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汚れ屋③

        ◆


 旧議会派の一団〈黒港解放軍〉。


 それがイグルーの率いる人々の総称だった。


 その黒港解放軍からの依頼は一つだ。


 彼らが予定している黒港奪還作戦の日、マルフィアの居城となっている黒鉄城の南側通用口の鍵を開けること。

 何通りも準備されている作戦の一本には過ぎないが、それでも潜入部隊にとって要となる仕事だ。


「最悪の場合、通用門を力尽くで破ることになりますが、できれば鍵を開けて静かに潜入したいのです。噂によると、マルフィアは街一つ滅ぼしかねないほどの危険な剣を持っているらしいですから。自棄を起こしたマルフィアにそれを持ち出されるわけにはいかない」

「街一つ滅ぼす剣って、何それ。ギャグのつもり……?」

「正確には聖剣と呼ばれるものです。マルフィアたちは魔剣と呼び、自分たちのことも〈魔剣マフィア〉と名乗りたがっていますけれどね。勇者殿の御連れであった辞書乙女さんからそう教わりました」

「たかが剣一本だろ。そんな大層なことができるとは思えないけど……」

「では一例をお見せしましょう」


 イグルーは、纏っていた襤褸の下に隠していたらしい一振りの剣を手に取った。黒塗りの曲剣だ。イグルーはその真っ黒な刀身の剣を構えると、廃屋に転がっている椅子に向かって十文字に振り抜いた。


 ルクスは椅子を蹴っ飛ばし、「切れてない……?」と呟いた。


 イグルーは、椅子の下に隠れていたネズミの死体に剣先を向ける。


 死体は新鮮で、血もまだ乾いていない。

 怖気づくタットルの横で、ルクスはネズミの死体を凝視しながら首を傾げた。


「椅子は切れてない……ネズミだけを切った……?」

「生物だけを切る聖剣――透過剣〈クグルイカン〉と呼ばれているそうです。このように超常の力を持つ剣は実在します。勇者殿と悪神の最終決戦では、敵味方に分かれて多くの聖剣がぶつかり合いました。だから、魔剣の噂も一概に否定できないと考えています」

「…………」


 ルクスは眼前の黒い曲剣を見つめて、先ほどの言葉について黙考する。


 街一つ滅ぼす剣。


 その響きはあの冬を思い起こさせた。


 平等な絶望をもたらした、怪物たちの季節を。


(もしも、そんなものがあるのなら、その魔剣ってヤツを手に入れることができたなら――()()()()()()()()()()()()()()()()()……?)


 確かに怪物たちの季節は終わった。

 だが、終わってしまったのなら、自分の手でもう一度起こせばいい。


()()()()()()()()()()()()()()


 ルクスは思わず前のめりになる身体を抑えて、口もとを片手で覆う。湧き上がる笑みを押し殺しながら、イグルーに答えた。


「――で、俺はいつ仕事をすればいい?」


        ◆


 マルフィア暗殺作戦は、星明りも届かない闇夜の中で進められていた。


 黒鉄城は黒港の西端にあり、禁足地と黒港を隔てる壁に接して建てられている。石造りの堅牢な要塞といった趣で、東向きに大きく正門を構えていた。そして、北と南にも一つずつ通用口があり、ルクスとイグルーたち〈黒港解放軍〉の潜入部隊は、その南通用口の近くに集合している。


 その夜は雲が濃く、頬を撫でる風にもほのかに雨の匂いが混じり始めていた。


 ルクスはイグルーと十数名の男たちに囲まれながら港の方角を見る。

 造船所や倉庫のある辺りから橙色の火の手が上がっていた。船何隻かを巻き込む大きな火事だ。


「派手にやったもんだ……」


 ルクスは他人事のように呟いた。

 イグルーは黒い外套のフードを押さえながら、ルクスの独り言に答える。


「燃やしているのは、マルフィア配下の海賊船だけですよ」

「あっそう」


 ルクスは「それだって元を辿れば、誰かの漁船や貿易船だった」と思ったが、一々糾弾するような正義感は持ち合わせていなかった。

 漁師や貿易商がどれだけ困窮しようと、ルクスには痛くも痒くもない。


「陽動は十分でしょう。今なら城の警備も手薄です。行きましょう」


 イグルーたちは大きく頷き合うと南通用口に忍び寄る。

 ルクスは細長い金属の棒を二本取り出すと鍵穴に差し込んだ。一分と要さずに重い鉄の扉が開く。正確で流れるような手際だった。


「俺の仕事はここまでだろ……?」


 ルクスが脇に避けてそう言うと、イグルーは彼の肩に手を置いて応えた。


「噂通りの腕です。それでは成功報酬を」

「成功報酬? そんなの話にながっ――」


 ルクスの喉から声が消えた。

 イグルーはクグルイカンを外套の下に戻す。

 ルクスは南通用口の側に頽れて、血の溢れる喉を押さえた。喉を刺されたのだ。

 もともと不健康そうだった顔をさらに青ざめさせて、暗闇に立つ男を見上げる。


 その顔は廃屋にいたときと変わらない。


 張り付いたような微笑だ。


 そして、血を流して倒れるルクスに一瞥もくれず、イグルーは部下たちを率いて黒鉄城へと入り込んだ。


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