ねっ、言った通りに来ただろ?」


 得意げに笑う青年が、巨漢に向かって話しかける。

 ドロックと呼ばれたしかめっ面の巨漢は、「お前はなんでもお見通しだ、ストーム」と重々しく頷いた。青年は得意げに両手を広げる。「ねっ!」と。


 その様子は褒美をもらって尻尾を振る小型犬のようだった。


 イグルーの部下たちは同時に短剣を抜き放ち、イグルーに向かって言った。


「ここは我々で時間を稼ぎます。イグルー様はマルフィアを」

「この作戦の成否はその一点だけです」

「ここは任せて目的を」

「ホークたちの仇は我々で」


 イグルーは部下の献身的な態度を当然の顔で受け入れた。激励の一つも残すことなく、イグルーは回廊を抜けてマルフィアの私室に向かう。


 中庭で待ち構えていた三人は、それを問題なく見送ってしまった。


 ストームと呼ばれた青年は、「僕らだけ楽しんでも申し訳ない。〈負け犬(アンダードッグ)〉にも一人くらい分けてあげよう」と肩を竦める。それにドロックが、「お前は気遣い屋だ、ストーム」と重々しく頷いた。包帯の少女が呆れた様子でそっぽを向く。


 黒港解放軍のメンバーは、その緊張感に欠ける三人にも油断なく剣を構えた。

 日ごろの訓練の賜物だ。

 四人の精鋭たちは油断を排して挑みかかり、日ごろの訓練の成果を遺憾なく発揮した後に、惨たらしい最期を迎えた。


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