終わらない勇者の物語
◇
「ジュールさん早くッ、船が出ちゃいますよぅ!」
辞書乙女のエルンが、内海に面した港町で叫ぶ。
季節は春。穏やかに吹く風か、どこからか花の香を運んできていた。
ジュールは集まる野次馬たちに律義に手を振り返しながら、「ちょっと待て」と人ごみの先でピョンピョン跳ねるエルンに言った。
「いや、お前が名前を叫んだから、余計前に進めなくなったぞ」
「そうやって人のせいにしない! ご立派な身体があるのですから、上手いこと掻き分けてきてください! ああ、船がもう帆を張っちゃってる!」
「それに俺は、回収した聖剣も背負っているんだが……」
「ご立派な身体があるのですから、弱音も吐かない!」
「理不尽すぎるだろ……」
虚偽の悪神を討伐してからも、ジュールとエルンの旅は続いていた。
ジュールは各地に潜伏している怪物の残党を倒すため、エルンは失われた聖剣をすべて集め直して聖地を再興するためだ。
そして、旅をするなら一人より二人の方が賑やかで楽しい。
二人はどうにかこうにか港に着き、船に乗り込んでようやく一息吐いた。
エルンはデッキの手すりにもたれて、ぐったりしている。
ジュールはそんなエルンの背後に立ち、背中の荷物を揺すりながら言った。
「――で、次はどこに行くんだったか?」
「次は南岸側の〈極彩の魚港〉です。お魚が美味しいらしいですよぅ!」
「エルン、目的忘れてないだろうな……。それから、夏には一度、白港に戻るからな」
「わかってますってば、安心してくださいな!」
エルンがどんと胸を張って言う。
ジュールはイマイチ安心できない残念さんを見て、「まぁ、これはこれでいいか」と笑うことにした。そのジュールの腰には、今もあの勇者の剣が提げられている。
彼がこの剣を手放すのは、まだ当分先の話だった。




