素晴らしき絶望
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言うまでもなく世の中は不平等で、大抵の場合は生まれと育ちの前に、貧乏人たちはむなしく平伏するしかないわけだが、あの冬だけはすべての命が平等だった。
隣人が怪物になり、怪物が隣人を喰い、誰もが斃れていく。
金持ちも貧乏人も関係ない。
善人も悪人も関係ない。
生まれも育ちも、大人も子供も、男も女も、顔に負った痣の有無も。
何もかも関係なく、そして、見境なかった。
凶悪な怪物はすべての人々の前に訪れて、分け隔てなく絶望に突き落とした。俺をコキ使う親方を踏み潰し、俺を殴るクソ義父が路地の染みになり、俺の稼ぎを巻き上げる薬漬けの御袋がただの肉袋と化した。街の誰も彼もが悲痛な顔をして、誰も彼もが無力だった。
それは長いこと俺を苛んできた現実だ。
俺は嬉しかった。みんなが自分と同じところまで落ちてきたから。
このまま世界が滅んでしまえばいい。
どうかこの絶望が終わりませんように。
そう願った。だけど、俺の願いは叶わなかった。
「勇者のジュール」
街のドブ川で、路地裏で、ごみ溜めで、その名前を呟く。
絶望を終わらせた男。
憎悪を込めて繰り返した。苦痛を伴い噛み締める。
みんなが平和の到来を喜び、日々の生活に戻っていく中で、自分だけがクソのような場所に取り残された。差別と格差のありふれた不平等な平和がまた始まる。
だから、俺だけは切望した。
「あの素晴らしき絶望をもう一度」
でもきっとこの願いも叶わないのだろう。




