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【連載版】勇者の剣の〈贋作〉をつかまされた男の話   作者: 書店ゾンビ
第八章 嘘から出た真の勇者の剣
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勇者と悪神②

        ◇


「ジンバルド、結界の剣か――因果なものよな」


 虚偽の悪神はレイオンと名乗る姿に戻り、そこに立っていた。

 周囲を軽く見渡して、聖剣エルンガストの腹でポンポンと自分の肩を叩く。

 眼前に立つジュールを見据えて、口の端を歪めながら言った。


「しかしまぁ、随分と殺風景な場所じゃないか、貴様の想像力が貧困だからか?」


 ジンバルドの作り出した空間は、真っ新な大地だった。漂白されたように白い景色。大地は凹凸のない白い砂地で、空の色ものっぺりと白い。


 ジュールの望んだ場所


 何ものにも邪魔されず、小細工を許さない世界だ。


 詐欺師の王である悪神に対し、詐術に利用できる素材を一つも与えないという選択。徹底して、正々堂々の一対一を強要する。


「私を隔離したはいいが、貴様抜きであちらのお仲間はさぞ苦しかろうなぁ」


 虚偽の悪神の問いかけに、ジュールは答えない。

 彼は両手に剣を提げて、黙々と距離を詰める。

 虚偽の悪神は忌々しそうに舌打ちした。ジュールの言葉尻を捕らえて、得意の詐術で集中を乱そうとしていたが、無意味だった。今のジュールに小細工は通じない。その意思は彼が生み出したこの空間からも明らかだ。


 虚偽の悪神もそれを察して剣を構えた。黄金のオイルの構えだ。


 最後の弟子と、一番の弟子。


 ジュールは静かな表情で二刀を高く掲げ、虚偽の悪神は食い入るような鬼気迫る眼光でエルンガストを下段に構える。


 先に動いたのは、虚偽の悪神だ。


「ジィィイイイ」と囀る聖剣で地面を抉るように掻きながら、舐めるように低く踏み込んだ。


 ジュールの足を薙ぐように聖剣を振り抜く。


 ジュールがそれを右手のジンバルドで受け止めると、虚偽の悪神は剣の持ち手を入れ替えて続けざまに逆の胴へと剣を打ち込む。ジュールも咄嗟に勇者の剣でそれに応えるが、その反応を越えて虚偽の悪神はさらに持ち手を入れ替えた。


 瞬く閃光のような三連撃。

 

 その本命の三撃目が、ジュールの右側頭部に迫る。ジュールは剣で受けるのを諦めざるを得なかった。怪物化した右腕が、間一髪のところで頭部を守る。


 しかし、一撃の重みに耐えられず身体が傾ぐ。ラーズの三叉槍を折るほどの威力だ。


「――ぐむッ」

「ハッ、この程度か、贋作勇者あああッ!」


 虚偽の悪神は、態勢の崩れたジュールに蹴りを入れた。その瞬間の足はまるでバッタのように変質している――怪物の足だ。


 ジュールは大きく吹き飛び、地面で一度バウンドしてから受け身を取る。


 しかし、起き上がったジュールに合わせて、すでにエルンガストが迫っていた。


 ジュールは驚異的な反射で躱すが、追い立てるようにエルンガストが閃いた。絶えずに続く攻撃はまるで一振りごとに加速していくかのようだ。


 そしてそれこそが、ハヤブサの聖剣〈エルンガスト〉の力だった。


 一撃目の速度を二撃目に、二撃目の速度を三撃目に――そうやって次々と速さの上乗せをしていく聖剣。戦いが長引くほど真価を発揮する、第一級の能力。


「ハハハハハッ、一対一なら、自分が勝てると思っていたかぁッ!?」

「いやもう十分だ。以前に一度見ていたし、お前の剣筋はお前の師匠より単純だ」


 ジュールはそう答えた。


 事実、打ち込まれたエルンガストを二本の剣でガッチリ挟み込むと、虚偽の悪神が反応するより早くジンバルドの柄頭で悪神の側頭部を殴り抜く。


 衝撃で時計回りに回転する虚偽の悪神の鼻っ柱を、さらに右足で蹴り上げた。


 虚偽の悪神は後ろに転がりながら受け身を取る。


 しかし、起き上がりに合わせて二本の剣が閃いた。


「ドオオオオオオオオッッッッ!!」

「ちっ、この猿真似をッ」


 必死に防ぐ虚偽の悪神を、ジュールは怒涛の二刀流で追い立てた。

 虚偽の悪神はエルンガストでなんとか受け流す。けれど、勇者の剣を防げばジンバルドが、ジンバルドを防げば勇者の剣が、次々と虚偽の悪神の急所に迫る。

 

 虚偽の悪神は、神憑り的な剣捌きでそれらを耐え続けた。


 しかし、その顔には隠し切れない困惑の色が浮かんでいる。


 守るばかりで一向に手が出せないのだ。


(もう十分だと? こいつは何を言っている、こいつは一体……)


 防ぐのに精一杯で攻勢に出られない。

 このやりにくさは偶然か。

 そう考えてすぐに思い直した。

 

 いや、この男は狙ってやっている。


 手数もそうだが、何より、こちらの攻め筋を潰すように立ち回られている。


 足捌き、位置取り、牽制、呼吸のタイミング――そのことごとくで、自分のリズムを崩されていた。平凡な剣士なら「何かやりにくい、どうして勝てないのかわからない」と感じる類の上手さだ。


 気づかないうちに手の中で踊らされている。


 一振りごとに加速する聖剣が、今やただの一振りすら打ち込めない。


 単純な技量の差。それも圧倒的な。


(だが、この私を相手にだぞ……黄金のオイルの技術を得た私を相手にだぞッ、あんなクソ間抜けな騙され方をした、このガキごときが……?)


 虚偽の悪神が顔を歪める。

 矜持を傷つけられていた。

 かつては全能にも近い能力を得たほどの魔法使いだ。弱体化しているとはいえ、そのプライドは天を衝くほどに高い。


 それが今や馬鹿なガキに圧されている。


 到底看過できない。


「こんなのはッ、ありええええんッッッ!」


 虚偽の悪神が無理やりに攻勢に出る。瞬間、その首筋に勇者の剣が届いた。直前で岩の怪物の皮膚を再現して防いだが、虚偽の悪神の喉が「ひゅっ」と鳴る。


 認めざるを得なかった。


 剣術ではこの男に勝てない、と。


 それを呑み込むことは、虚偽の悪神に癒えない傷を与えた。自らの全能を求めている悪神にとって耐えがたい屈辱だった。許せなかった。許しておけない。


「許せるものかあああああッッ!!」


 虚偽の悪神は全身全霊をかけて、ジュールを潰すためにその魔力を解き放った。

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